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第220話 三人の王

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 ディアルドに西方領地の様子を確認して貰いに行ってから十日が経った。


 未だディアルドは帝都に戻って来ていない。


 『至天』第二席『轟天』ディアルド=リズバーン。


 彼は魔法使いタイプの英雄で、空を飛ぶ魔法を使うことが出来る。


 その移動速度は、直線の短距離だと馬の全速力には若干劣る物の、空を飛ぶが故地形を考慮する必要が無く、何より疲労によって速度が落ちることがない。破格の移動手段だ。


 その事を本人に言うと、口で言う程楽な物ではないと渋い顔をされるのだが、馬車で移動すればゆうに二十日以上かかる西方まで、たった二日で移動出来る移動力は規格外の名にふさわしい物と言える。


 惜しむらくは、空を飛ぶ魔法がディアルド以外には使えない事だ。


 もしその魔法の遣い手を帝国内に増やすことが出来れば、私の悩みはかなり解消されることになるだろう……まぁ、その場合は新しい問題が出てくるのだろうが……それはそれだ。


 一応飛行魔法に関してはディアルドに命じ、汎用化出来ないかずっと研究を進めているのだが、今の所成果は上がっていない。


 いや、今それはどうでも良い。


 それよりも、五日とかからず帝都と西方の間を移動出来るディアルドが未だに戻って来てない事が問題だ。


 これは、確実に西方で問題が起こっていると見て間違いないだろう。


 恐らくその問題の対処でディアルドは身動きが取れないのだろう……しかし、ディアルドが私への報告を疎かにするとは思えない、ディアルドが出発した日から逆算すればそろそろ帝都に何らかの連絡が来てもおかしくはない……そう、今にも執務室の扉が開かれ……。


 そんなことを考えつつ、執務室の扉を見たが……その扉が開かれることはない。


「陛下?どうかされましたか?」


 書類整理をしていた補佐官の一人が動きの止まった私を見て、釣られたように扉の方に視線を向けつつ尋ねて来る。


「……ディアルドからの連絡がそろそろ来ても良い頃だと思ってな。今日までディアルドが帰還していない以上、西方で何らかの問題が起こっている事は確実であるしな」


「そういうことでしたか。リズバーン様でしたら問題はないと思われますが……」


「そうだな……」


 補佐官の言葉に、私はそう答えながらも不安を拭う事は出来ない。


 確かにディアルドであれば大抵の問題は処理できるであろう。経験の面でも頼りになるし、個人としての強さもこの帝国において二番目に強い。


 だが、ディアルドの能力がいくら優れていようと、時間を戻すことは出来ない。


 西方領地の連中がもし余計な事をしていた場合……それをなかったことにする、もしくは対処出来るだけの時間がディアルドにあるのかどうか……。


 西方でエインヘリアが何かを仕掛けていたとして……考えられるのは、やはり調略だろうか?


 我が帝国とエインヘリアは隣接した国ではないが、エインヘリアの侵攻速度から考えて、もし我等との間にある小国、サレイル王国かスコア王国に侵攻を始めた場合、瞬く間に国は滅ぼされてしまうだろう。


 当然我々帝国はそれを防ぐため援軍を送ることになるが、位置的にその援軍を送るのは西方領地からとなる。


 もし既にエインヘリアが西方領地の者達と何らかの密約を結んでいた場合……彼らは何かと理由をつけて援軍の派遣が遅らせたりするだろう。


 もしくは援軍を出しても積極的に戦わず後退する、とかな。


 そうして小国という壁が無くなりエインヘリアと隣接した所で、かの国を後ろ盾に西方領地は独立……この流れが一番濃厚だ。


 それとも、西方領地の貴族達を操って戦端を開かせるか?


 いや、流石にそれはあり得ないな。


 実績からしてエインヘリアの軍事力はかなりのものだし、英雄も所属しているだろう。


 だが、根本的に我等帝国とは人口が違い過ぎる。


 人口はそのまま、どれだけ兵を集められるかに直結する数字だ。


 それに戦を繰り返して疲弊しているであろうエインヘリアと違い、我等帝国は近年戦を行っておらず、その戦力は完璧に近い形で運用することが出来る。


 それに『至天』や英雄予備軍もいる。


 我が帝国は盤石ではない。隙も弱点も無数にある。だがそれでも、他国が手を出してこないのは……我々が強いからだ。


 単純な話だ。


 兵の数、質……そして何より所属している英雄の数。


 文字通り桁が違う武力を持っているから、他国は軽々に我等に手を出せないのだ。


 それはエインヘリアであっても同じはず……だからこそ、まずやこちらの耳目を奪い、混乱させようとしている……。


 そこまで考えた私は、心の中で大きくため息をつく。


 ……ダメだ、そんな風に自分を騙すことが出来れば楽なのだが……恐らくエインヘリアは我々と戦争になる事を恐れていない。


 もし、我々と事を構えることを恐れていれば、そもそもソラキル王国と戦わなかっただろうし、やむを得ずソラキル王国と戦ったというのであれば、何らかの使者が帝国に送られてきている筈だ。


