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第226話 避けられぬ戦い

 


View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






「こ、こんな……馬鹿な……」


 儂は渡された書状に目を通し、内容を理解した上で……内容を脳が理解することを拒否する。


 そこには、エインヘリアに対する帝国からの要求がつらつらと書かれておる。


 主な内容は……あらゆる主権の放棄と言えよう。


 帝国貴族に対する治外法権を認める事。


 エインヘリア国内に存在する、あらゆる鉱山採掘権の譲渡および採掘権の販売。


 エインヘリア主導で国民の戸籍作成し、それを帝国に納めること。


 関税の撤廃。


 エインヘリア軍の縮小、および帝国軍の駐留。


 エインヘリア国内に逃げた帝国犯罪者の無条件引き渡し。


 その他にもありとあらゆる権利をはく奪し、帝国が利益を搾取する事だけが羅列された条文……これら全てを飲む見返りとして、エインヘリア王へ帝国貴族位の授与とエインヘリア王都および周辺地域を直轄地と認め、そこからの上納金の免除。


 エインヘリア全体への食糧援助、および軍事力の提供と記されておる。


 見返りとして渡す物が越権どころでない提案であることに目を瞑ったとしても……こんなもの、どれだけ困窮した国であっても受け入れる筈がない……戦争によって滅亡寸前まで追い込まれた国が講和の条件として、全てを諦め受け入れると言った物だろう。


 少なくとも槍を交えていないどころか、まともな国交すらなかった国に渡す様な条件ではない。


「……失礼ながら、陛下。これは本当に我が国の者が……?」


「そうだな、第三国の騙りでなければ、間違いなく貴国の貴族達が連名で送りつけて来た物だ。原文の方にはしっかりと署名と印璽が押されている。代表となっているのは……ルッソル伯爵となっているな」


 馬鹿な……一体何をどう判断したら他国……しかもエインヘリアという強大な国にこのような物を突きつけられる。


 奴らはエインヘリアの一体何を調べたというのか……狂っておるのか?


 ……いや、今はあの馬鹿どもの事は放っておけ!それよりも今大事なのは。


「陛下!我が国の貴族の無礼!誠に申し訳なく……!」


「リズバーン」


 儂は立ち上がり、頭を机に叩きつけながら謝罪の言葉を叫ぶように言ったが、それを予見していたように放たれたエインヘリア王の一言で止められる。


「リズバーン、顔を上げろ」


「……」


 先程までと……雑談をしていた時と全く変わらぬ様子でエインヘリア王は言うが、儂は顔を上げることは出来ない。


 エインヘリアという国……この国とぶつかるのはマズい。


 我が帝国とこの国……現在儂が得ている情報だけで考えるならば、まだ帝国に分があると言えるじゃろう。


 じゃが、それはあくまで今得ている情報がエインヘリアの全てであるならじゃ。


 帝国には歴史がある。


 その時間の積み重ねにより、帝国は『至天』を得るに至った。


 二十人強の英雄とその予備軍達。


 敵国に数人送り込むだけで小国であれば瞬く間に滅ぼせるであろうその実力は、帝国における切り札であり武の象徴じゃ。


 無論それだけではない。


 帝国の主力である十五の軍。


 彼らは、外征を行わなくなった今でも訓練を欠かすことなくその牙を研ぎ澄ませており、一兵卒に至るまでが、他国の精鋭兵に匹敵するとさえ言われておる。


 圧倒的な武力と物量……これらを駆使すれば帝国が負けるという事はあり得ないと言えよう……じゃが、エインヘリアの転移という技術……これを駆使された時、帝国にどれだけの被害が出るか想像が出来ぬのもまた事実。


 転移というとんでもないことが出来るという事実は知るものの、何をどこまで出来るのかは全く分からん。


 儂がここに来る時に見た巨大な魔道具、アレが無ければ転移できないのか……それともあれはただのブラフで、個人個人が使用できる魔法の類なのかもしれぬ。


 それに転移先の制限もそうじゃ。


 もし好きな場所に突然現れることが出来るとしたら?


 陛下や重鎮達の寝所に暗殺者を送りつけることも容易かろう……もしくは、一万の兵を転移させることが可能だとしたらどうじゃ?


