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第566話 飛んできた

 


View of バルザード=エヴリン エルディオン英雄






 その知らせを受けた時、私は王城でウルグラ達の抜けた穴を埋めるべく執務に明け暮れていた。


 正確には、埋めようと努力はしていたというところですが。


「バルザード様!」


 執務室に飛び込んできたのは青の将軍であるヴェイン=リングロード。


 ノックも声かけもなく執務室に飛び込んで来るとは……普段より礼を失することのないこの若者がこのようなことをするとは、相当な緊急事態なのだろう。


「どうしたのですか?ヴェイン殿」


「西の空より空を飛ぶ船が王都に向かって飛んで来ております!」


 空を飛ぶ船……?


 確か『風』からエインヘリアにはそのような物があると報告があったが……。


「空飛ぶ船とは……エインヘリアの?」


「何分距離がありまして……エインヘリアの物と断定は出来ません。ですが、状況から考えて」


「エインヘリアが攻めてきたと考えるのが妥当ですね。すぐに軍の召集を」


「申し訳ありません。ここに来る前に王都防衛軍と青の軍には召集令を出しております」


 青の軍はともかく王都防衛軍は私とウルグラの部下であり、青の将軍であるヴェイン殿には命令権がない。


 明らかな越権行為ではありますが……。


「分かりました。順番は前後しますが、ヴェイン殿に命令書を預けましょう。頭の固い方々もそれを持っていれば越権だなんだと騒ぎ立てたりは出来ません」


「ありがとうございます、バルザード様」


 国家危急の折にそのような事で足の引っ張り合いをしてほしくは無いものです。


 しかしヴェイン殿はリングロード公爵家の方ですからね。


 四公の中では一番力を持たない家でしたが、近年風向きが変わってきました。


 その権威が揺るぎなきものであれば色々と無茶も出来るのでしょうが、今はまだその権威を高めている最中。


 当然敵対派閥からの風当たりは強く、攻撃する口実を与えてはこれ幸いとリングロード家の力を削ごうとするでしょう。


 しかし、私にはそんなことどうでも良い。


 ヴェイン殿を始めとした新たな将軍達は皆良い若者ですし、彼らは自分の家よりもエルディオンという国やともに将軍となった仲間たちの事を思って動いています。


 貴族としては真っ当とは言い難いですが、彼らは嫡男や主筋の者達ではなく家でもあまり良くない扱いをされていたと聞いたことがありますし、その考えも無理からぬことなのでしょう。


 確実性のない実験に自ら志願したのもそういった背景から来るものなのでしょう。


「ヴェイン殿。エインヘリアがこの王都まで攻めてきたのであれば、野戦にて決着をつける必要があります。その辺の手筈はどうなっていますか?」


「青の軍は外に出ることを通達しておりますが、王都防衛軍に関しては召集令のみとなっております」


 なるほど……急ぎ集まる事だけを命じ、その先は私の差配で如何様にも動けるように場を整えてくれていたということですか。


 五色の皆が彼を頼りにするのも、このように自分の損得で動かずに最適な行動をとることが出来るからなのでしょう。


「気を使わせてしまいましたね。流石に王都まで攻め込まれた上に戦力を分散する訳にはいきません。王都防衛軍も青の軍と共に出撃するつもりですが……問題は相手の進路ですね」


「進路……ですか?」


 きょとんとした表情を見せるヴェイン殿に、私は小さく笑みをこぼしてしまいました。


「えぇ。その空飛ぶ船……恐らくこうして話している間にもこの王都に近づいてきている筈ですが、その速度は馬車はおろか早馬の何倍もの速度を出している可能性が高いと見るべきですね」


「速度が……?あ、そういうことですか」


 私の言葉に一瞬考えこんだヴェイン殿でしたが、すぐに気付いたように言葉を続けました。


「空は陸路と違い遮るものが無く非常に遠くまで視認することが出来ますが、国境はおろか近隣の街からも報告が来ていません。私が見た時は遥か彼方にその姿がようやく視認出来るという距離でしたが、西の方の街や砦からならもっと早く視認出来たにも拘らずです。つまり西の拠点が連絡を送るよりも船の飛来の方が遥かに早い。ということは、下手に相手よりも先に布陣すれば、素通りされる可能性がある……例えば我々が西側に布陣した後王都の東側等に降りられれば、それだけでがら空きの王都が襲われてしまうという事ですね」


「その通りです。王都の外壁には対空兵器が備え付けられていますし、上手くいけば叩き落とせるかもしれませんが……その場合王都内に船が落ちる可能性が非常に高いですからね。被害を考えれば牽制程度にしか使えないでしょう」