 それすらなく……いや、我等の介入を許さぬ速度でソラキル王国を落としたという事は、確実に我々と戦う事を見据えた行動と言える。


 帝国と槍を交えたくないからソラキル王国を急いで落とした?それはあり得ない。


 我等の介入よりも早く国を落としたところで、友好国の為という大義名分を基に我々が動く可能性は高いのだ……ならばエインヘリアがソラキル王国を速攻で攻め落としたのは、我々に手の内を見せない為……そういうことだろう。


 出来れば戦争は避けたい……かと言って、こちらが下手に出ることは出来ない。


 確かに、私はあまり帝国の面子と言ったことは気にしないが、それはあくまで相手の行動による物の話だ。相手が愚か故そういった態度を取ってしまった、その程度の些事は気にしない。ただ度が過ぎるようならば現実を思い知らせる……そういう事だ。


 私自身が帝国の面子を潰すようなやり方を出来るはずがない。そんなことをすれば、あっという間に臣の忠誠は失われるだろう。


 皇帝である私に求められているのは、強者の振舞いだ。


 有象無象が多少調子に乗ったところで鼻で笑ってやれるが、自ら道化となる事は許されない。


 それもまた弱点ではあるが……これは帝国のみならずどこの国でも似たような物だろう。


 特に戦争を繰り返し、強き王をアピールしなければならないエインヘリアの王は、その傾向が強い筈。


 そう考えた時、私は心が軽くなるのを感じた。


 霧の向こうに隠れ、全く見えなかったエインヘリアの王が少しだけ見えたような気がしたからだ。


 そうだ……未知の相手であったとしても、相手は同じ人族。


 先手を取られ、その考えが全く読めぬと弱気になり過ぎていたようだ。


 私が内心苦笑しながら顔を上げると、こちらを見ていたラヴェルナと目が合う。


 一瞬、心配しているような色を見せたラヴェルナだったが、次の瞬間小さく笑みを見せる……心配をかけていたようだが、若干私の気持ちが前を向いたことを感じ取ったのだろう。


 問題は何一つ解決していないし、ディアルドの報告待ちであることも変わりはないが、私はスラージアン帝国の皇帝として今まで通り事に当たれば良いのだ。


 この十一年、苦境には何度も立たされた。


 そしてそれらをすべて乗り越えて来たからこそ、今の強い帝国があるのだ。


 よし、気を取り直して書類と向き合うとしよう。


 問題はエインヘリアや西方領地だけではない。


 魔物ハンター協会から齎された魔物に関する報告や北方での自然災害への対応。教会勢力から面会の申し入れ……これはいつものように寄付金の催促だろう。各研究施設の視察に……予算編成?もうそんな時期か……ということは、そろそろ騎士団の大規模演習の話が上がってくる頃か……?


 私は机に積まれた意見書や報告書、そして裁可を求める書類を片付けていく。


 理不尽な事に、いくら仕事を進めて行っても書類が減るペースより増えるペースの方が早い。


 余計な事を考える余裕はないが……こういった点も、国としての動きの遅さを生み出している要因といえる。補佐官達を採用するようになってかなりマシになったとは言え、他にも何か効率化の手段を考えないと……。


