第157話 ギギル・ポー
俺達がギギル・ポーに赴いてから一か月以上が経過した。
既に十二ある街全てに魔力収集装置の設置は終わり、各街で眠らされていた狂化したドワーフ達の治療も全て問題なく終わっている。
その際、一般のドワーフ達にもエインヘリアの事は大々的に周知され、魔力収集装置は狂化の予防の為に設置したと喧伝されている。
狂化の恐怖に脅かされていたドワーフ達は諸手を挙げてエインヘリアを歓迎し、そして感謝した。
それは祭りという形で発揮される。連日全ての街で祭りが開催され、俺は全ての街を周り中々阿鼻叫喚な祭りを体験させられた。
それと、ドワーフ達の酒の消費量は半端なく……高性能なフェルズの身体を以てしても、太刀打ち出来るものではなかった……。
さて、そんな騒がしい日も過ぎ去り、俺はエインヘリアへと既に帰還している。
といっても、最初の街に魔力収集装置を設置してからは、エインヘリアで寝起きする事も多かったので、やっと帰ってきたという感じは全くしない。
「よーしゃしゃしゃ、よーしゃしゃしゃ!」
だからこうしてベッドの上で俺の両手でもみくちゃにされているルミナと戯れるのも、久しぶりという訳ではない。
まぁ、ギギル・ポーに向かって最初の街に魔力収集装置を設置するまでの数日間、会えなかったのは確かだし……俺に久しぶりに会ったルミナの大興奮っぷりは、今思い出しても頬が緩む。
っていうか、今更だけど……ルミナって全く大きくならないよな。
俺はルミナをわしゃわしゃと撫でながら、ルミナの事を観察する。
俺が保護してからもう数か月は経ってるんだけど、未だに子犬サイズ……とても元気だから健康には問題ないと思うけど……あの時チンピラがレッサーウルフとかルミナの事を言っていたが、本当にその魔物であれば、既に大型の成犬くらいのサイズになっていてもおかしくないらしい。
だからルミナはレッサーウルフではないのだろうが……魔物に詳しい人にでも見せてみるか……?
俺の手を前足で捕まえて舐めようと、必死に追いかけているルミナを見ながら考える。
別にルミナが何の種族でも別に気にしないけど、今後も健康的に過ごしてもらうには、生態をしっかりと知っておいた方が良いかもしれない。
今までは小型犬として育てて来たし、メイド達からも特に変わった報告は受けていないけど、今後は分からないしね。
病気とかは万能薬や魔法で治る気もするけど、飼い主としてちゃんとルミナの事を知っておく必要があるだろう。
よし、早急に魔物研究をしている人物を探す……必要はないか?多分キリクかイルミットに聞けば教えてくれるだろうし、アポを取ってみるか。
「よーし、ルミナー。俺はそろそろお仕事に行ってきますよー」
俺に撫でられながら俺の手にじゃれつくルミナの動きがぴたりと止まり、非難するような目でこちらを見て来る。
最近は行ってくるという言葉に対し、ルミナはこういう反応を見せる様になって来た。
恐らくこの言葉を俺が言ったら、どこかに出かけてしまうと学習したのだろう。耳も尻尾も垂れてとても哀愁を帯びた姿になるが、すまんルミナ。俺は行かねばならないのだ。
俺はまさにしょんぼりと言った様子のルミナを抱き上げて、優しく撫でながらベッドから移動する。
「ごめんなールミナー。今日はちゃんと帰って来るからいい子しててなー」
俺はそう言ってルミナを床に降ろしてから、部屋の外に出る。
部屋の外にはメイド達が控えており、俺はいつも通り今日のルミナ係によろしく頼むと告げた後、ドレッシングルームに向かう。
今日の仕事はまた威厳とやらが必要な仕事だからなぁ……苦手だなぁ。
「ご無沙汰しております。エインヘリア王のフェルズ様」
謁見の間に畏まった様子で入ってきたガルガドが、ゆっくりと頭を下げながら挨拶をする。
今日はガルガド達ギギル・ポーの代表がエインヘリアを訪問して、公式に挨拶と礼を言いたいという事だった。
「よく来てくれた、ガルガド。しかし久しいという程ではあるまい?三日前にギギル・ポーで会ったばかりだろう?」
祭り以降、俺自身がギギル・ポーに出向くことは減っていたが、先日はちょっと用事がありギギル・ポーに行ったので、その時にガルガドには会っている。
最近は俺よりキリクの方が頻繁にギギル・ポーに行っていたんじゃないかな?
