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魔女集会で会いましょう 〜怖ぁい魔女とオッドアイの孤児〜

作者:


数年前に流行った『魔女集会で会いましょう』熱が再発して書きました。


作者は『魔女集会で会いましょう』を応援してます。

もう1度流行って(願望)



昔々ある森の中に、漆黒の衣服を見に纏い、白く長い髪を靡かせるそれはそれは綺麗で妖艶な深紅の瞳を持つ魔女が居りました。魔女は随分と昔に人間や俗世と関わりを断ち、死ぬ事もなく老いる事もない、永遠に止まった時の中を生きておりました。


魔女は日がな一日花を()で、森の友人達と語らい、移ろいゆく風景に小さな喜びを見出し、それ等を糧として終わりの訪れない日々を過ごします。


そんなある日、魔女の友人である1翼の小鳥が魔女の住む家の中庭へとやって来ました。


「あ、そういえば魔女様。今日近くの人間達の村に遊びに行ったら、村人達が魔女様の事を話してたよ」


森から出ない魔女へ森の外の世界の出来事や風景を話す小鳥は、魔女が栽培している甘い木の実を啄みながら思い出したかの様に呟きます。


「何?妾が俗世と関わりを絶って優に200年は過ぎておる。今更妾の事を話す様な奴が生きておる筈なかろう。聞き間違いではないのかえ?」

「それがね、魔女様と会った事がある人が自分の子供に魔女様の事を話して、その子供が自分の子供に話して……って具合に広まって、今じゃこの近くに住む人達は皆魔女様がこの森に住んでる事を知ってるみたいだよ?」

「ふっ……妾の事なぞ既に忘れ去られていると思うておったが、未だに妾の事を覚えている者が居ると言うのは悪い気はせぬな」

「あ〜、でも魔女様。村人達の話じゃ、魔女様は親の言う事を聞かない悪い子供を拐って薬の材料にする怖ぁい魔女って事になってるよ」


白い髪を手櫛で梳き口元に笑みを浮かべる魔女の脇で、赤い小さな木の実を啄む小鳥は気の毒そうな声で呟きました。


「何!?妾そんな事1回たりとてした事は無いぞ!?」

「あはは……魔女様や長寿の僕達からしたら200年は短いかも知れないけど、人間から見た200年って長いからね〜。200年も有れば、人間の子供は親になって子供を産んで、その子供が子供を産んでそのまた子供が子供を産んでるよ。その間魔女様はずぅぅぅうっとこの森から出なかったんでしょ?それじゃ人間の都合のいい様に語られても仕方ないよ」

「むむ……そうじゃの、致し方ないか」

「ねぇ魔女様。魔女様は何でこの森から出ないの?」


赤い木の実をあら方食べ尽くした小鳥は魔女に向き直ります。小鳥の無邪気な問に、魔女はとても、とても悲しそうな顔をしながら呟きました。


「……妾は人間ではないからの」

「そっか……変な事聞いてごめんね魔女様」

「何、気にするでない。さ、もうすぐ夜じゃ。お主も親の元に帰る時間じゃろ」

「あ、もうそんな時間なんだ。魔女様とのお話は楽しいから時間がすぐ過ぎちゃうな」

「そう言うてくれるのは嬉しいが、早よ帰らぬと怖ぁい魔女に拐われてしまうやも知れぬぞ?」

「あはは、魔女様は全然怖くないよ!それじゃまたね魔女様。明日も森の外の話を聞かせてあげる!」

「ふふ、楽しみにしておるぞ。またな」


小鳥はワザとらしく明るく振る舞いながら綺麗な翼を羽ばたかせ、朱色に染まる空に消えてゆきます。


魔女は小鳥が見えなくなっても、暫く暗く染まりゆく森の景色を眺め続けます。

すると、遠くからワォォオオン!と狼の遠吠えが聞こえてきました。


「む……狼達の声か。何やら騒がしいの」


この森に住む草花や動物達は皆魔女の友人で、彼等は困った事や喧嘩が有れば魔女に相談をしに来ます。そのおかげで、この森に住む動植物達はお互いを尊重し合い、数百年間大きな問題もなく共存する事が出来ていました。


狼の遠吠えが森全体に響く異様な事態は、魔女がこの森で暮らす様になってから初めての事でした。


「面倒じゃが様子を見にゆかねばな」


魔女は黒いローブを羽織って家を出ます。それが『怖ぁい魔女』と噂される魔女の運命を大きく変える人間との馴れ初めでした。




▼▼▼▼▼▼▼▼



「「「グルルルル!」」」

「おいお主等。何かあったのかえ」

「お、魔女様じゃねぇか。いやなに、ちょいと俺達の縄張りを侵した奴が居たもんでな。少し追い回してた」

「成る程の。で、その間抜けは何処に居る?」


魔女が狼の遠吠えがした方向に歩くと、程なくして3匹の黒い狼を見つけました。彼等は大きな木の前に立ち、鋭い牙を覗かせながら低い唸り声を上げています。


魔女に声を掛けられた1匹が振り返ると、何があったのかを話してくれました。どうやら彼等は自分達が住み、守らねばならない縄張り(テリトリー)を何者かに侵された為、その仕返しをしていた様です。


「此処で丸まってるガキがそうだよ、魔女様」

「たぶん、この近くに住む人間だろうな」

「い、嫌だぁ……お願い殺さないで……食べないで……」

「ほう、人間の子供か……久しぶりに見たのう」


騒ぎの発端を知った魔女は、彼等の縄張りに足を踏み入れた愚か者の居場所を聞くと、その場に居た他の2匹の狼が木の根に立ち、魔女へと顔を向けます。彼等の足元には、物心が付いた位の人間の子供が、身を震わせながら頭を腕で守る様な姿勢で丸まっていました。余りの恐怖からか、子供は風の音で掻き消えそうな小さな声で、譫言の様に殺さないで、食べないでと呟きながら涙を流し震えています。子供は魔女の存在に気が付いていない様子でした。


