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第229話 飛来するもの

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 ディアルド爺から、西方貴族の派閥が何をしていたのかを綴った報告が届いてから、既に数日が経過していた。


 本人から直接話を聞きたい所だったが、ディアルド爺は間に合うかもしれないという事でエインヘリアに向かった阿呆を追いかけている。今はそれが間に合い、阿呆共の首根っこを掴んだディアルド爺が、いつもの笑みを浮かべながら戻って来てくれるのを祈る日々だ。


「はぁ……」


「またため息ついてるわよ?」


 ラヴェルナが苦笑しながら指摘してくる。


 今私がいるのは執務室の隣にある休憩室で、この場にいるのも私とラヴェルナの二人だけという事もあり、気が抜けている私は無意識のうちにため息をついていたらしい。


 指摘された私が渋い顔をしていると、気持ちは分かるけどねとラヴェルナが言葉を続けた。


「ディアルド爺から連絡が来てからもう十日……間違いなく結果は出ていると思うのだけど……もどかしいわね」


「リズバーン様以上に移動速度を出せる人はいないから、仕方ないじゃない。やきもきしても心労が募るだけよ?」


「分かってるけど……」


 そう、ラヴェルナの言う通りなのは理解しているけど……ディアルド爺から送られて来た一報を見る限り、ルッソル伯爵の目論見を止められるかどうかはかなり際どい所だ。


 もし間に合わなかった場合……どうなる?


 ディアルド爺は急ぎ使者を止めるために行動したから、ルッソル伯爵の狙いについては殆ど確認していない……勿論、何を考えているの確認する為、帝都に連絡が届いてすぐ西方に使いの者を送っている。しかし、出来る限り早く向かうように指示はしてあるが、流石にまだ到着はしていないだろう。


 西方に送った者が連絡を送って来るのが先か、それともディアルド爺からの連絡が先か……移動速度を考えればディアルド爺の方が早く戻ってきそうだけど……。


「リズバーン様が全力で移動したら……間違いなく既にエインヘリア国内に入っているわね」


「そうね。天候にも左右されるって言ってたけど、距離から言って間違いなくエインヘリア国内に入っているでしょうね。それはつまり、エインヘリアに入る前に使者を捕捉できなかったってことで……」


