第84話 約束された会談の流れ
不機嫌そうに椅子に背を預けたランティクス帝が伯爵さんにバトンを渡す。
事前に聞いていた通り、交渉したりはしない様だ。
まぁ、こちらも細かい部分はレイフォン達に投げるんだけどね。
「エインヘリア王陛下。まずは先程の訪問要請の件を取り下げるとともに謝罪いたします」
「くくっ……気にするな。そこの皇帝がこちらの反応を見たかったとか、そんな理由だろう?」
「……」
曖昧な笑みを浮かべた伯爵さん。
まぁ、上司が横にいる状況で答えにくいか。
「では、まずはそちらの話を聞こうか」
「単刀直入に申しますが、我々ランティクス帝国としてはエインヘリアと友誼を結びたく考えております」
伯爵さんの言葉に、俺はランティクス帝の登場によって狂った予定が本筋に戻ったことを確信する。
よし、ここから先はほぼレールの上を走るようなものだ。
「友誼か。だが、俺はこの大陸の者ではない。本国の者達が俺を迎えに来た時、この大陸の者に対してどう出るかは分からんぞ?」
俺が笑みを浮かべながら言うと、伯爵さんを含めた帝国使節団全員が苦笑めいた表情に変わる。
「その時は私達の見る目が無かったと言う事ですね。短い時間ではありますが、エインヘリア王陛下の為人は知ることが出来たと思います」
マジで……?
内心バクバクなのバレてんの?
「確かに、我々と同じ大陸に住む者が陛下を召喚致しました。それは紛れもない事実です。ですが、実際に召喚を行ったレグリア王国の上層部は陛下自ら処断しましたし……その裏に誰が居たのか、陛下であれば既にご存知なのではないでしょうか?」
「……そうだな。レグリア王国はランティクス帝国とオロ神聖国の両国の謀略の場となっていた。それぞれの国に貴族連中は取り込まれ、その意のままに動き……そしてクーデターが起こり、英雄召喚が行われた」
「……」
俺が当てこするように言うが、誰一人として表情を変えない。
うん、俺程度じゃ彼らの動揺を誘うのは無理そうだな。
「そして、今回召喚の裏に居たのはオロ神聖国。ランティクス帝国としては、レグリア王国が長年貯め込んでいた魔力が欲しかったそうだな?」
「えぇ、エインヘリア王陛下のおっしゃる通り、我々の狙いは国中から長年かき集めていた魔力でした。勿論その運用法……レグリア王国の誇った魔導技術を手に入れる事も大前提でしたが」
俺はともかく、今エインヘリア側に座っているのは全員レグリア王国の関係者だ。
あけすけに帝国の思惑を語られて面白くはないだろう。
しかし、彼らが怒っている様子は一切ない……うん、やっぱみんなすごいね。
覇王はどんな時でもニヤニヤするのが精いっぱいだわ。
「レグリア王国の魔導技術は、この辺りの国の中で随一と聞いている。諜報関係がボロボロだった割に技術流出だけはそれなりに防いでいたようだし、それを狙うのも分からなくもない」
俺の言葉に伯爵さんは頷く。
「しかし、オロ神聖国の者共は魔導技術以上に英雄の存在を欲したようです」
「くくっ……レグリア王国に英雄を呼び出させ、オロ神聖国は召喚には関係ないふりをして懐柔する。もし神聖国のやり口を知らなければ……懐柔も可能だろう。連中は随分と口達者なようだからな」
俺がそう言って肩を竦めてみせると、伯爵さん達も追従するように苦笑する。
その様子で、彼らがどういう風に話を持っていきたいのか確信する。
ゼロから仲良くなるには、共通の敵を作る事が最も手っ取り早いやり方だ。
俺が召喚の裏にオロ神聖国が居た事を知っているというのは、彼らにとって安心出来る材料だし、何より先程の俺の口ぶりから連中の事をあまり良く思っていない事は伝わっただろう。
弛緩こそ見えないが、内心彼らはガッツポーズをしているだろうね。