多分色々と決めることがあるのだろう……手加減しているといいのだけど……。
「そうでしたな。ですが、儂等としてはこの日を一日千秋の思いで待っておりましたからな」
そう言うガルガドの後ろでは、他の街長達がその通りだと言うように頷いている。
どうやら、エインヘリア訪問が楽しみ過ぎたらしい……まぁ、あの議会場での狂乱を見ているから、理解は出来ないが納得は出来る。
「謁見が終わったら、ギギル・ポーでは見せられなかったものを見せてやるとしよう」
「感謝いたします」
俺の提案に一気に爆発するかと思ったが、ドワーフ達は誰一人として興奮した様子を見せない……いや、全員が喜色を浮かべてはいたが、しっかりと自制している。
流石に他国の謁見の間で大はしゃぎはしないようだな……いや、普通の事だけどドワーフ達がきっちりしていると物凄い違和感があるね。
「オトノハから報告を受けているが、早速魔力収集装置の設置について学び始めてくれたようだな」
「はい。ギギル・ポーのドワーフ達の間では、エインヘリアの技術を学ぶことが出来ると話が広まり、希望者が殺到しましたが……そこから十数名を選抜して学ばせていただいております」
「ほう、そうだったのか。報告では経過は順調らしいからな、我等としても大変喜ばしい話だ。今後ともギギル・ポーとは手を取り合っていきたいものだ」
オトノハの話では、ドワーフ達であれば魔力収集装置の設置はそう遠くない内に可能とのことで、これでようやく開発部に余裕が出来るってものだ。
因みにウルル達外交官も、俺達によって併合された各国の諜報員達を鍛えて外交官見習いとしているらしいのだが、やはり身体能力やその他様々な能力の差は如何ともしがたく……正式な外交官としては、まだまだといったところらしい。
一応、キリクがラーグレイ王国に謀略を仕掛けた時に元ルモリア王国の斥候部隊を使ったし、ある程度の仕事は出来るみたいだけどね。
俺がそんな風に人材不足が段々と解消されて来た事を喜んでいると、ガルガドが真剣な表情で玉座に座る俺を見上げて来る。
「エインヘリアの王フェルズ様……実は此度、是非とも貴国に願いたき事柄がございます」
「聞こう」
特に事前に話は聞いていなかったし、ギギル・ポーで何か重大な問題が起こったとかではないだろう。
ドワーフが願いたいってことは、多分技術的な話だな……魔力収集装置以外にもポーションとか武具とか、色々な物作りを学びたいとかそんなところか?まぁ、最初から技術交流はするつもりだったし、何の問題も無いね。
そう考えた俺はガルガドの次の言葉を悠然と待つ。
「儂等、ギギル・ポー、エインヘリアの傘下に加わりたく存じます。お許しいただけないでしょうか?」
なんて?
いや、違う!固まるな俺!
突然の申し出に思考が止まりそうになった俺は、脳と覇王力をフル回転させて応える。
「無論構わぬが、同盟ではなく傘下に加わりたいとはどういうことか、聞かせてくれるか?」
さも、そう来るだろうと考えていましたと言った様子で頷きながら、俺はガルガドに問いかける。
何で突然そうなったのか訳が分からないが……全てお見通し風の覇王で行きます!