「ギリギリ間に合って、護送中って可能性もあるわよ。最悪に備えて対策を練るのは大事だと思うけど、暗い気分になるだけだったら止めた方がいいわ」


 ラヴェルナの言う通り、今は対策を考えているんじゃなくって不安に苛まれているだけ……無駄な時間だわ。


「そうね。ラヴェルナの言う通り、休憩中に心労を溜めるなんて無駄な行為だわ」


「ふふっ、無駄とまでは言ってないけど、うん。休憩時間は正しく使うべきね」


 そう言いながら、ラヴェルナが私の前にお茶を置く。


 一瞬部屋の中にお茶の良い香りがふわっと広がったように感じたが、そこまで香りの強いお茶では無いので気のせいだろう。


 しかし、漂った香りに少し心が穏やかになったのは事実だ。


「ありがとう。なんだろうね、メイドの者達が入れてくれるお茶よりも、ラヴェルナのお茶の方がリラックスできる気がする」


「味が良いとは言わないのね?」


「彼女たちのお茶は、皇帝に出すべく完璧を目指している物よ?勝てるわけないじゃない」


 私がそう言うと、憮然とした表情を見せるラヴェルナ。


 ……まぁ、折角お茶を入れてくれたのに、他の者のお茶の方が美味しいと言えば、その表情も当然だと思うけど……。


 ちょっと悪い気がしたので謝ろうと口を開こうとしたら、それよりも一瞬早くラヴェルナが口を開いた。


「まぁ、あの子は私の入れるお茶が一番美味しいって言ってくれるから、別に貴女にどう言われようといいのだけれど」


 そう言って余裕の笑みを浮かべるラヴェルナ。


「あの子って……自分の夫に対する二人称としてはおかしいと思うのだけど?」


 私は若干半眼になりながらそう言ったが……半面、そう呼んでしまう気持ちも分からないでもなかった。


「ふふっ……」


 幼馴染が、今まで見た事の無いような色気のある笑みを浮かべるのを見て、同性ながらちょっとぞくっとしてしまう。


 多分ラヴェルナの夫……公爵家に婿養子として入ったあの少……青年は、こういった大人の色気という奴にやられたのだろう。


 ラヴェルナの年齢は……ここは大事な所だけど……私よりも若干上なのでもう三十……一歩手前だ。


 そんなラヴェルナの夫は……まだ二十歳にもなっておらず、しかもその容貌は年相応とは言い難い……非常に幼い印象の青年だ。


 公爵家に婿入りできるだけあって非常に利発……優秀な人物であるし、将来性……いや、成人しているけど……も十分なので何も問題はない。


 まぁ、見た目のせいか若干頼りなく見えなくもないけど……ラヴェルナはそんな旦那を猫可愛がり……もとい、非常に溺愛……愛しているようだ。


 不思議なのは、そんな二人の出会いは見合いではないという。


 ならばどうやって?と尋ねると、ラヴェルナは優越感に満ちた……もとい、慈愛に満ちた視線をこちらに向けながら『出会いというのはそこらに転がっているようで、そうではないの。真に素敵な出会いというのは、自ら動かなければその機会に恵まれることはないのよ。植物のように雨がただ降って来るのを、花粉が飛んでくるのを待っているだけでは駄目なの。私達は考え、その上で自由に動くことが出来るのだから』そんな上から目線な上に訳の分からない言葉を返された。


 多分、頭に髪の代わりに花が咲いている時期に聞いたのが良くなかったのだろう。


 私がその話を聞いたのは婚約直後だったし……これでもかというくらい浮かれていた時期だったのだろう。いや、今でも夫君の話になると人が変わったようになるから、時期は関係なかったのかもしれないけど……。


 まぁ、そんなラヴェルナなので、この話題はちょっと危険……もうなんというか、空気の代わりに砂糖でもまき散らしているのではないかというような甘ったるい空間を作り始めるの。今の私の精神状態でそんな空間を作られたら、ちょっと手が出てしまうかもしれない。


 流石にそれは色々とマズいので、ラヴェルナが次に何か言う前に別の話題を切り出そうとしたのだが、救いの手は部屋の外から差し伸べられた。


「へ、陛下!大変です!外に!外を見て下さい!」


 ……いや、どう聞いても救いの主が現れた感じではないわね。とんでもない厄介事の匂いしかしないわ。


「騒々しいですよ?何事ですか?」


 ラヴェルナが扉の向こうに声をかける。


 騒いでいる人物は、声からして補佐官の一人だろう。補佐官は皆私が選んだ優秀な人材なので、一人一人の性格までよく把握している。今焦っている彼も、普段は非常に冷静な人物であり、すくなくとも私は彼が取り乱す姿を見た事はない。


 そんな彼がここまで取り乱しているのだ、尋常でないことが起きているのは間違いない……それでもラヴェルナは軽々に扉を開くような真似はせず、扉越しに話すように命じる。


 この部屋には護衛の者もいないし、当然の措置だ。それに焦ってはいるようだが決して自ら部屋の扉を開かないだけの理性が残っている補佐官も流石と言える。


 さて、部下の優秀さに浸り現実から目を逸らすのはこの辺にすしないとね……。


「陛下!謎の飛行体が帝都に向かって来ております!」


 ……謎の飛行体?


 空を飛んで帝都に近づいてきているということだろうけど……ディアルド爺という訳ではなさそうだし……ドラゴン……?


 いえ、ドラゴンであればそんな変な言い回しはしない筈……自分の目で見た方が早そうね。


 恐らくラヴェルナも同じ結論に達したのだろう、私の方を見て小さく頷いて見せる。


「ラヴェルナ。休憩はおしまいみたいね」


「そのようですね、陛下」


 仕事用の口調に戻しながら、困ったような表情を見せたラヴェルナがゆっくりと扉を開くと、執務室には厳しい表情をしている秘書官たちと動じた様子を見せない護衛の騎士がいた。