そしてこれは俺も……非常に安心出来る流れだ。
事前にウルルが調べてくれていた通りに事が進む……腹の探り合いなんかせずとも、最初から全て分かってます風な態度だけでこの会談を完走出来るだろう。
「我々も、かの国の聖職者を名乗る者共には何度も苦汁を舐めさせられております。もし、我が国の手を取って頂けるなら、かの国に共に対抗していくことが出来るかと」
「ほう?俺達に両国の均衡を崩す役を任せたいと?」
「そうは言いません。ですが、エインヘリアと我々が手を組めば、オロ神聖国の好きにさせる様な事はないでしょう」
「くくっ……確かに、連中を自由にさせないと言うのは大事かもしれん。だが、それはお前達帝国にとってではないか?我が国エインヘリアにとって、それは益になるだろうか?」
俺がそう口にすると、その言葉を待っていましたと言うように笑みを浮かべながら口を開く伯爵さん。
「確かに、エインヘリア本国にとってオロ神聖国はさしたる脅威ではないでしょう。しかし、現状はそうではありません。今エインヘリア王陛下の居られるこの地は、我等帝国とオロ神聖国それぞれに領境を接しております。必ずかの国はこの地に手を伸ばしてくる筈です」
「だから手を組めと?」
「この地にいる戦力でオロ神聖国と事を構えるのは厳しくありませんか?陛下のお力が凄まじいものであることは分かっておりますが、それでも御身一つでは伸ばせる手にも限界がありましょう。我等帝国であれば、その手助けが出来ます」
真摯な様子でそう口にする伯爵さん。
しかし、当然彼等が気にしているのは当然ながら自国の事。
オロ神聖国がこの地を取るのだけは避けたい、そしてエインヘリアに手を貸してランティクス帝国が有利な条件で本国との交渉を始めたい。
エインヘリアが別の大陸に存在して、俺を探してこの地を目指しているとランティクス帝国は知った。
これはある意味で安心出来る情報であり、最悪な情報でもある。
安心できるのは、オロ神聖国はそう簡単に好き勝手出来る状況ではないと言う事。
最悪なのは……まぁ、言うまでもない。
ランティクス帝国としての優先度は……ここに来るまではオロ神聖国対策が一番だったのだろうけど、今となってはオロ神聖国を悪者にしつつエインヘリア……いや、俺との友誼を結ぶことだ。
うちの子達がやって来た時に、大陸間大戦争を勃発させるわけにはいかない……勿論ランティクス帝国は自分達が負けるとは思っていないだろうけど、魔王国と戦いながらさらにエインヘリアもとなる事だけは絶対に避けたい未来だからね。
しかし、逆に俺達を味方につければ、防戦一方だった魔王国との戦いに光明が見える。
どう考えても敵対するデメリットは多く、味方にするメリットが大きい。
俺達と手を組むにあたって一番の問題は、別の大陸の国……つまり外勢力の者と手を組む心理的な壁、警戒心や嫌悪感と言ったものだろうね。
「手助けか。具体的には何を考えているのだ?」
「まずは、同盟を結んだことの発表。これだけでもオロ神聖国をある程度牽制することが可能です。次に食糧や燃料、衣服等の支援物資を提供いたします。こちらはエインヘリア本国が陛下を見つけ、そして本国からこの地に必要十分な物資を移送するまで継続して支援いたします」
いつまでになるか分からない物資の支援……国一つ分の支援となったら、いくらランティクス帝国がデカくても相当な負担になる筈だ。
「最後に軍事的な支援です。オロ神聖国との国境は勿論、西側の辺境守護の守る地にも援軍を派遣いたします」
「公表の件はともかく、物資の支援に兵の派遣……どちらも相当な負担になると思うが?」