今のも理由を俺が聞きたかったというよりも、周知させる為……そう捕らえてくれると嬉しいね……。
「はい。ドワーフは元来、自らの技術でより高みを目指すことを本懐としている者達ですが、それだけで国は成り立ちません。だからこそ、色々と役割を分担している部分があります。これは以前もお話しさせていただいたことではありますが、私達街長も本来は職人……街や国を運営するということには、本来何の興味もない者達なのです」
うん……知ってはいたけど、国のトップ連中が、他国で胸を張って政治に興味はないって言っちゃダメでしょ……。
「ですが、そんなことを言っていては、国が立ち行きません。なので、不慣れながらも儂等は全力で国を守ってきたつもりでしたが……今回の件で痛感したのです。国を守り運営していくことを最優先に考えられない私達はこの立場にあるべきでないと」
「確かに、国を背負っていくという気概が無いようではあるな」
「お恥ずかしながら、その通りです。まぁ、記録に残っている限り、儂等以前の街長達も同じような物だったみたいですが……やはり、街長の選出方法に問題があると思ったわけです」
確かにね……街一番の職人を街長にするってのは、色々な意味で勿体ないよね。
トップの腕を持つ職人に他の仕事をさせることも無駄だし、職人として自分の腕を磨き続けて来た人に、慣れていない仕事を突然任せるのも無理がある。
そもそも、本人も言っていたけど意欲がないし、必要な能力もあるとは限らない……。
「そして今回の事態……儂等は今まで軍で攻め寄せて来る人族の国を迎撃する事はありましたが、今回の様に謀略といいますか……今回の様な襲われ方をしたことはありませんでした。そして、儂等では今回の事態を解決する方法を見出す事すら出来なかった。もし儂等が国の外に目を向けて、エインヘリアの事を入念に調べていれば、儂等の方から助けを求めることが出来たかもしれないというのに……それすら出来なかったのです」
確かに、それはそうかもしれないね……戦争の気配とかは察知していたみたいだけど、それは一般人でも手に入れられるレベルの情報だし……国を運営するという意味では色々と足りない部分が多かっただろう。
「しかし、エインヘリアは違う。国を富ませる方法を常に模索し、あらゆる人材を兼ね備え、必要な事を必要な時に実行する力も技もある。そしてそれら全てを導く偉大な王の存在も」
それは言い過ぎですよ?特に王の辺り。
「フェルズ様は何度も、儂等の力を借りたいから手助けをしているだけだとおっしゃられていましたが……それが事実だとしても、王自ら危険に飛び込む必要は全く無かったはずです。ですが、誰よりも危険な最前線にフェルズ様は向かい、あっという間に儂等を救ってくださった」
まぁ……それは確かにそうだけど、俺としては魔王の魔力に関する事柄だったから自分で動いただけで、ドワーフ達の為っていう訳でも……ねぇ?
「儂等は、そのお慈悲に……そしてエインヘリアの技術に、未来を見たのです」
いや、どちらかと言うと技術の方に重きがありそうだけど……。
「どうか儂等の忠誠とギギル・ポーを受け入れて頂けないでしょうか?」
「その申し出、このエインヘリアの王として受け入れよう。ところで、エインヘリアの傘下に加わると言う事は、属国という形か?」
「いえ、儂等もエインヘリアを名乗らせていただきたく」
「つまり併合か。しかし、そうなるとギギル・ポーの各街を治める代官を置くことになるが……」
「はい、その辺りは既にキリク様に相談させていただき、解決案を作って頂いております」
聞いていないんですけど?キリクさん?
「ならば良し。飛び地ではあるが、転移が使える以上特に問題はないな」
話が進んでいるのであれば是非もない。
今日のこれはデモンストレーションであり、ただ決定事項を知らしめる為だけにやっているだけだ。
なんで俺にその知らせが無かったのかは疑問だが……恐らく俺が仕掛けていたことだとキリク達は認識しているのだろう。俺的には同盟で十分だったのだが……いや、傘下に加わった以上簡易版ではなく、転移機能付きの魔力収集装置の設置もドワーフに教えることが出来るか?
そう考えると、かなり良い話な気がしてきた。
考えを纏めた俺は勢い良く玉座から立ち上がり宣言をする!
「これより、ドワーフ達は盟友であり、エインヘリアの民となる。そしてギギル・ポーはエインヘリアのギギル・ポー地方となり、未来永劫の繁栄を約束された!我等が共にある限り、ドワーフ達に起こった様々な悲劇は全て過去の物となる!十二の街長達よ、今日より貴公等は街長の職を捨て、一職人として、その最高峰の腕を存分に振るうが良い!」
「「はっ!」」
俺の言葉に街長達が一斉に膝をつき臣下の礼を取る。
こうして俺は、予定と異なりギギル・ポーを傘下に収めエインヘリアの領土をさらに拡大してしまった。




