依頼NO.001 死に関する全ての事象を受け付けない王様
煙草の煙を空にくぐらせ、白いため息を吐く。パブの女給はラム酒一杯で4時間も粘る私を煙たがる。依頼主はまだ来ない。2時間も来ない。セイコー製の時計を幾度も見ても秒針は忙しそうに同じ場所に佇まない。薄暗い夜の安パブだと言うのに喧嘩の一つも賭け事の一つさえ起らない。清廉潔白すぎる。ここは異世界、君たち読者の世界の文化に例えると中世ヨーロッパクラスの文化である。
挙動不審の黒いローブの男が私の隣に座る。
「お前か?」とその男は言う。目は死んだ魚の様に濁り、目の隈に頬のこけようが不摂生さを表していた。私は頷きラムを流し込む。
「頼みたいのはこの男だ」肖像画を見せてきたので、横目で見る。白髪交じりの金色の髪の上に多くの宝石に飾られた金の王冠が載り、彫は深く。エメラルド色の雄々しい目はなにか悪を睨むかの様に吊り上がり。口元は神経質そうにきつく締められていた。金色の口髭は白髪もない。この男を一言で表わすとすれば”王”典型的で威厳のある王様であった。
「こいつは来年で450歳。そして来年建国400年をこの国は迎える。初代国王にして永世国王、そして建国以来の友の子孫は全て反逆の疑いありと殺し、最初の子と最後の子を自らの手で縊り殺した狂王だ」とつらつらと男は語る。周りを見渡し、客の顔を見るとなにかに怯えているかの様な表情が張り付いていた。こういった顔は君たちの住む現代でもよくみる。王は生きながらにして法となったのだ。
「時系列は大丈夫ですよ。蟻を駆除するのに蟻の人生を調べる必要はありません。必要なのは弱点です」ローブの男は狂気の笑顔を向けた。
「ありません。彼は死神に嫌われている。これまでに5000回以上の暗殺計画がありましたがすべての結末は同じ、”無傷でした”。不死身とは訳が違う、死がないのですあの王には。」
「凍結とか生き埋めは?」
「効果なし、これまた不可思議な能力で脱出しています。死の因果律が元より存在しないのです」
「なるほど」
「できるんですか?殺せるんですか?」
「もちろんです。難しいですか...解決可能だと思います」
「暗殺者はみなそう言って失敗しました。報酬は仕事の後で払います。それじゃあ」と云うと男はなにやら呪文を唱え消えた。
「確かに拝受いたしました。」
私はオフィスに戻り、仕事に必要な物資を通販で頼んだ。ここで神殺しの槍やらを頼めれば仕事は簡単だが、そんなものは現実世界には存在しない。私は読者の諸君と同じ現代人なのだ。現代にあるものしか使うことができない。金はほぼ無尽蔵にあるので神の炎(核兵器)を使うのもありだが、王には効かないだろう。先に言う、王を殺すことはできない。が王をほぼ殺すことはできる。その方法は...名探偵ポワロは最初に犯人の名前を言っただろうか?否。最後まで諸君らには待って貰おう。
王暗殺計画2日目。頼んだ品が届いた。と言うよりこちらに運んだ。先進国の一年間の防衛費予算ぎりぎりぐらい使っただろう。実を言うとエクセルを私は使えないのだ、のでいくら使ったかも曖昧。もしやすると桁を間違えているかも。買ったものは小綺麗なこの時代にあった服に、4~5トンの薬物。すぐさま服を着て、薬物の袋をポケットの詰めて街に出た。