 書類を処理する手は止めず、そんなことを頭の片隅で考えながら忙殺されていると、窓の外は真っ暗になり城で暮らしている訳ではない補佐官達は終業となり帰って行った。


 まぁ、私とラヴェルナはまだ書類と格闘中ではあるが……。


「陛下、ドリュアス伯爵がお見えになりました」


「入れろ」


 ラヴェルナの声に、私は軽く目元をもみほぐした後入室を許可する。


 書類に没頭していて気づかなかったのだが、キルロイが来ていたようだ。


「陛下、こんな時間に申し訳ありません。たった今ディアルド殿から早馬が届きました」


「来たか」


「私宛の物は既に確認しております。こちらが陛下に宛てられたものです」


 私は素早く封を解き、内容を確認して……その内容にめまいを覚えた。






View of フェルズ エインヘリアの覇王 初日のサラサラなカレー好き






「やっぱり、エインヘリアのお食事は最高ですわ」


「いくつかレシピを持って帰っていなかったか?」


「頑張ってくれてはいますが、まだまだ本家本元には及びませんわ」


 エインヘリアの食堂でかつ丼に舌鼓を打っているのは、ルフェロン聖王国の聖王、エファリア聖王陛下その人である。


 まぁ、覇王も普通に食堂でご飯を食べているから今更なのかもしれないけど、王様が食堂の長机で普通にご飯食べてるのっておかしくない?しかも他国の王様。


 若干そんなことを思わないでもないのだが、物凄く嬉しそうにかつ丼を食べているエファリアはとても幸せそうなので、細かい事はどうでもいいか、とも思う。


 因みに俺はカレーを食べている。


 覇王の権力を振りかざし、具であるジャガイモやニンジン等は全て避け、白ごはんにカレー、そして福神漬けだけの凄まじくシンプルなカレーだ。


 覇王的には、とろみの少ないサラサラなカレーでご飯を飲み込むのが最強だと思う。


「エファリアは、昼間からうちに来ていて大丈夫なのか?」


「はい。以前よりは多くなったとはいえ、まだ私に回される仕事は少ないので。午後はどちらかというと勉強の時間の方が多いですね」


「なるほどな。その分グリエル殿が頑張っているのだろうが……最近会っていないが、グリエル殿は息災か?」


「はい。叔父様は忙しくはされていますが、健康には問題無さそうです」


 ルフェロン聖王国の摂政であるグリエル殿は王族という事もあり、礼儀正しくはある物の比較的気安い感じで接してくれる貴重な人物だ。


「偶には彼にも羽を伸ばしてもらいたいものだ。ポーションを差し入れてはいるが、精神的な疲労は取れないしな」


 ってか、忙しい人にポーション渡すのって、これ飲んでもっと頑張れって言ってるような気もするんだよね……いや、気持ち的にはきつそうだから、少しでも元気になるようにって思いなんだけど……結果を見るとね……?


「そうですわね……そういえば、最近叔父様のところに他国の使者が良く訪れるようになりましたわ」


「使者?」


「えぇ、フェルズ様がソラキル王国を倒したあたりからですね」


「……なるほど」


 恐らくキリクやイルミットにはそういった報告が入っているのだろうけど、俺の元まではその情報は来ていない。


 ソラキル王国を俺達が倒すのと、グリエル殿の所に使者が来るのは……何か関係が?


 えっと……あぁ、俺達に紹介して欲しいとかそんな感じか?


 そう言えば、あまり他国と戦争以外で絡んでないからな、うちって。


 戦争も外交手段の一つとは言うけど、相手が滅亡するまでやったら外交もくそもないよね……。


 まぁ、俺としては……魔力収集装置の設置さえさせて貰えるなら、別に滅ぼすまで戦わなくてもいいし、ルフェロン聖王国みたいに属国になれとも言うつもりもないけど……魔力収集装置の機能上、簡単な話ではないよねぇ。


 相手からしたら置くメリットがないしな。少なくとも目に見える形では。


 本当は狂化対策になるんだけど、そもそも人族は発症しにくいらしいし、魔物の狂化も……予防って結果が見えないから、中々効果を実感しにくいんだよね。


「効果が見えねば導入させるのは難しいか……」


「……?どうかされましたか?」


 思わず考えていたことが口から出てしまったようだ、かつ丼を食べていたエファリアが手を止めて首をかしげている。


「いや、他国の者とも積極的にやり取りをする必要があると思ってな」


「確かに、私も以前まではよく他国の使者と謁見の間で会っていましたわ。私は一言も喋っておりませんでしたが」


「それはそれで面倒だな。玉座は硬い冷たいから辛いだけだろう?」


「あら、ふふっ!陛下のおっしゃる通りですわ。冬場は特にとても辛い時間ですわね」


「ドワーフ達に暖房機能付きの柔らかい玉座でも開発させるか?」


 リクライニングチェアが欲しいとは考えていたけど、冬場は暖房付きの方がいいよな……。


「ふふふっ……多分各国の王がこぞって欲しがると思いますわ」


 やっぱりどこの王様も同じような想いなのだろうか?


 北の方は冬も厳しいって聞くし、帝国の女帝さんも玉座に苦労しているかもしれない……。


 そんなことを考えていると、食堂に現れたメイドの子が静々と俺達の方にやって来てリーンフェリアに耳打ちをする。


「フェルズ様、御歓談中の所申し訳ありません」


「構わん。どうした?」


 リーンフェリアの深く頭を下げながら俺に話しかけて来る。


「キリクから、釣れたと報告が入りました」


「そうか……」


 釣れた……うん、帝国さん、やっと動いてくれたみたいだね。女帝さんの事を考えたからかな?


「エファリア、すまないが仕事が入ったようだ」


「畏まりました、私の事はどうかお気になさらず」


「聖王国に戻るのか?」


「いえ、今日はこれからエイシャさん達と約束がありまして」


 エイシャと約束?


 なんだろう?若干、いや結構気になる……なんか楽しそうな雰囲気だし、仕事じゃなくって遊びとかか?ふむ……エイシャに友達がいるというのは非常に喜ばしい話だな。


「ほう?ならばゆっくりと楽しんで行ってくれ」


「ありがとうございます、フェルズ様」


 午後は勉強の時間では?とかツッコミを入れたりはしない。


 王様や大司教であっても子供だからね、遊びの時間だって大事だ。


 そんなことを考えながら、俺は空になったカレー皿を持って席を立つ。


 覇王であろうとセルフサービスのお皿は片付けなければならない……俺は返却口に食器を置いてからキリクの下へと向かった。



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覇王さま、カレーは飲み物ではありませぬ……
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