 当然神出鬼没の軍相手にまともな迎撃なぞ出来るはずもない……国国内はいつどこに現れるかもしれない軍に怯えることになるじゃろう。


 もしそれが可能であれば補給線の維持すら困難という事……あ、駄目じゃ。負けることがないと思いたかったが、粘れる気もせんぞ……。


 数人の英雄という存在、転移という技術、そして諜報力……この三つだけでも帝国を引っ掻き回すことが可能じゃ。


 そこに思い至った今、ソラキル王国の事を思い出す。


 そうじゃったのか……ソラキル王国が開戦から一ヵ月足らずで滅亡したのは、そういうことじゃったか……。


 もし帝国とエインヘリアが開戦となった場合……圧倒的な物量と英雄の数で帝国が押し切るか、転移を駆使し局地戦を制するエインヘリアが勝つのか……全く予想がつかん。


 現時点で得ている情報だけでそれなのじゃ……正直、この国にはまだまだ隠し玉があるじゃろう。


 今の所、英雄級の力を持っているのはエインヘリア王とこの部屋にいる護衛三人……じゃな。エインヘリア王は間違いないが、他の三人は上手く力を隠しておる様じゃが、この場に護衛として居る事自体、相応の実力があると言っておる様な物じゃ。あの砦で感じた気配のこともあるしのう。それに戦力の全てを見せるとは思えんし、この他にもいると考えるのが普通じゃが……とんでもない話じゃな。


 帝国数千万の臣民に対し、戸籍管理というとんでもなく大変な作業を通して、漸く二十人という英雄を集めたんじゃぞ?


 これだけの人材を一体どこから集めたと言うのか……考えれば考える程理不尽じゃ。


 そして、だからこそ、エインヘリアとは絶対に事を構えてはいかん……どちらが勝つにせよ短期で決着がつくなら良いが、下手に泥沼化しようものなら共倒れしかねん。


 絶対の覇者である帝国が揺らげば……戦火は瞬く間に大陸中に広がるじゃろう。


 その時得をするのは商協連盟か魔法大国か……はたまた新たな国が頭角を現すのか……いずれにせよ、疲弊した帝国やエインヘリアが得をすると言う事はないじゃろう。


「頭を上げろ、リズバーン。俺はお前の頭頂部と会話をする趣味はない」


 冗談めかした言い回しだが、確実な圧を感じた儂はゆっくりと頭を上げる。


 再び目にしたエインヘリア王は、先程までと一切変わらぬ様子だが、部屋の空気は一変している。


 先程感じた圧は、エインヘリア王のものではなく、この部屋にいる他の者達からの圧だったようじゃな。


「エインヘリア王陛下……なんと詫びを入れようと許されるものではないと、重々承知しておりますが……」


「リズバーン。お前の気持ちは分かる。だが、もはやそういう段階ではないと分かっている筈だ」


「……」


 そう……これはもはや謝罪がどうという話ではない。


 こんな物を渡している以上、既に帝国からエインヘリアに対し宣戦布告したに等しい。


 たかが地方貴族の戯言……そんな風に斬って捨てることが出来るような代物ではない。


 言い方は悪いが、相手がその辺の小国相手であれば恫喝交じりの謝罪を受け入れさせることは可能じゃろう……その後の関係は最悪なものになるじゃろうが。


 じゃが、エインヘリアは違う。


 ぱっと表面を撫でる程度に手に入れた情報だけでも、帝国に比肩しうる大国……そんな国相手に、あやつらは何をとち狂っておるのじゃ!?


「この書状が皇帝の意にそぐわない内容だと言う事は、伝え聞く情報から分かっているつもりだ」


「……」


 エインヘリア王が自らの前に丸められた羊皮紙を置く。


 恐らくあれが、ルッソル伯爵から送られた書状なのだろう。


 隙をついて焼いてしまいたい……儂の首を賭けてでもやるべきかのう……。


 帝国からの謝罪は当然必要じゃろうが……物証さえなければ……いや、そんな隙はなさそうじゃな、やるだけ無駄じゃろう。


 儂は一瞬頭に浮かんだ物をすぐに捨て、エインヘリア王の言葉に耳を傾ける。


「俺は貴国の……皇帝の統治は素晴らしい物だと思っている。こう言っては何だが……帝国はでかすぎる。管理できる限界を超えているのは明白だ。それでもかつて起こった内乱を鎮め、十年でと言った歳月で強固にして強大な国を築き上げた手腕、見事としか言いようがない」


 帝国の現状をこれ以上ないくらい正確に、そして王の目線でとらえておるのう……。


「統治者として貴国の皇帝は尊敬に値する、偉大な人物だと言えよう」


 ……陛下が聞いたら泣きそうじゃな。


 一瞬そんなことを考えてしまったのは、これがお世辞ではなくエインヘリア王が真摯にそう言っているのが伝わってきたからじゃ。


 陛下に聞かせてやりたいと思いながらも、儂はエインヘリア王の言葉に集中する。


「しかし、その威光は余計な雑草も生やすことになっている。この条件からも分かるように……これを送りつけて来た者共は帝国貴族であることを誇りに思っているし、これが帝国の為になると考えている。傍から見れば増長した愚か者だし、彼等は彼等で自分達の権威を高めることが目的なのだろうが」