「不遜ながら、今エインヘリアに倒れられては我々も困るのです。それは魔物相手であろうと、オロ神聖国相手であろうと同じです。幸いこの地は現在魔王国軍の侵攻は受けていません。西の地への援軍は最低限の人員で済むでしょうし、東側の警戒も同盟の公表によって最低限の守りで済むはずです」
少し言い難そうな表情を見せながらも、ずばずばと意見を口にする伯爵さん。
外交はメインの仕事じゃないって言っていたけど、流石に腹芸はお手の物と言ったところのようだ。
「それと援助物資の件ですが、こちらも問題ありません。ここまでの道中、いくつかの街や村を拝見させていただきましたが、民の労働意欲は高いように感じられました。恐らくエインヘリア本国から物資が送られてこなくても、そう遠くない内に状況は立て直すことが出来るでしょう。我々はそれまでの間、ほんの少し手を添えて支えるだけです」
そこで一度言葉を区切った伯爵さんは少し沈痛そうな表情を見せる。
「無論……オロ神聖国や魔物による邪魔が入らなければではありますが」
「くくっ……つまりはそこに繋がると、そう言いたいわけだな」
「申し訳ありません。しかし、貴国と我が国の同盟は肝要だとは思いませんか?」
「ふむ、そちらの話は理解した。では、次はこちらからの要求を伝えよう」
そう言って俺は椅子の背もたれに背中を預け鷹揚な態度を見せる。
「まずは物資関してだが、確かに現状……民を飢えさせぬ為にも外から物資を得る必要がある。しかし、この付近にはもう有力な商人が殆どいなくてな。物資を集めるのも一苦労、各地に物資を送るのもまた難しくてな」
「……確かに、現在の状況では物資の輸送も困難ですね」
「まぁ、その辺りに関しては施策を考えている。俺がそちらに要求したいのは物資の販売だ」
「販売……?対価を頂かずとも、無償で提供するつもりですが……」
俺に恩を売りたいランティクス帝国としては無償提供を望むだろうけど、それをラッキーと受け取る訳にはいかん。
貸し借りよりもギブアンドテイクな関係こそ健全な国交と言うものだ。
「くくっ……それは遠慮しておこう。だが、ランティクス帝国に損のない取引を約束する。知っての通り、現在我々には金銭による支払いは出来ない。だが、別の方法で支払うことが出来る」
「それはもしや……」
驚きに目を見開いた伯爵さんは、俺が何を言いたいのか理解しているようだね。
そしてそれは伯爵さん以外の使節団の人達も同様だ。
「あぁ。レグリア王国が貯め込んだ魔導技術を対価に支払おう」
「よ、よろしいので?」
一時の物資と引き換えに秘匿技術を提供……はっきり言って対価として支払うには価値があり過ぎる。
勿論、俺からしたら拾いもんだし、その価値を正確に理解できていない部分はあると思う。
でも流石に基幹技術の重要性や価値は理解しているつもりだ。
ヒエーレッソ王国に提供したのは魔導具の現物とその燃料となる魔石だけど、ランティクス帝国に提供するのは技術その物。
はっきり言って価値が違い過ぎる。
まぁ、ヒエーレッソ王国に対しては購入金額を支払っているけどね。
「構わん。技術を安売りするつもりはないが、俺は如何なる技術も暮らしを豊かにするためにあると考えている。しかし、今はその技術を使って民の暮らしを豊かにする事は出来ん。ならばこれが一番有効的な使い方だろう?」
「……我々としてはありがたい話ですが、対価としては貰い過ぎではないかと」
「どの技術を渡して、どれほどの物資を求めるか……その辺りはうちの者と話してくれ。対価として大きすぎるか否かはその交渉次第だろう。物資の件は以上だ次の件だが、こちらとしてはこれからが本題となる……オロ神聖国の話だ」
俺の言葉に、困惑した様子を消して真剣な表情を見せる伯爵さん。
「ランティクス帝国との同盟は望むところだが、オロ神聖国に対しては単独で当たる。援軍は不要だ」