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第86話 手の加減は上手く出来るようになったと思う



View of ブライロア=シリルミア=ランティクス ランティクス帝国皇帝 英雄帝






 こいつは我が国に所属するどの英雄よりも強い。


 それはこうして対峙する以前より感じていたことだ。


 玉座に座っている姿。


 交渉の場で抜け目なく立ち回る姿。


 王としての在り方を語り、その為に神聖国と戦うと宣言する姿。


 どのような時であっても尋常ならざる気配をまき散らしていたが……対峙してみればそれ以上の異様さがはっきりと分かる。


 手にしている木剣を構えるでもなく、こちらに正対し無防備な姿を晒しているエインヘリアの王からは、会談の時と比べ全く威圧感を感じない。


 会談の場でのコイツを見ていなかったら、侮っていたかもしれないな。


「別に木剣で打ち合う必要はないが、木剣が折れたらそこで終わりだからな?」


「あぁ」


「それと見学者の身の安全を忘れるなよ?」


 エインヘリア王が少し離れた位置にいる連中を視線で示す。


 そこにはうちの部下と元レグリアの王女とメイドの三人がいる。


 俺達英雄が暴れれば、この程度の距離などあって無いようなものだ。


 木剣と言い、見学者と言い……随分と制約の多い手合わせだが……これはこれで面白い。


「大丈夫だ。アレは得難い人材だし、無茶をして失う訳にはいかんからな」


「それは重畳」


 皮肉気な笑みを浮かべたエインヘリア王が肩を竦め……その瞬間、俺は一気に距離を詰めて蹴りを放つ。


 屋外の訓練所は地面が踏み固められている上に砂利が多くて滑りやすく……何より砂埃が上がりやすい。


 俺の放った蹴りに巻き上げられ、砂煙が発生する。


 そのお陰でエインヘリア王の躱した方向が分かったのだが……信じられない速度だ。


 相手は油断しきっているように見えたし、不意もつけた。


 それに、この一撃で決めるくらいのつもりで踏み込んだにも拘らずあっさりと躱し……一瞬で砂煙の届かぬ位置まで移動したようだ。


「はえぇな」


「あまり砂で汚れたくないんでな」


 そう言いながら、木剣を持っていない手でほこりを払うような仕草をするエインヘリア王。


 やべぇな……勝てるイメージが全く沸かねぇぞ。






View of フェルズ お風呂周りが微妙なのであまり汚れたくない覇王






 話の途中で突っ込んで来たランティクス帝をするっと躱したのだが、地面をめくり上げんばかりに繰り出した蹴りが大量の砂を巻き上げる。


 やばい!


 シャンプーとかボディーソープとか……そもそもシャワーとかがないこの地で、頭から砂を被るのはごめんだ!


 砂煙から脱兎のごとく逃げ出した俺は服に埃っぽさから逃れるように手で払う。


「はえぇな」


「あまり砂で汚れたくないんでな」


 正直にそう返したけど、ジョウセンに見られていたら注意されるような避け方だったと思う。


 ランティクス帝は話している最中とは言え、真正面から素直に突っ込んで来たから簡単にカウンターを取る事は出来た。


 カウンターじゃなくても、砂埃から逃げる前に相手の木刀を叩き割る事も余裕で出来たと思う。


 それらをせずに砂煙から逃げたのは頭から砂を被りたくなかったのも勿論だが、初手でいきなり木剣を砕いてしまっては、ランティクス帝が納得しないんじゃないかと思ったからだ。


 しかしあれね。


 もう少し地面は粘土っぽい土の方が良い気がする。


 踏み固められて乾燥しきった地面だと転んだ時に怪我をしやすいし、日々の訓練も大変だろう。


 もう少し柔らかい地面の方が怪我はしにくいし、何より砂埃がきつくない。


 まぁ、スプリンクラー的な感じで水撒いたりしたら、どろどろのぐっちゃぐちゃになって怪我は減っても大変なことになりそうだ。


 現在のこの国の衛生環境だと……病気とか蔓延しそうだよね。


 治安維持部隊から疫病が蔓延とかヤバ過ぎる。


 うん、素人の俺が色々考えても碌な事に成らなさそうだ。


 キリク達と合流したらアランドールに任せよう。


 そんな事を考えていると、皇帝が再び踏み込んで来た。


 今度は蹴りでは無く、素手で殴りかかってきている。


 木剣使わんの?


 一瞬そう思ったけど、もしかしたらランティクス帝も手加減が上手くなくて、下手に木剣を使ったら自爆してしまうのかもしれない。


 俺が拳を避けると、ランティクス帝は木剣を振り上げ……いや、そのままの勢いで木剣を高く放り投げる。


 ……木剣を壊したら終わりってルールが意味ないだろうに。


 そう思ったが、文句は言わない。


 武器にして弱点である木剣を手放したランティクス帝が、両手両足を自由に使い凄まじい勢いで攻撃を始めたからだ。


 拳に肘打ち、蹴りや膝、はたまた頭突き……色々な角度から、ありとあらゆる部位を使って攻撃を仕掛けて来る。


 それら全てを俺は最小限の動きで避け、無造作に木剣を突き出す。


 そこまで鋭く木剣を突き出したわけじゃないけど、ぎょっとした表情を見せたランティクス帝が木剣を避けながら距離を取る。


「ちっ、速さじゃ勝負にならねぇな」


 構えは解かずにぼやくランティクス帝。


 ぼやくのは別に構わないんだけど、もう完全に木剣を放棄してるじゃん?


