第187話 移送
View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国元国王 元王位継承順位第七位
私は閉じ込められている部屋でここ数日の事を振り返っていた。
姉上の連れていた兵に拘束された私は近くの都市に移送……そこで私の罪状と廃位を正式に公布。そして王都に戻ったのち処刑されることが決まった。
一部身に覚えのない罪も混ざっていたが、誤差の範囲内だろう。
誰の罪を被せられたのかは少し気になったが、私は否認することなく全ての罪を己の物として認めた。
まぁ……裁判で私が罪を認めた時に、数人が表情を変えるところを確認出来たので誰の罪なのかはすぐに分かったが。
恐らく私に罪を被せたのは彼等ではなく姉上……私は自身の罪だけで十分極刑となるだろうし、今更細かい不正や犯罪を押し付けられたところで何も関係ない。
しかし、姉上にとっては違う。
恐らくある程度目星は着け、その罪を確定させているのだろうけど、立証するには証拠が足りないと言った感じなのだろう。姉上相手に証拠を掴ませないというのは凄い事だとは思うが、彼等は裏で処分されるのだろう。
それにしても……姉上であれば合理的に国を治めていきそうなものだが、勿体ないな。
王位継承争いでは全力で遊ばずに、姉上を王位につけた方が面白い事になったか……?いや、どちらにせよ姉上が国内の不穏分子の一掃を考えていたのなら、私の結末に変わりはなかったか。
それとも、姉上が不穏分子の一掃を担ったのは、エインヘリアの思惑が絡んでいるのか?
あのキリクと言う参謀……併呑後に邪魔となる者を姉上にすべて処理させるように動いたか。
新しい体制が、古い体制の膿を吐き出すやり方は、民達の支持を集め、併呑後の統治をやりやすいものにするのに最適だと思うが……そのような人気取りをせずとも、完璧に統治をしてみせると言う自信の表れか?
それよりも新しい統治を血の粛清で始めない……そちらを重視したのか?それもまた一つのやり方ではあるが、民に対するインパクトは薄い。寧ろ反感を買いかねないやり方にも思えるが……いや、違うな。あのエインヘリアの王は苛烈さを十分に兼ね備えている。
あの王であれば国内の不満を飲み込み、その上で恭順させてしまう事も可能かもしれないな。
しかし、問題は国内よりも国外だ。エインヘリアがソラキル王国を併呑すれば、その国土は商協連盟や魔法大国に迫る広さとなる。
当然大帝国や商協連盟にとっては放ってはおけない存在だ。
商協連盟としては長年犬猿の仲であったソラキル王国が別の国の物となり、食い込むチャンスと考えるだろうが……大帝国は南西方面への盾であったソラキルが潰れた事を快くは思わないだろう。
とはいえ、直接潰す様な事はまだしないはず……最初はソラキル王国の代わりに盾として取り込もうとするか?
いや、エインヘリアは大帝国に劣るとは言え、その規模は大国と呼んで差し支えない規模となる。我々をそう使っていたように商協連盟への盾とするには力を持ち過ぎていると言える。
そうなると……やはり取り込まず、今回私達が開戦の口実にしたように報復……ソラキル王国国土を取り戻すための戦争を起こすか?
幸い、大帝国にはソラキル王国の王子が一人いる。
アレを旗頭、大義名分としてソラキル王国国土を奪還。奴を王に据えることでソラキル王国を再建する可能性はある。
といってもその実情はほぼ大帝国の人間に牛耳られることになるだろう。今回の戦争でソラキル王国の貴族達は半数以上が戦死、残っている小悪党どもは姉上に粛清され、自分達だけで国を運営していくだけの力はもはや残っていない。
流石のエインヘリアも大帝国を跳ね返すだけの力はないと思うが……いや、違うな。
あの姉上やキリクが大帝国の動きを考えずに事を進めている訳がない。
商協連盟と大帝国……二つの大国に挟まれる新たな大国……くくっ……なんだか、死ぬのが惜しくなって来たな。
これからどんなことが起こり、どんな悲劇が広がるのか……この状況で国家間が安定する事はあり得ない、必ず何れかの国が動き、そして一国が動けば大陸中央と西南部に火がつくのは確実だ。
そしてその中心はエインヘリア……その行く末を見ることが出来ないのが非常に残念……いや、焦がれていると言っても過言ではない。
なるほど……確かにキリクのいった通り、もっと早くエインヘリアの王を知っていれば私の欲は別の形で満たされていたかもしれないな。
そんなことを考えていると、私が閉じ込められている部屋に姉上が近衛騎士を連れてやって来た。
「お待たせ、ザナロア……あら?何か楽しい事でもあったのかしら?」
私の様子を見て姉上が小首を傾げながら尋ねて来る。
「そうですね……これから先の事を考えておりました」
「これから先?あぁ、そうね。確かにあなたにとって、この先の情勢は面白いものかもしれないわね」
そう言って微笑む姉上の目には、これから死にゆく私への憐憫も優越も浮かんではいない。
「この目で見られないのはとても残念ですよ。想像するだけでもこれだけ楽しめるのですから」
「ふふっ……私はあまり戦や謀略を楽しいとは思わないけど……それでもこの先の事は私も少し楽しみだわ」
「とても羨ましいと思います。姉上はこれからどうされるのですか?」
「私?私は今までと変わらないわ。エインヘリアで要職に就くつもりもないし、のんびりと日々を過ごさせてもらうつもりよ」
そう言って微笑む姉上の姿は、相変わらず普段通り過ぎて、やはり私には何を考えているのか読むことが出来ない。
「そうですか……これから処刑される身ではありますが、姉上の御健勝を祈っておりますよ」
「ありがとう、ザナロア。それじゃぁ、そろそろ行きましょうか。これから貴方を王都に移送します。といってもすぐの事だから退屈はさせないわ」
姉上の言葉が終わると同時に、控えていた近衛騎士が、私の横に立つ。
ここから王都まで、馬車で移動するとなると半月はかかると思うが……すぐと言うのはどういう意味だろうか?
そんな疑問を抱いたものの、姉上はそれ以上何も言う事はなく部屋から出て行き、その後を追うように私は部屋から出され、馬車へと乗せられる。
程なくして馬車は動き出したが、当然、この馬車は外が見える様にはなっておらず、何処を走っているのかはっきりとはしない。しかし、動き出してすぐ、明らかに街の外に出るには短すぎる時間で馬車が止まった。
恐らく姉上も同道しているだろうし、街門で止まる様な事は無い筈だが……そんなことを考えていると、不意に馬車の扉が開かれる。
「……お降りください。到着いたしました」
「……到着?」
何処に着いたと言うのだろうか?
王都に向かうと姉上は言っていたが、もしやこの街で処刑が行われて王都に向かうのは私の首だけだったか……?
いや、私ではあるまいし、姉上がそういった類の冗談を言うとは思えないな。
自分の考えに苦笑しつつ馬車を降りると、そこはやはりまだ旧王都の街中……それも中心にほど近い場所のようだ。
しかし……あの建造物は何だ?
通りの中心に聳え立つ、見慣れぬ小さめの塔のような物……魔道具か何かのようだが……。
手は拘束されたまま、訝し気にその魔道具を見上げていると、つい先程別れた姉上がにこやかに私に近づいてきてこう告げた。
「さぁ、王都に戻りますよ、ザナロア」




