第149話 ウォームアップ
昨日はお試しの調査と言った感じで坑道に入りすぐに調査を終えて出て来たのだが、それでも非常に多くの情報を得ることが出来た。
正直初日の……というか一時間足らずの調査で色々判明し過ぎたくらいだ。まぁ、幸先が良いと言えるけど。
一つ目の情報は、採掘場にはドワーフ達が把握していたよりも多くの魔物がいるという事。
二つ目は、オトノハの調査でこの採掘場はレギオンズのダンジョンと同じく簡易版の魔力収集装置を設置出来ると分かったという事。
三つ目は、レギオンズのダンジョンに似た環境だと分かったところで諦めかけた、採掘場への召喚兵の侵入が可能だった事。
そして四つ目……採掘場にいる魔物は二種類に分けられると言う事。
これは、レンゲが倒した魔物達の残骸を召喚兵に運ばせていて判明したのだが、坑道の外に運び出した魔物の残骸……その九割以上が坑道を出た瞬間、霞のように消えさったのだ。
その現象に気付き、魔物の遺骸を外に運び出すのを止め、オトノハに魔物の死骸を調べて貰うと意外とあっさりと答えが出た。
どうやら霞の様に消えた魔物は魔力によってその体が構成されているらしく、この採掘場の外ではその形を保てないとのことだ。
外に運び出しても消えなかった魔物の遺骸は普通の魔物の物……そう言う事らしい。
これはつまり、以前クーガーから話を聞いた時に出ていた、魔物が採掘場内で発生していると言う話を決定づける証拠と言える。
一応、レンゲによって捕獲された、生きている魔物も坑道の外に運び出してみたが、全ての魔物が外に出た瞬間消えてしまった。レンゲが残した魔物は、全部採掘場で発生した魔物だったようだ。
外に運び出しても遺骸が消えなかったのは数匹分しかなかったことから、採掘場にいる魔物の殆どは中で発生した魔物と考えても良さそうだ。
そして最後に……その日の夜、普段と違いどこか沈んだ様子を見せるフィオから、坑道に居た普通の魔物は全て狂化していたと聞かされた。
相手が虫とかだったし、目が赤かったかどうかなんて気にしてなかったので、フィオに言われるまですっかり失念していた。
しかし、ドワーフ達が採掘場で狂化するのだから魔物もしない訳ないよね。でもそれをふまえると、目が赤い魔物は外から入り込んだ魔物、目が赤くない魔物は採掘場で発生した魔物と区別が付けられるかもしれない。
つけたところで意味があるかどうかは分からないけど、オトノハには報告しておこうと思う。
フィオに俺がそう告げると、少しだけ苦笑したフィオから礼を言われ、そしてどうかこの件の事をよろしく頼む……だけど十分気を付けて欲しいと言われた。
俺は努めて明るい感じで勿論それは構わないが、お前もしっかり調査に参加してくれと言ったのだが、フィオは申し訳なさそうに笑いながら了承した後、深々と頭を下げて謝った。俺はそれをやめさせようとしたのだが……次の瞬間、宿のベッドの上で目が覚めてしまう。
寝起きの気分としては非常に最悪とも言えた。
フィオにはあぁいう……儚げな笑みは似合わない。
もっとこちらを見透かしたような若干意地の悪い笑みか、悪戯が成功した時の様な笑い方が似合っている。
あれだと薄幸の美少女みたいで気持ちが悪い。
ドワーフ達の為なのはもとより、あのしょんぼり魔王の為にも俺は全力でこの件を解決する事を心に誓った。
そしてこれから、二度目の採掘場調査……探索の本番が始まる。
「昨日はあれだけ短い時間だった割に随分と成果が上がったが、今日も油断することなく探索を進める。オトノハ、まずは魔力収集装置を設置出来る場所を探そうと思うのだがそれでいいか?」
「あぁ、最初にそれを確定させておいた方がいいだろうね。ダンジョンの場合は基本的に最深部なんだけど……とりあえず地下四階の最奥を目指す感じで行くかい?」
俺の提案に、オトノハが地図を見ながら考えを述べる。
確かにゲームの時は最深部でボスを倒してから魔力収集装置を設置する流れだったけど、ボスはいないだろうなぁ……。
「ここは採掘場だ。今は最奥でも掘り進めていけば最奥ではなくなるが、そうなった場合魔力収集装置は機能を止めてしまったりするのか?」
「ダンジョンに魔力収集装置を設置する場合は、魔力が集まりやすくなっている場所を選ぶんだ。最奥に設置する事が多かったのはそこに強力な魔物が居たりすることが多く、そう言った存在がいる場所は魔力が溜まりやすい……寧ろ魔力が溜まりやすいからこそ、そういう個体が居を構えるんだろうね」
「なるほど……」
ボスがいるから魔力が溜まりやすいのか、魔力が溜まりやすいからボスがいたのか……ゲーム的には一番奥にボスがいるのは普通だけど、魔力収集装置をダンジョンの一番奥に設置するのはそう言う理由からだったのか。