「……」


「俺はこう見えて、それなりに寛大と言われていてな?公の場でもない限り、多少の無礼は気にしないし、笑って許す。だが、流石にこれはダメだ。こんなものを許してしまっては、俺に忠誠を捧げる皆に、この国で暮らす民達に顔向けが出来ん。それは分かってくれるな?」


「……それは……はい」


 それは王である以上当然の判断じゃ。陛下であっても同じ判断を下すじゃろう。


 例え、アホ貴族共の首を帝国が刈り取り、エインヘリアに届けたとしても……。


「陛下、無礼を承知で言わせていただきたい。どうか、その書状に連名している者達の首、それと儂の首で収めてはいただけまいか?」


「ここに署名をしている貴族共はともかく……リズバーン、お前の首ならばそのくらいの価値はあるだろう。少なくとも俺はそう判断出来るが……分かっている筈だ。この件は王としての俺の意志ではなく、それを越えた国家の意志によるものだと。人には止められんよ」


「……」


 そう……エインヘリア王の言う通り、これは個人の感情云々の話ではない。


 いや、始まりは個々人の感情による物なのだろうが、それが集まり一つのうねりとなり押し寄せる……それは確かに国家の意志というものなのだろう。


「それにな。臆面も無く、このような書状を送りつけて来る貴族がいる国がすぐ近くにいるというのは、安心には程遠いと思わないか?」


 エインヘリア王の言葉は全て正しい、正しいが……それでもその先に起こる事を考えれば、けして認められぬものじゃ!


「エインヘリア王陛下!非が我等にある事は重々承知しております!陛下の判断だけで止めることが、非常に困難であることも!ですが、その上で、何卒、何卒願い奉りまする!どうか槍を収めては頂けないでしょうか!?」


「お前が帝国のみならず、我がエインヘリアの事も慮ってくれている事は理解している。だが、それでももう止められんのだ。リズバーン、お前は機を逸している。二日……後二日早くお前が我が国に辿り着けていれば、防げたかもしれぬがな」


 エインヘリア王の沈痛そうな言葉に、儂は歯が砕けんばかりに食いしばる。


 後二日気付くのが早ければ、このような事には……!


 いや、陛下だからこそ……エインヘリアを誰よりも警戒していた陛下だからこそ、このタイミングで気付けたのじゃ。


 もし、儂等が陛下と同じくらい危機感を持ってエインヘリアの事を考えておれば……こうはならなかった筈。全ては我等臣下の失態……。


 その事に思い至った儂は、全身の力が一気に抜けてしまう。


「帝国から宣戦布告を受けた様な物ではあるが、一応正式にこちらから宣戦布告はさせてもらうとしよう。すまないが、周辺国にはこの条文も公開させてもらうことになるがな」


「……」


 最悪じゃ……陛下や我々がこれまで苦心して作り上げて来た帝国が、馬鹿どものせいで低俗で考える頭の無い国と後ろ指を指されることに……。


 いや、そんな小さな事を気にしている場合ではない……じゃが……駄目じゃ、エインヘリア王の言う通り、個人の意思で止められるような物ではない。


 そして一度戦争が始まってしまえば……陛下もその流れを止めることは出来ないじゃろう……儂等に出来ることは、被害を抑えつつ落としどころを探るか……初撃から全力でエインヘリアを粉砕するか……。


 粉砕……出来るかのう?


 しかし、帝国の為やるしかないのう。


 枯れても儂は『至天』第二席『轟天』じゃからな。


「くくっ……腹をくくったか?憑き物が落ちた様な顔になったぞ?」


 その言葉に、儂も笑みを返す。


「ほっほっほ。こうなった以上、儂に出来ることは敵を吹き飛ばすことくらいじゃからのう。難しい事は陛下達にまかせるとしますわい」


「皇帝には同情するよ」


 そう言って苦笑するエインヘリア王は、圧倒的な気配とは裏腹に自然体に見える。


 結局、最後までエインヘリア王の様子は変わらんのう……。


「……エインヘリア王陛下、次にまみえる時は戦場でありましょうな。陛下の事は嫌いではありませんが『至天』第二席『轟天』として全力を尽くさせていただきますぞ」


「くくっ……その力、楽しみにしておこう……と言いたい所だが、少々気が早いな」


「……それはどういう意味でしょうか?」


 話すこともそろそろ終わりだと思ったのじゃが……まだ何かあるのかのう?


 儂が首を傾げつつ問いかけると、エインヘリア王はにやりと笑ってみせた。



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