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麻雀ラブコメの短編

麻雀ラブコメ【平和(ピンフ)主義者】

作者: ナヤカ

 平和(ピンフ)で最も重要なことは最後必ず"両面(リャンメン)待ち"というところにある。


 人間関係でたとえるのなら、教室の席替えで隣に誰が座っても仲良くなれるというもの。「人当たりが良い」とも云うが、好きな女子あるいは仲の良い友達を隣に待つよりもずっと現実的で柔軟性の高い役であることには変わりない。


 席替え程度で青春を一喜一憂している者たちを蔑むわけじゃないが、何かを願い、期待してガッカリしてしまうよりずっと平和的な生き方だと思う。


 まぁ、元々は「平らな和了(アガリ)」から平和と呼ばれるようになったらしいが、俺はそれを平和(へいわ)と呼んで差し支えはないように思う。


 麻雀役内での出現率は20%ほど。これはかなりの高確率であり、揃えやすい役の代表格でもあった。


 そして、次に大事なことは、鳴くことなく自力でメンツを集めなければならないという点。


 平和は誰の手にもあるわけじゃない。


 一人で悩み、一人で解決し、一人で何かを成し得てきた者にだけ与えられる。

 

 それは確かに揃えやすい役ではあった。

 だからこそ、点数も低い。


 だが、その過程にあるのは確かな力であり、信念であり、結果なのだ。


 だからこそ、俺は平和が好きだ。


 それは、運や偶然や奇跡といった不確定要素なんかよりもずっと、現実的で堅実的な青春だからである。







「――蓮川(はすかわ)小夜乃(さよの)です」


 四月の放課後。勉強研究会(実質麻雀部)の扉が開けられたとき、俺は確かに春の暖かで涼しい風が部室内に吹いたのを感じた。


 扉の前にいたのは黒髪の美少女。長い髪をリングで止めており、それでも流れる髪はシャンプーの香りを風に乗せた。


 凛とした端整な顔立ちに幼さを少し残す双眸(そうぼう)。何故そんなものを持ち歩いているのか、閉じた扇子は桜色の唇を奥ゆかしく隠している。和という文字が似合うと思ったが、スカートから伸びる華奢な足は、確実に外国産を彷彿させた。


「まぁ、なんだ。……新しい部員だ」


 ようやく気づいたが、顧問の一ノ宮(いちのみや)先生がその後ろに立っており、歯切れ悪く彼女を紹介した。


「へぇ、こんな可愛いこがうちの学校にいたんだ」


 部員である萬代(まんだい)が口笛を鳴らしてストレートな感想。


「うむ。実は……明日から転校してくるんだが、先に部活に入りたいと言われてな」


 転校生……だと?


「じゃあ、学年は……」

「君たちと同じだ」

「えっ! やった! 同い年の女の子だ!」


 部内で唯一の女子だった天輪(てんりん)うるはが声を弾ませた。


「というか先生……転校前に部活に入れるって、さすがに手が早すぎませんか?」


「違う。彼女の方からやってきたんだ」


 一ノ宮先生はため息混じりに答えた。

 その様子に俺たちは違和感を覚えてしまう。


 一ノ宮先生は気に入らない生徒を部活には入れない。

 自分が入れたい者だけを入部させる超絶独裁者だ。


 そんな彼女が少し嫌そうにしていたことを不審に思い、顔を見合わせた萬代もまた、同じ表情をしていた。


「よろしくお願いします」


 だが、蓮川は(うやうや)しく頭を下げ、思わずそれに俺もひょこっと頭を下げてしまう。


 なんだ、普通に良い子じゃないか。


 そう思っていたのは、一ノ宮先生が去っていくまでだった。


「それじゃあ、一局お願いできますか?」


 先生が去ると、笑顔のまま早速対戦を申し込んでくる蓮川。

 どうやら初心者ではないらしい。


 三年生がいなくなり、一年生が入部をしてこないため……というより、一ノ宮先生の生徒厳選がまだ終わっていないため現在の部員は今ここにいる三人だけ。


 たった今も、三人で三麻(サンマ)をしていただけだったので断る理由もない。


「いいよ。そこに座って?」


 萬代が爽やかに答えて席を誘導する。

 その時、彼は俺の方を見てニヤリと笑った。


 萬代のやつ、やるつもりだな……。


 彼は、部員だったとある三年生からイカサマ麻雀を教え込まれていた。


 イカサマ……といってもそれには卓越した技術が必要であり、彼らの言い分は「バレなきゃ正攻法」。雀士の風上にも置けぬ考えだが、今やこうしてリアル麻雀を打つことが少なくなった現代では、希少な存在なのかもしれない。