「ならばセオリー通り地下四層の最奥をまずは目指すとしよう。今回の俺達の目的は調査と採掘場の奪還だが、魔力収集装置を設置したら魔力から生み出された魔物は姿を消すかもしれんな」
「そうだね……調査の事を考えると、設置場所を見つけてもすぐに設置はしない方がいいかもしれないね」
「その辺りはオトノハに任せる。今この採掘場で起こっている現象の調査は最優先だ。勿論その上での採掘場奪還が最終目標だが」
俺の宣言にオトノハだけでなく、この場にいる全員が頷く。
「じゃぁ、まずは昇降機の確保っスね。昨日の小部屋から少し進んだところにあるっス。それで地下三層まで降りられるんスけど、四層に行くにはそこで別の昇降機に乗り換えが必要っス」
「一気に降りられないのか」
「地下三層でかなり硬い岩盤に当たったらしくてそこから場所を変えたらしいっスね。といっても部屋を二つ隔てた先にあるっスからそこまで不便ではないみたいっス。魔物が居なければっスけど」
そう言って三層の地図を指で示すクーガー。
昨日の小部屋並みに魔物が詰まっていたら移動はかなり面倒かも知れないが……文句を言っても仕方が無い。
俺達はそれから打ち合わせを少々続けた後、二度目の探索を開始した。
「昨日の小部屋程ではないが、やはり魔物が多いな」
「そうっスね」
一階に設置されていた昇降機を使って地下三層に降りた後、昇降機前にたむろしていた魔物をクーガー達が殲滅するのを見届けてから俺が呟くと、クーガーが普段通りの様子で相槌を打つ。
「でもこの辺はまだマシっス。坑道の奥の方は昨日の小部屋並みに魔物の気配がしてるっス」
「そうか……流石にそれを全部処理するのは面倒だから、魔力収集装置の稼働で消え去ってくれるとありがたいが、どう思う?」
クーガーがこの部屋の掃除を召喚兵に命じるのを横目に、俺はオトノハに尋ねる。
「その辺は普通に設置しただけじゃちょっと分が悪いかもしれない。魔力収集装置で集める魔力は余剰分というか、周囲の魔力が一定量以下にならない様な仕組みだからね。採掘場が外と同じ環境になるほど魔力を集められるかどうか……」
そう言って顎に手を当てながら考え込んだオトノハだったが、何かを思い出した様な表情を見せながら口を開く。
「そういえば、以前大将がヘパイに魔力収集装置の改造を命じた事があっただろ?」
魔力収集装置の改造を命じた……?
そんなことあったっけ……いや、オトノハが言うのだから間違いないだろう。
「あぁ、そんなこともあったな」
あったらしいから……とりあえず乗っておく。
「あの後魔力収集装置の設置が忙しくなって、ヘパイも中々研究が進まなくてイライラしてた時期があったんだけど、フェルズ様直々の命令だったからね。随分頑張ってたよ」
……すっかり忘れてましたなんて言えねぇ……いや、まだ思い出してないなんてもっと言えねぇ……えぇ?何の話だ……?
ヘパイヘパイヘパイ……あ!あれだ!
バンガゴンガが狂化しかけた時!たしか魔王の魔力の研究と魔力収集装置の吸収量を上げられないかってヘパイに言ったぞ!
そうそう、魔王の魔力を素早く抜く必要があるかも知れないと思ったから、魔力収集装置の効果範囲を絞ってピンポイントに使えないかって考えたんだったな。
「ヘパイの研究では効果範囲を絞る事はまだ出来ないんだけど、吸収量を上げることには成功したんだ。それも本当に最近の話でね……それをここで使えば、外と同じ環境に戻せるかもしれない。あくまで可能性だけどね」
「そうか……この忙しい中ヘパイは成果を出してくれていたのだな」
自分で指示を出しておいて忘れてたなんて、本当に酷い事をしたと思うが……今度ちゃんと労っておこう。
「まだ本人としては、大将に要求されたレベルに達することが出来ていないって悔しがっているから、もう少し待ってやってくれるかい?今回はヘパイの研究成果が使えそうだから言っちまったけど……開発部の者として、ヘパイは大将の要求に全て応えてから報告したがる筈だからね」
「分かった。今回の成果がヘパイの物だと言う事は覚えておくが、ヘパイから切り出さない限り俺から労うようなことはすまい」
秒で意思を覆す我覇王。
いや、そうした方が良いってヘパイの直上が言っているのだから、それに従うべきだろう。別に俺の意志が薄弱という訳ではない。
「ありがとう、大将。それでまぁ、吸収量を上げた魔力収集装置なら、普通の物よりもこの状況の改善には向いていると思う。ただ、この方法を使った場合、昔ダンジョンに魔力収集装置を設置していた時みたいに、毎月の魔石収入には出来ない可能性がある」
