第234話 宣戦布告
「まさか王同士の会話に横から割り込んでくるものがいるとはな。帝国では有能であれば出自を問わず皇帝の補佐に取り立てると聞いていたが……もしや重役であっても礼儀よりまずは能力なのか?」
俺は立ち上がったままの男に一瞥くれた後、皇帝に向かって言う。
俺の言葉に皇帝自身は表情を一切変えなかったが、最初に怒声を上げた男を叱りつけたおっさんが物凄く苦々しい表情になった。
それと同時に。最初に叫んだ男は顔を真っ青にしているのが視界の隅の方に映る。
うん、ねちねちと相手を煽る為の良い餌になってくれてありがとう。後で相当叱責……で済めばいいけど、まぁ迂闊な自分を恨んでいただきたい。
「それとも、無礼講というやつだったか?帝国の儀礼的な物には詳しくなくてな。もしそうであるのなら、非礼を詫びさせてもらうが……」
「その必要はない。必要はないが……今の帝国の礎を築いた偉大なる先代や先々代を侮辱するようなことを言われれば、声を荒げるのも無理からぬことだろう?無論……だからといって王の言葉を遮る様な事は認められんがな」
皇帝がそう言うと、皇帝の傍に立っていた女の人が傍に控える近衛騎士に耳打ちをする。何やら指示をされたであろう近衛騎士は、青い顔で俯く男の元へ行くと会議場の外へと男を連れ出した。
無論、俺は全力でそちらの動きに視線を奪われないように注意しながら、皇帝を真っ直ぐ見つめる。
「しかし、非常に残念だ。怒りを露にする気持ちも分からんではないが、話は最後まで聞くべきだったな」
「……」
「先代皇帝の時代の領土拡大……あれが失敗だったのは、先帝がその座を退いた直後に起こった反乱を見れば明らかと言うものだ」
「……」
皇帝は特に反応は見せない……周りの連中……特に先程叫んだ人たちがいる側はめっちゃ怒ってる感じだけどね、流石にもう口を挟んでくることはないみたいだけど。
「だからこそ、俺は今代の皇帝。それからその周りを固める臣下を評価している」
そう続けた俺の言葉に、怒り顔だった面々が怪訝そうな表情に変わる。
うん、俺でも分かるくらいに顔色を変えるのは……あんまりよくないんじゃないかな?
そんなことを考えつつ、俺は覇王力を振り絞って言葉を続ける。
「当然だろう?そんな状況で帝位を継ぎ、あっさりと内乱を鎮め、ただの帝国領土だった各地方を完全に帝国にしてみせた。これを偉業と呼ばずして何と呼ぶ?もし皇帝や周りに侍る臣下達が凡愚であれば、瞬く間に帝国は分裂、下手をすればスラージアン帝国の名は既にこの大陸から消えていたはずだ」
俺の言葉が浸透して来たのか、重臣たちの顔が怪訝そうな顔から呆気にとられたような表情へと変わる。
覇王……煽るだけじゃないよ?
「しかし現実はどうだ?以前よりも遥かに安定し、力を増したスラージアン帝国が今ここに在る。皇帝や重臣たちの苦労……察するに余りあると言うものだ」
「……変わった評価だな、エインヘリア王。私は近隣諸国で、先帝の様な強さの無い弱腰な皇帝と言われている筈だが?」
「くくっ……その評価を本気で言っているのだとしたら、周辺諸国の民は反乱を起こすべきだな。現実の見えていない上層部に国のかじ取りを任せるべきではない」
俺がそう言って肩を竦めると、宰相側に座っている者が小さく頷く。
さて、持ち上げるのはこのくらいだな……。
皇帝も言っていたけど、俺は俺で別に帝国に媚びを売りに来たわけではない。技術力と現実でぶん殴りに来たわけだからね。
「まぁ、だからこそ……先帝の過ちが今の帝国を苦しめているのだろうがな。先帝が何を考えて戦争を繰り返し、国土をここまで広げたのかは知らないが……明らかに広げ過ぎだ。今の帝国が抱え込める許容量を遥かに超えた広さだ」
俺の言葉に宰相側の者達は表情を硬くして、先程叫んだおっさん側の者達は再び顔に怒りを浮かべる。
宰相側は理解しているけど、おっさん側は現実をちゃんと認識できていない……まぁ、事前にキリクから聞いていた通りだけどね。
ただ、皇帝はそんな考え足らず達もしっかりとコントロールしているらしく……ほんと、優秀な人って唯々怖い……。
俺にそんな複雑な人心掌握は絶対に無理だわ……。