 無論、同じ部員である俺や天輪は、彼が行うイカサマについて認知していたが指摘したりはしなかった。


 彼にイカサマ麻雀を教えた先輩も同じ扱いを部内でされており、もしもイカサマを確認したら「こちらもイカサマをして良い」という対論で収束していたからである。


 卓上の上でジャラジャラと牌を混ぜる。


 それから山と呼ばれる伏せ牌の積みを四人それぞれがつくり、現在親である天輪がサイコロを振る。そして、その出目で決められた場所から順番に牌を取って手牌とする。


 この部に入るまでネットでしか麻雀をしてこなかった俺にとって、この作業はとても大変だった。それは同時期に入部した天輪も同じ。

 それでも慣れとは怖いもので、サクサクと作業は進んでいく。


 蓮川はそんな速度になんなくついてくる。いや、むしろ隣の天輪を待つほどに手牌を整理するのも早い。


 そしてそんな中……萬代は利き手だけで、自分の前にある山の牌と手牌とをさりげなく入れ換えていた。


「待ちなさい」


 その瞬間、蓮川が張りつめた声をあげた。

 隣で手牌の整理をしていた天輪がビクリと震える。


 それから扇子の先で萬代の手を差し。


「なんでもないわ」


 サッと引いて笑顔で言ったのだ。


 ……まじか。


 戦慄したのは、彼女がイカサマを一発で見破ったからではない。

 それを敢えて(・・・)指摘しなかったことにある。


 麻雀でのイカサマは決定的証拠を握らなければ言い逃れできてしまえた。


 たとえば、あるはずのない牌が手の中にあったり、余分な牌が手牌にあったりしたならば指摘は通るが、さきほど萬代が行ったすり替えは指摘がどうしても弱くなってしまう。


 だからこそ、蓮川は「気づいている」と彼に気づかせたうえで……指摘をしなかったのだろう。


 それは、ネットだけで麻雀をしてきた者には到底できない。

 無論、初心者ができるような芸当でもない。


 その瞬間、俺はもちろん萬代も気づいたはずだ。



 この女、ただ者じゃない……と。


 それからの萬代は何もしない。当たり前だ。次の指摘はおそらく確実に証拠を握られてしまうから。


 そして、ようやく天輪が手牌の整理を終え。


「やった! 天和(テンホー)!」


 いきなり、三十三万分の一という最上難易度の役でアガったのだ。



「最低ね」



 その瞬間、再び蓮川が声をあげる。

 その声音はひどく冷めており、鋭利なものが混じっていた。


「さっきので何となく察していたけれど……あなたたちには麻雀をする資格なんてないわ」


 そう言い放った。


 やっぱりバレてたのか。


 俺は、思わず顔を覆ってしまう。


「えっ、なになに……?」


 喜んでいた天輪は一変し、威圧的な空気をだしている蓮川に怯えている。


 これはまずいな……。


「蓮川、彼女の天和はイカサマじゃない」


 俺は、なるべく落ち着いた声で言ったが彼女にキッと睨まれてしまう。


 こっわ……。


「私は麻雀歴十年にもなるけれど、天和なんて今まで一度しか見たことがないわ」


「十年……」


 その歴に俺だけじゃなく萬代と天輪も驚く。


「あなたは気づいていたか分からないけれど、そこの男はさっき山牌と手牌をすり替えたわね」


「……萬代くん、また(・・)やったの?」


 天輪が半ば呆れた声をだす。


「……また?」


 その言葉が、再び蓮川に火をつけてしまった。


「またって何? この部は、そういう事を見過ごしているの?」


 声の怒気が増す。

 萬代は、苦笑いをしたがそれすらも彼女の堪に障った。


「信じられない……。私はプロ雀士だった一ノ宮(いちのみや)翔子(しょうこ)に憧れてこの学校にきたのに……彼女がイカサマを教えているだなんて!」


 蓮川はそう言ってスッと立ち上がった。

 一ノ宮翔子……それは一ノ宮先生の名前であり、彼女が元プロ女流雀士だったことは殆どの生徒が知らない。


 そうか。彼女は……。


 ようやく先生が少し嫌そうにしていた理由を理解した。


「先生がイカサマを教えたわけじゃない」


 俺は、立ち上がって蓮川に言う。


「だとしても……この現状を放置している事自体に罪があるわ」


 それから蓮川は卓を離れ、つかつかと出口向かって歩く。


「どこに、行くんだ」


「決まってるじゃない。彼女のところよ」


「行ってどうする?」


「思い出させるのよ。まだ麻雀に対して熱心だった頃を」


「……いや、今も熱心だと思うが」


 まぁ、熱心というよりは廃人? 生徒を手牌にしか視てないし、麻雀知らないと分からないことばかり言ってくるし……なにより、一ノ宮先生はよく仕事をサボってここに打ちにくる。