 俺が内心ため息をつくとほぼ時を同じくして、先程ランティクス帝が上に投げた木剣が落ちて来くる。


 俺はそれをキャッチして……これを砕けば終わりなんだけど……ギラギラした目でこちらを見ているランティクス帝に投げ渡す。


「へっ、そうこなくっちゃなぁ」


 不良漫画の人かな?


 ランティクス帝の不敵な笑みを浮かべながらの台詞にそんな事を思ってしまう。


「次は……その涼しい顔を変えてやる!」


 そう言ってまた正面から突っ込んで来るランティクス帝。


 表情を変えさせると言ってはいたけど、先程までと速度も攻撃方法も変わりない。


 まぁ、一番びっくりしたのは……突っ込んでくる前に木剣を地面に突き刺してきたことだ。


 ……もっと厳密にルール決めとくべきだったか?


 まさか皇帝ともあろう者が、そんな子供みたいなやり口を恥ずかしげもなくやるとは思っていなかった。


 別に良いけどね……?


 どうせ俺が適当に木剣を折ってやっても、なんだかんだと理由をつけて戦いを続けそうだし。


 コイツにそれを認めさせるなら、まずはこちらの力をしっかり見せてからだ。


 そう考えた俺が攻撃しようとした瞬間、手を振り払うように目潰しをランティクス帝が放ってきたので身を引いて躱そうとして……想定よりも指が長く俺の目を掠めるような軌道だった為少し大きめに躱す。


「ちっ」


 なんだ?


 はっきり言って、ランティクス帝の動きは俺からすればそこまで速くない。


 『至天』のリカルドの方がぶっちぎって速い……エリアス君と五分か、ランティクス帝の方がちょっと速いかな?ってくらいの速度だ。


 正直、相手の攻撃が数センチの距離まで近づいてから避け始めても余裕で躱せる。


 ジョウセンとの訓練で鍛えられているし、目測を見誤る事はない……その筈なんだけど、俺は相手の間合いを見誤った。


 それに、俺が目潰しを躱した瞬間、確かにこいつ舌打ちをしやがった。


 恐らく何かやってやがる……それが何なのか確かめる前にランティクス帝の蹴りが飛んできて……先程と同じように間合いを読み違え鼻先を掠めそうになる。


 最小の動きでギリギリ躱そうとしているからいけないんだろうけど……先程舌打ちをしたばかりだと言うのに俺の困惑が伝わったのか、ランティクス帝がニヤニヤしているのが腹立つ。


 でもまぁ、多少驚いたけどもうネタは分かった。


 これはコイツの特殊能力、変身を使って微妙に手足の長さを変えているんだ。


 ぱっと見は分からない程度に。


 豪快系な言動な割に随分と繊細な能力の使い方をするね。


 払う様な目潰しと言い蹴りと言い、今もフック等の横薙ぎ系の攻撃を多用しているのは突き系の攻撃だと横に避けられて、リーチを誤魔化してもあまり効果が望めないからだろう。


 少し口元を歪ませると、ランティクス帝は俺がネタに気付いたことが分かったのだろう。


 リーチを長くするだけではなく、短くしたり、手足のサイズを変えたり、形そのものを変えたりと急激に攻撃が多彩になった。


 どうせ変えるなら俺が避けた瞬間、それに合わせて当たるように変化させれば良いと思うのだけど、相手の動きを見るにそれは無理なようだ。


 変化させるタイミングは、いつも攻撃を仕掛けるほんの少し前……まぁ、その動きがブラフって可能性もあるから油断はしないけどね。


 そんな感じで、暫く相手の攻撃を躱し続けて……うん、そろそろいいかな。


 相手のフックに合わせ、木剣を持っていない方の手でショートアッパーによるカウンター。


 反応が遅れたランティクス帝だったが、流石に直撃はせず頬と耳を掠める……というか削り取るくらいの勢いになってしまった。


「はっはぁ!」


 顔の側面から血を流しながら笑い声をあげるランティクス帝。


 手加減ミスった。


 怪我させるつもりはなかったんだが……大怪我って程ではないけど、血が出ているのは確か。


 ……秘蔵のポーションか、プレアによる回復魔法を使うべきか?


 そんな事を考えながら相手の前蹴りを躱しつつ一歩踏み込んで肘打ち。


 今度は流石にランティクス帝も躱すことが出来ず、鳩尾にクリーンヒット。


「かはっ!?」


 直前まで笑っていたランティクス帝だったけど、鳩尾への一撃で一瞬呼吸が止まったようだ。


 それでも攻撃の手を止めずに、懐に潜り込んだ俺を振り払うように裏拳を放ってきたが、先程までと比べて明らかに鋭さがない。


 木剣の柄部分で相手の裏拳を跳ね上げ、そのまま押し付けるように木剣でランティクス帝の身体を押す。


 呼吸困難に加え、腕を跳ね上げられたことで体勢を崩しているランティクス帝は軽く押しただけでバランスを崩し……そこに俺は回し蹴りで追撃する。


 凄い勢いで吹っ飛んだランティクス帝は、俺の狙い通り地面に刺していた木剣を……粉砕する。


 いや、粉砕はやり過ぎだ。


 勢いよく蹴り過ぎた?


 地面に倒れ伏したランティクス帝を見ながら、俺は冷や汗が止まらなかった。





明日も奇数日なので更新あります……!

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― 新着の感想 ―
うーん、やっぱり皇帝さんも帝国最強では無いにしろ覇王様の相手にならなかったですね。この感じだとこの大陸でも直接戦闘では相手が居ないかもしれません
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