「仮に、リズバーンの飛行魔法……それを他の魔法使い達が使用できるレベルまで簡略化出来ていれば、皇帝の体制は盤石だったかもしれないがな。現状、地方を完全に掌握できているとは言い難いだろう。今回の件なぞその極みとも言えるのではないか?」
地方は地方で自分達が帝国臣民であるという誇りは持っている……併合して十年足らずでそういう風に自然と思わせることが出来ているのは本当に凄いと思うけど、だからと言って彼らの虚栄心を満たせているかと言えばそれは否だ。
地方は中央への敵愾心を隠すことなく見せているし、中央は中央でどこか地方を見下している様子がうかがえる。
両者の溝は深まる一方だが、何故大きな問題が発生していないかというと……中央と地方では確実に力のバランスが中央に傾いているからだ。
中央は武力において『至天』という規格外を保持していて、地方に対し圧倒的有利を取っているけど、それは現時点での話。今後十年か二十年もすれば、武力以外の面で地方は中央に迫る勢いで成長していきかねない。
特に、エインヘリアや商協連盟にほど近い西側は、これから経済的に一気に成長する可能性が高い。
うちはともかく、商協連盟は確実にそれを狙っている筈だし、実際そういった動きは俺達も掴んでいる。
帝国の情報機関は一時的に俺達がマヒさせたとは言え、その動き自体は掴んでいる筈。しかし、今の所それに対しての動きは帝国中央から感じられない。
「今はまだ、帝国となってから日が浅い西側は、経済的にも文化的にも弱者だが……次の十年、或いは二十年後はどうかな?俺の見立てでは……軍事力はともかく、経済力は西側地方が逆転する。くくっ……その様子では十分その事について危機感を持っているようだな?」
俺は皇帝に指摘するように言って見せる。
因みに、その様子とか言っちゃってるけど……はっきり言って、皇帝が今どんな事を考えているのかさっぱり分からん。
だって、一切表情も雰囲気も変わらないんだもん。
実は超精巧なマスクでも被ってるんじゃないのってくらい……皮肉を受けた時も賛辞を受けた時も、ほんの少し動く程度で変化らしい変化が殆ど無い。一番動きを見せた時は、俺が皇帝に興味があると告げた時だな。
そんな俺が、どうして相手を見透かしたかのように言ったかというと……当然キリク大先生から、事前に皇帝がその辺りを警戒していると聞いたからでござるよ?
「東西の経済力のバランスが崩れた時、恐らく過去の内乱の時とは比べ物にならないくらい帝国は混乱することになるだろう。下手をすれば東帝国と西帝国に割れたりするかもな?」
俺が肩をすくめて言うと、再び好戦的な派閥の方々の怒気が膨れ上がる。
「……それで、エインヘリア王は一体何が言いたいのだ?ただ帝国をあげつらいに来たのか?」
「ふむ、それはそれで面白いが……流石にそんな事だけをしに、わざわざ三日もかけてここまで来たりはしない。最初にも言ったが、皇帝がどういう人物なのか実際に目にしたかったというのが一つ。それと……我々であれば、帝国の抱える問題を解決する手立てがあると、手を差し伸べてやろうと思ったのが一つ。最後の一つは……まぁ言うまでもないな」
「……手を差し伸べる?随分と上から見下ろしてくれるが、何が出来るというのだ?」
「くくっ……言わずとも理解しているだろう?俺達であれば、帝国を狭く出来る……あぁ、領土を切り取るという意味ではないぞ?」
一気に眉尻を上げた連中にくぎを刺すように言う。
喧嘩っ早いのは操りやすくて良いけど、今は黙っていてほしいと思う。
「転移……この技術を帝国に貸し出してやろう」
俺の言葉に、抑えきれなかったざわめきが会議場内に生まれる。
「貸し出すか……面白い提案だが、対価に何を求める?」
「対価を求めるつもりはない」
その一言でざわめきがさらに大きくなる。
俺と皇帝はお互いを正面に見据えたまま、何も言わずに暫く皇帝の周りが落ち着くのを待つ。
さて……まずありえないと思うが、これでオッケーがでたらめでたく戦争回避だね。
……うん、百パーありえない。
やがて俺達が黙っている事に気付いた重臣たちが静かになり、俺は口元を歪ませながら続きを口にする。
「ただし、条件がある。リズバーンは既に体験しているし見知っているのだが、この転移には大型の魔道具の設置が必要となる。これの設置は我々エインヘリアの者にしか出来ないし、この技術の大本を教えることは出来ない。それに伴い、この魔道具への一切の干渉を禁じる」