 彼女は、明らかに教師の仕事なんかよりも麻雀を好んでいた。


「信用できないわ。ここで糞みたいな麻雀をしている人の言葉なんて」


 糞なんて初めて言われた……。


 あまりの口の悪さにドン引きしてしまった。

 他の二人も唖然としている。


「私は一ノ宮翔子がプロだった頃を知っている。そんな彼女に私は憧れたの。そして、今は彼女と同じ……いえ、彼女よりも偉い立場にいる」


 そして、蓮川は言った。


「私は今、麻雀のプロ団体に所属しているわ。彼女……一ノ宮翔子がかつて所属していた団体にね? だから、その立場としてもこんなことは見逃せないの」


「……プロ」


 萬代がポツリと反復した。


「それじゃ」


 そして、部室を出ていこうとした蓮川。


「待て」


 それを俺は、手を掴んで止める。


「放しなさい」


 放すかよ。


 俺は心の中で呟く。


「まずは……萬代、イカサマを認めて謝れ」


「えっ」


「はやく」


「お、おぉ。蓮川さん、その……すいませんでした!」


 俺が促すと、萬代はいそいそと立ち上がって頭を深くさげた。


「蓮川、もう一度座ってくれ」


「なに? またイカサマ麻雀?」


「今度は誰もイカサマをしない。したとしてもその場で指摘ありだ」


「……ってことはさっきのイカサマ、あなたも気づいてたのね」


「まぁ、その話はおいおいする。これから本気で麻雀するから座ってくれ」


「本気って勝つつもりなの? 私はプロだって今言ったばかりだけれど?」


「負けるから麻雀やらないのか? 違うだろ。楽しいから俺たちは麻雀をやってるんだ」


 俺は、そう言い半ば強引に蓮川を椅子に座らせた。


 そうして、俺も座り直すと牌をジャラジャラと混ぜる。

 萬代と天輪は呆然としていたが、ハッと我にかえって加わった。


 蓮川はわざとらしくため息を吐き出して、それに加わってくれる。



 俺は平和主義者だ。平和をこよなく愛している。



 たとえ隣がイカサマ野郎だったとしても、隣がプロの雀士だったとしても、平和を唱える限り両面待ちして勝つのが俺のやり方だ。


 だが、それもこれも山から牌を取らなければ何も始まらない。


 だから、そのためにゲームを始める。


 黙々と麻雀をする四人。幸いにも天輪が天和を起こすことはなかった。


 そんな奇跡、そう何度も起こされてたまるか。


 俺たちは真剣に麻雀を打ちはじめた。


 天輪はまだ初心者だが、引きはあまりに強い。

 萬代はイカサマなんてやりがちだが、真面目に打てばいやらしく攻撃的な打ち方をする。

 そして俺は圧倒的平和を目刺し、誰かがアガリそうなら即座に完全防御に徹する。


 無論、個人的な意見に過ぎないが、ハッキリ言ってこのメンツは強い。


 それはきっと、仕事をサボって麻雀を打ちにくる元プロと何度も戦っているからだろう。


 だから、現プロといえど俺たちを負かすことは難しい。


 蓮川の打ち方はとても綺麗だった。

 迷いがなく、河には被りも殆どない。


 だが、俺には綺麗過ぎるようにも見える。


 何を狙っているのか、それが何となく分かってしまう。



「……うそ」



 一局を終え、点数は萬代がトップ。続いて天輪。三位が蓮川でそのすぐ下に俺。


「……もう一度お願いしても?」


「あぁ」


 顔を見ずに答える。

 というより、彼女が聞いてきた時にはすでに牌を混ぜ始めていた。


 俺たちはやがて、時間も忘れて夢中で麻雀を打っていた。


 言葉なんていらないのだ。

 発する言葉は鳴きかリーチ、そしてアガった時だけでいい。


 何故なら、一ノ宮先生は……こうして麻雀にのめり込むことができる人間しか手牌に加えないから。


 だから、たとえ嫌そうにしていたとしても、入部させる以上蓮川がそういう部類の雀士であることは想像に難くない。


「もう一局!」


 蓮川が、もう何度目か分からないお願いをしたときだった。


 不意に部室の壁がノックされた。

 見れば、いつ入ってきたのか一ノ宮先生がそこにいる。


「……君たち、まだ居たのか。他の部活動生はとっくの昔に帰っているぞ?」


 窓の外を見れば真っ暗。時計は七時を越えていた。


「まったく……とんだ(じゃん)カスしかいないな?」


 一ノ宮先生はそう言い、腕時計をチラリと見たあと、蓮川に言った。


「蓮川、変わってくれ」


「打つんですか?」


 それに先生はニッと笑うのだ。


「一局だけな?」


 唖然とした蓮川。そして俺たち三人は、顔を見合わせてやれやれと肩をすくませるのだ。


 雀カスはどっちだよ。

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