「構わない。今回は採掘場の正常化が優先だ。ドワーフ達……ギギル・ポーからの収入は確定しているし、ダンジョンからの収入は必須という程ではない」
それにドワーフ達が魔力収集装置の設置を覚えてくれれば、国内の設置状況も一気に良くなるはず。そうすれば毎月七千万強の収入が得られるわけで……ゲーム時代に比べたら相当な収入だよね。
まぁ、消費量も半端ないけど……召喚兵の召喚コストがゲーム時代と同じで本当に助かったな。
微妙に安堵しつつ、俺は明るさの十分な坑道の先に視線を向ける。
それにしても、坑道って言うからもう少し薄暗いのかと思っていたけど……ドワーフ達が設置しているランプの光量は十分だな。影となっている場所を探す方が難しそうだが……まぁ、今照らされているのは魔物の姿ばかり……しかもちょっと気持ち悪い系の奴……暗闇にあいつらが蠢いているのもぞっとしないが……はっきり見えていればそれはそれで気色悪い。
最終的にはあれを全滅させないといけない訳だけど……是非ともヘパイの研究成果によって魔物の数を一気に減らしてもらいたい。
それでほとんどの魔物が消滅してくれれば……残った魔物を処理するのはそこまで大変じゃない……といいなぁ。
かなりのノープランで突っ込んで来ちゃったけど……これが原因!って分かりやすい物を発見したいものだ。
「さて、そろそろ地下四層に向かうとするか。クーガー先導を頼む」
「了解っス。道中の魔物は……昨日程じゃないっスけど、そこそこいるっスね」
「フェルズ様、先行して潰す?」
「いや、俺も少し戦っておこう。地下四層に着いたら俺も戦うことになるだろうしな。この辺りで体を温めておくとしよう」
道中はレンゲとクーガーが敵を殲滅していたので俺の出番は全く無かった。
虫系の魔物と戦うのは初めてだし……いい感じに手加減をしないと、俺の剣で斬ったら最初の熊の時みたいに斬られたことに気付かずに動き続けることがあるからな。
俺の獲物、覇王剣は片手剣と言ったサイズなので、レンゲみたいに叩き潰すのはちょっと難しい。剣の腹で殴る事は出来るだろうけど、そんな使い方をするくらいだったら普通に斬った方が良い。
そんなことを考えつつクーガーについて行くと、昇降機の置いてあった部屋を出てから僅か十数秒で大きな蟻の魔物が三匹、俺達の前に姿を現す。
なんか、地〇防衛軍を思い出す……いや、あれ程デカくはないが、それでも一メートル以上のサイズの蟻は非常にでかい。だけど、二足歩行と違って体は大きいけど高さは俺の胸よりも低く……少し戦いにくい相手だな。
俺は剣を抜いて先頭にいるクーガーの前に出ると、肩の力を抜きつつ首を回し、次の瞬間一気に距離を詰め唐竹割に蟻の頭部を斬りつける!
相変わらず手ごたえは一切感じない……覇王剣は豆腐でも切ったかのように魔物の頭部を通り過ぎ、次の瞬間俺の接近に気付いたように頭を上げようとした蟻が、斬られた頭だけではなく体ごと縦に真っ二つになり倒れる。
一瞬何で……?とは思ったが、魔物はまだ二匹存在している。今は余計な事に気を取られている場合ではない。
相変わらず仲間を倒されたこと等気にも留めていない様子の魔物が、ギチギチと顎を鳴らしながら俺に迫って来る。
やはり相手の体勢が低いと戦いにくい……狼の魔物の時は蹴りを多用したが、今の俺はあの頃と違いジョウセン達相手に戦闘の訓練を積んでいる。
スマートな戦い方で魔物を制圧してみせよう!
右から迫って来る一匹の顎を蹴り上げてのけ反らせ、続けざまに横薙ぎの一撃で敵を真っ二つ、更に左から俺に伸し掛かろうとしてくる蟻に前蹴りを放ち坑道の壁に叩きつけ、頭部と胸部と腹部を横薙ぎからの逆薙ぎでそれぞれ泣き別れに。
最後に時代劇の様に血振るいの動作をしてから鞘に剣を収める。
うむ……完璧だな。
危なげなく魔物の処理が出来た……反射的と言った感じに体が動いたが、中々スマートだったんじゃないかな?
思いのほか蹴りを多用した気もするけど……勝てば良かろうなのだよ。あの頃の蹴りとはちょっと違う……ジョウセンがここに居たら、また殿は足ばかり使ってと言われそうだが……。
っていうかほら、レンゲよりも敵の死骸が綺麗だしね……?片付けをする召喚兵達も楽なもんでしょう。
それはさて置き、この程度の魔物相手だと体を温めるって程の運動にすらならなかったな……まぁ、俺は別に戦闘狂って訳でもないし、安全に楽が出来るのであればそれに越した事は無いんだけど……この先は楽とは程遠そうだな。
俺は視線の先にある十数匹の魔物がたむろしている小部屋を見ながら、小さくため息をつきつつ心の中でぼやいた。