この街には喧嘩も起こらない。王と云う絶対的な者によって抑圧されているのだ。だが時には抗おうとする者が出てくる。それが彼らだ、夜の路地裏で王の悪口を言いながら仲間内で酒を飲むしかできない青年達。今はまだ泳がされているが、彼らが本格的に王に楯突けば、伸びた草木の如く刈られる者たち。彼らは何かに酔いたいのだ。そう、抑圧されたものは快楽を求める。案の定彼らは、薬物を投与した。この時代に合わぬ静脈注射。その薬液が血液に混ざり、ピンク色の脳漿に届いた時彼らは爆発する。それは快楽にして、倫理の情動。口から涎を垂らした、彼らの中のインテリに薬液の袋を渡す。彼は知性を感じられる瞳にある感情を添えて袋の中を見た。それは金欲。彼は笑った。
この様なこと毎日王国の至る所で繰り返した。そしてインテリに様々な薬物の説明をして、箱を安価で売りさばいた。雨が降る、シャンパンをひっくり返す様な、品位を捨て去る快楽の雨が(詩的だが読者の皆様には誤解しないで欲しい。私ナラシンハは売りはしたが自分に使ってはいない。ので、これは私のいつも通りなのだ。キザやらクサいやらのご意見は必要ないです。ロマンチックな殺しがモットーですので)
3ヶ月ほど経っただろうか、この国は夏の到来だというのに素足を出す者はいない。いなくなったが正しいだろうか。何故か?そこを歩いている痩せこけた少女の長いスカートを脱がせばわかる(再度言いますが、私は使っていません)彼女の足には太ももからくるぶしにかけて、針で開けたであろう数センチの傷跡があるだろう。それは自傷のためではない。その傷口は快楽と接触口、云わば給油口、ヴァギナのようなもの。その穴に薬液の口を這わせ、液が一滴でも零れないように、とくとくと注ぐのだ、神殿に祭る葡萄酒でさえこれほど注意はしない。そのための傷口。注射器を買う金もないジャンキーのライフハックだ。少し街道を歩けば、何かに追われる者が目立ち。路地裏ではジャンキー達の乱交、その隣で骸骨のような女が醜く太った売人に子供を売っている。そして得た金で売人から青い結晶体を買いトリップする。子供の名など覚えていないだろう。ママとその少年は甘い匂いの上等なベットの上で呟き、その上には売人が覆いかぶさり腰を振っている。少年は寝室の窓の細く白い手を伸ばす、その腕には注射痕が痛々しく輝くだろう。それが現状の王国だ。
計画が始動して5カ月。役人や官僚、教師達さえ売人、ジャンキーと化した。今日の新聞には第三王妃ご乱心と書かれていた。王は国を縦横無尽に駆け回り腐敗を止めようとしている。しかしそれ不可能だ。人が快楽を拒否できるなら、アダムは脇腹の骨で兄弟を作ったであろう。読者の諸君はどうしてこうもいとも簡単に国が崩壊したと思うだろう。それは3つの要因のおかげである。1つ目は厳戒で清廉潔白に”されて”いたと云うこと。禁酒法を守ることはできないのだ。清き川は汚れやすい(白い服でカレーうどんは食べてはならないのだ)2つ目は薬物の恐怖をしらなかったことだ。無痛症の赤子は骨が折れる音を楽しむと聞く、それが体に及ぼすダメージがわからないからだ。3つ目は薬物販売のノウハウがなかったことだ。薬物には本来自浄作用がある。ホットショットと云う言葉がある、行き過ぎたジャンキーに薬物と騙して売る毒物のことを指す言葉だ。次にジャンキー同士でも、警察に疑われない様に幻覚やうわ言ばかり云う仲間をコミュから追放したりする。彼らも快楽と長く付き合いたいのだ。ここまで来れば仕事も終わりである。今からの王はただの不死人である。誰も彼の話を聞かなくなるだろう、皆自分の世界のご執心であります故。もしやすると王自体が薬物中毒者になるかもしれない。どちらにしろ、厳格なる王はいなくなった、幻覚だけがこの国を支配する(ダジャレです。申し訳ありません。)。報酬を受け取り帰った。この国の未来?こうしてしまった責任?それは私の仕事ではありません。では次のご依頼お待ちしております。
正直言って因果律操作より排中律操作の方が強い