「その飛行体とやらを見に行く。その様子では既に確認したのだな?」


「はい!」


 扉のすぐ近くに立っていた秘書官に声をかけると頷く。


 休憩室で聞いた声はもっと慌てている様な感じだったけど、私達が部屋から出た事で少し落ち着きを取り戻したようだ。


「何処に行けば見られる?」


「案内いたします!」


「見た物を説明できるだけ説明しろ」


 先導して動き始めた補佐官に私は命じる。


 事前情報が無い状態で件の物を目撃し、無様を晒すのは避けたい。


「はっ!」


 補佐官はそう返事をしたものの、得られた情報は多くなかった。


 どうやらまだ帝都からかなりの距離がある位置を飛行中らしく、その姿ははっきりとしないらしいのだが、こちらに向かって真っすぐ進んで来ている事だけは間違いないとの事。


 ただ、翼のような物を動かしている様子が無く、少なくともドラゴン等ではないそうだ。


 ディアルド爺が帝都に居ない今、ドラゴンが飛来したという事ではないらしいのは助かる。


 空を飛び回るドラゴンに火を吹かれると、その被害は想像を絶するものだろう。


 空への備えか……早くディアルドの飛行魔法を一般化してもらいたいものだ。


 そんなことを考えながら走らない程度に急いでいると、補佐官が声を上げた。


「陛下!右側の窓から対象が見えます!」


 その声に従い右側の窓を見た私の目に、飛行体と呼ばれたソレが映る。


 ……なんだあれは?


 補佐官が目にした時よりもかなり帝都に近づいて来たのだろう。その姿は既に誰の目にもはっきり映るほどの距離にある。


 こちらに向かって真っすぐ進んでいるようで、真正面からの姿しか分からないが……球体の下に何か船の様な物が取り付けられている様な……いや、船の形からして球体というよりも丸みを帯びた円柱を横に倒したような感じだろうか?


 船を浮かせている……つまりあれは空を飛ぶ船?


 それがゆっくりと帝都に向かって近づいてきている……いや、ゆっくりと見えるのは恐らく距離がまだあるからだろう……私が見ている間にもその姿が段々と大きくなっていっていることから、かなりの速度で近づいてきているのではないかと思う。


「どうやら人工物のようだが、誰か心当たりのある者はいるか?」


 努めて冷静に周りの者達に問いかけたが、ラヴェルナが首を横に振った以外誰も反応しない。


 護衛である近衛騎士も補佐官達も窓の外を見て硬直しているんだけど……案内して来た補佐官は元々知っていたでしょ!?とツッコミを入れたい。


「人工物であるなら、問題は何処の組織に所属している物かということだが……一番可能性として高いのは魔法王国ではあるが……」


「あの飛行体は南西側から来ておりますし……方角が違うのでは?」


「一直線に来たとは限るまい?傍目にはゆっくり動いているように見えるが、恐らくあれの速度は馬よりも遥かに早い筈。国境から連絡が来るよりもアレがここに来る時間の方が早い筈だ。多少回り込んで来たとしてもな」


「……わざわざ回り込んで来るでしょうか?」


「可能性はある、としか言えんな。しかし……他にあんなものを作り出す勢力なぞ……」


 そう呟いた私だったが、ラヴェルナの言った南西という言葉を思い出し、心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。


 南西……まさか、エインヘリア?


 その考えに至ったと同時に私はやるべきことを思い出し、補佐官に指示を飛ばす。


「すぐに軍を整えさせろ!恐らく間に合わんが……出来る限りやらせるのだ!それと現在帝都にいる『至天』全員を招集!勝手な動きは許さぬと厳命しろ!」


「は、はっ!」


 私の命令に我を取り戻した補佐官達が動き始める。


 そうしている間にも、飛行体はどんどん帝都に近づいてきている。


 その速度から考えても軍の準備は絶対に間に合わない……『至天』は恐らく城にいるはず……勝手に動いてなければいいけど……。


 一瞬、そんな嫌な予感が過りながらも、私は矢継ぎ早に補佐官達に指示を出していく。


 恐らく帝都中が混乱している筈、治安維持にも兵を回したい所だけど……そんな余裕……いや、こんな時だからこそ民達には落ち着いて行動して貰わないとマズい。


 各所に指示を飛ばしている間にも、飛行体の姿はどんどん大きくなり……やがて帝都の上空に差し掛かるといったところまで近づいて来たところで動きを止めた。


 皆が注目し緊張が高まり続ける中、小さな黒い点が飛行体から飛び出す。その点が段々近づいてくるにしたがって、周りの者達から歓声のような安堵のようなものが発せられた。


 かく言う私も、ここ数日で一番安堵したかもしれない。


「ディアルド爺……」


 周りの者に聞こえぬ程度に私は呟く。


 飛行体より飛び出した小さな点……それは『至天』第二席にして、私が今一番逢いたかった人物……ディアルド=リズバーンだった。



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