まぁ、結界があるから悪戯しようにも出来ないけどね。
「……」
「次に、その魔道具の設置は大小問わず、帝国内の全ての集落に設置する」
俺が上げる条件に、ざわめきこそ起きない物の様々な感情を重臣たちが飛ばしてくる。
「最後に、当然俺達は自由にその装置を使って帝国内を移動出来る」
「話にならないが……そうか、エインヘリア王が最初に言った、喉元に剣を突きつけるとはこの事か」
「流石に理解が早くて助かる」
「手を差し伸べると言いながら、帝国の流通や情報網を掌握するのが目的か?その気になれば軍も送り込める……受け入れを検討する余地すらないな」
「それは残念だ。帝国が従順であるなら、俺達はそれ以上干渉するつもりはないのだがな?」
俺が肩を竦めながら言うと、皇帝は初めて笑みを見せる。
まぁ、これ以上ないくらい皮肉気な笑みだけど。
「その言葉を無邪気に信じる者がいるとすれば、それは相当な善人なのであろう。無論、国を預かる身としては害悪以外の何物でもない存在だが」
そりゃそうだろう。国外に急所を差し出して情報と経済の要を握らせるって……どんな売国奴って感じだよね?
「くくっ……ならば、これ以上話すことはないな。俺がここに来た最後の目的を果たすとしよう」
俺がそう言いながら立ち上がると、同時にキリクも立ち上がる。
「我等エインヘリアは、スラージアン帝国に対して宣戦布告をさせてもらう。理由は……既に語ってあるから必要あるまい?」
「我等が争う事になれば、双方得をすることはあるまい?それでも戦うというのか?」
「それを皇帝、お前が聞くか?王として、引ける話とそうでない話……理解しているだろう?」
俺がそう答えると、小さく目線を逸らす皇帝……皇帝は全力で戦争を避けたかったのだろうけど、残念ながらこちらの目的の為に皇帝には涙を呑んでもらおう。
「キリク」
「はっ。これよりエインヘリアはスラージアン帝国への攻撃を開始させていただきますが、こちらからの侵攻は一ヵ月後……帝国西方にある都市から攻めさせていただきます。エインヘリア領と帝国領の間には小国がありますが、我々としては彼等を巻き込むつもりはありません。無論、帝国側が戦力として彼らを使うというのであれば反撃は致しますがね」
俺の命に従いキリクが淡々と説明を始める。
「どの都市をいつ攻めるか、それはこちらに記載しております。信じるも信じないもそちらの自由ではありますが、参考までにどうぞ。一ヵ月という短い準備期間ではありますが、可能であるなら、こちらの攻撃を待たずに我々を攻撃して頂いても構いません。その場合は、こちらも予定を繰り上げて攻撃を開始させていただきますが。まぁ、早いか遅いか、その違いしかありませんので、そちらも御自由になさってください」
「……」
完全に相手を舐めているとしか思えないこちらの態度だが、帝国の面々にこちらを馬鹿にする様子はなく、真剣な面持ちでこちらを見ている。
煽りが足りなかったかな?もう少し意気軒昂な様子で盛り上がるかと思ったけど……あぁ、そうか。既に一人退場させられているからな……そういうわけにはいかんか。
「次に会う時は戦場という事になるが……流石に皇帝と戦場でまみえることはないか。まぁ、楽しませてくれよ?それとこれはアドバイスだが、講和の申し込みは早めにな?」
最後にそう言った俺は皇帝に笑みを向けた後、キリク達を連れて会議場から出る。
皇帝には、俺の笑みが本心からの物であることが伝わった筈……間違いなく戦争大好き人間と思って貰えたことだろう。いや、そう思ってもらう必要は、宣戦布告した以上もはやないのだけど。
まぁ、最後の笑みだけは心の底からの笑顔だったのは事実だが。
俺は帝城を歩きながら予定通り最後までやり切ることが出来た事にほっと胸をなでおろす。
皇帝が受け身に回り、殆ど向こうから発言してこなかったのは助かった。
向こうから色々話しかけられていたら、かなり厳しい感じになったと思う……基本的に受け身だったから何とか押し切れたけど……こちらの考えを全て見透かしている様なあの雰囲気はマジで心臓に悪い。
まぁ、何にせよ……これで最大の仕事は完了だ!
さぁお家に帰ろう!
出口はどっちだ!?