 外周部に落ちるならともかく、中心部や貴族街に落ちたらそれこそ何を言われるか分かったものではありません。


「上空から直接王都に乗り込ませないくらいは出来るのでしょうか?」


「えぇ。元々ドラゴンを撃退するためというよりも王都上空を取らせないための兵器ですから……その船に向けて牽制程度に撃てば王都近くには寄らないでしょう」


 まぁ……対ドラゴン用の兵器とは言っていますが、実戦で使った事はありません。


 昔ドラゴンがこの王都に襲来したことで開発、設置した兵器ではありますが……その後ドラゴンが王都に飛んでくることは無かったんですよね。


 代わりに船が飛んできたようですし……無駄ではなかったことを喜びますか。


「さて、そろそろその船が見える場所に行きましょうか。今王都を守ることが出来るのは私たち二人だけです。北に行った者達に心配をかけるわけにはいきません。それに……先陣としてエインヘリアと戦ったキュアン達にも」


「……はい!」


 私の言葉に生真面目な様子で返事をするヴェイン殿の姿を見て、私は気持ちを引き締める。


 私の孫であるキュアンは先陣として帝国との戦いに赴き……行方不明となっています。


 その知らせを聞いた時、私は全てを投げ出してでもキュアンを探しに行きたかった……若い二人だけを戦場に送りだしてしまった事を、あの日程後悔した日はありません。


 ですが、その私を止めたのは長年の友であるウルグラでした。


 冷静さを欠いた私を戦場に送る事は出来ないと……そして出陣の前に、必ずキュアンを見つけて連れ帰ると約束してくれた友に、これ以上心配をかける訳にはいきません。


 それに……あわよくば、王都に向かって来ているエインヘリアの者を捕らえることが出来れば、キュアンの安否も分かるはずですし、捕虜となっているなら捕虜交換を申し出ても良いでしょう。


 そう考えれば、まさに渡りに船と言ったところでしょうか?


 ヴェイン殿と共にバルコニーに出た私は、視線の先に浮かぶ船影にクスリと笑いを漏らす。


 おっと、いけませんね。


 ヴェイン殿が不思議そうな表情でこちらを見ています。


「すみません、久しぶりの実戦で腕が鳴るなと思いまして」


「そうでしたか。私は……少し緊張しています」


 私が内心を誤魔化して口にした台詞に、ヴェイン殿は緊張した面持ちを見せる。


 そうでしたね、ヴェイン殿達にとってこれは初陣。


 英雄とはいえ、初陣は初陣。


 そのことを考慮せず、キュアン達だけで帝国に向かわせたのは本当に失敗でした。


 キュアン達の能力から帝国相手……リズバーン相手でも問題ないと考えてしまったのは、長らく戦争が無かった故の平和ボケとでも言いますか……私達の失態です。


 だからこそ……私はヴェイン殿の初陣を全力でサポートしたいと思っています。


「大丈夫ですよ、ヴェイン殿。貴方の背中は私が守ります……とは言っても、守りは貴方の方が上手ですが」


「いえ!そのようなことは……」


「ふふっ、将軍である以上いつかは経験することですが、ヴェイン殿なら私の初陣よりも上手に立ち回れると思いますよ。私の初陣は……中々情けないものでしたので」


「……バルザード様の初陣ですか?」


 緊張よりも興味が上回ったようですね。


 先程より肩の力が抜けています。


「えぇ、今度話して差し上げます。ウルグラの初陣も一緒にね」


「……それはとても楽しみです」


「キュアンと……他の皆もいる時に、お酒でも飲みながら話しましょう」


「はい!」


 程よく緊張が解れた様子のヴェイン殿から視線を外し、どんどん船影を大きくしてくるエインヘリアの船を見る。


 しかし空を飛ぶ船ですか……王都を引き換えにしてでも鹵獲したい代物ですね。


 王都は崩されても……遷都でもすれば良いですが、あの空飛ぶ船に使われている技術は最近目覚ましい成果を上げている技術開発局でもそう簡単に辿り着けるようなものではないでしょう。


 エインヘリア……帝国のついで程度にしか考えていませんでしたが、北方に現れたという英雄と言い、あの空飛ぶ船と言い……中々興味深い相手ですね。


 暫くその動向を観察していると、あっという間に飛来してきた船は王都から離れた位置で降下して兵を降ろし始める。


 その様子を確認した私達は王城の前庭に待機させていた兵達に出陣の命を下した。



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