「お主等、噛み付いたりはしておらぬよな」

「あぁ、魔女様との約束だ。この森で騒ぎを起こした人間に危害は加えない。対処は魔女様に任せる」

「それを聞いて安心した。……童よ」

「ひっ!?だ、誰!?お姉さん誰!?」


狼に追われていた子供は靴すら履いておらず腕も足も傷だらけ。黒い髪の毛は薄汚れて無造作に伸び、目元が完全に隠れてしまっています。着ている服もボロ切れ一歩手前という有様でした。


魔女は怯える子供に優しく声を掛けます。すると、子供は勢い良く振り返りました。子供は不気味な夜の森の中で声を掛けられた事で、より怯えてしまいました。ガチガチと歯が鳴り、恐怖に引き攣る顔は土気色に見える程でした。

その時、魔女は長い髪に隠された子供の瞳と目が合います。


「む、童……その瞳……」

「あ!み、見ないで!お願い……お願いします!内緒に……してくださ……い」

「な、おい童!」


子供は両目の色が違いました。左目は闇夜に輝く月の様な金色の瞳。対して右目は燃える様な、もしくは深紅の血で染まった様な紅色の瞳をしていました。


深紅の瞳と深紅の瞳が交差し、互いの瞳に互いの顔が写ります。魔女の瞳に映った自身の顔を見て、子供は右目を手で隠しながら声を張り上げます。しかし直後、僅かに残った体力が底を尽きたのか、子供はその場に倒れ込んでしまいました。


「おい魔女様。ガキは大丈夫なのか?」

「大丈夫な様に見えるならお主の目は病気じゃ!力を貸せ!」

「お、おい魔女様!?ったく仕方ねぇ魔女様だ!」


魔女は倒れた子供を狼の背に乗せると家へと急ぎます。凡そ200年ぶりに魔女が出会った人間は、今にも死んでしまいそうな程に衰弱し切った 虹彩異色症(オッドアイ)の子供でした。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「お待たせ魔女様。皆で近くの村や森を回って来たよ」

「苦労をかけたな。コレは礼じゃ」

「やった!」


虹彩異色症(オッドアイ)の子供を拾った魔女は明くる日、友人である小鳥達に事情を説明して、ベッドで安らかな寝息を立てる子供の情報収集をお願いしました。

小鳥達は快く魔女望まれお願いを引き受け、太陽が森の天辺に差し掛かる頃、魔女の家に戻ってきました。


「で、何か分かったかの?」

「あ、うん!その子、森の南にある村に住んでた子だね。ただ、禍を呼ぶからって村から追い出されちゃったらしいよ」

「どういう事じゃ」

「その子、両目の色が違うでしょ?それが原因なんだって。村人達の話を聞く限り色々と酷い事を言われてたみたい」

「目の色が違う程度で禍を呼ぶ訳無かろうが……で、子が村から追い出されるのに両親は何も言わなんだか?」

「いや、その子の事を内緒で育ててた両親も一緒に村から追い出されたって聞いたよ。でも、村から追い出されて直ぐ盗賊に襲われちゃったんだ。南の森のリスが見てたから間違い無いよ」

「……左様か」

「うん……盗賊達は金目の物を全部取って、その子の両親は抵抗したから殺されちゃった……残ったその子を見た盗賊は、両目の色が違うから不気味がって自分で手を降さずに、この森に、『怖ぁい魔女』が住む森にその子を捨てたんだ」

「そして捨てられた場所が狼達の縄張りで、縄張りに入り込んできた童を狼達は追いかけたと……」


小鳥達は赤い木の実を啄みながら、調べた事を次々に魔女へ報告します。


小鳥達の調べでは、子供は魔女が住む森の南にある村に住んでいたらしいのですが、両目の色が違うという理由だけで気味悪がられ、その事を隠して育てていた両親共々村を追われてしまったらしいのです。

不幸は続き、子供は金目当ての盗賊に両親を殺され、不気味な瞳の子供を自らの手で殺す事に躊躇いを覚えた盗賊は、年端もいかない子供を夜中の森に置き去りにしたと言うのです。


「不運な奴よの……」


魔女はそう言うと、スヤスヤ眠る子供の頭を優しく撫でました。櫛で梳き、粗方の汚れが落ちた黒い髪が魔女の白い指と指の間をサラサラと滑り落ちます。


「んんっ……」

「おや、起きたか。良く寝ておったな」

「ひっ!?ま、魔女!!」

「そう怯えるでない。酷い事はせぬよ」

「う、嘘だ!お父さんやお母さんが森に住む女は魔女で、子供を薬の材料にするって言ってたぞ!」


不意に、ベッドの上でモゾモゾと動いた子供が目を覚ましました。ゆっくりと見開かれる目蓋の下から現れた瞳が、キラキラと輝きを放っています。

その輝きが恐怖で歪みました。昨夜魔女が拾った子供はどうやら両親が伝えた根も歯もない噂を信じ切っている様で、怯えた瞳を魔女へと向けています。


「はぁぁ……妾がその様な事する訳なかろう。そもそも妾は薬なぞ作らぬし、作った事もないからの」

「え……?」

「そうそう、この魔女様は魔法の構成を変えたり、新しい魔法を作る魔女様だからね。君を薬の材料にするなんて酷い事はしないよ」

「そう言う訳じゃ。それよりも童、外傷は魔法で治してやった故、起きたなら早よ()ね。此処は汝が居て良い場所ではない」

「ちょ、ちょっと魔女様、そりゃこの子には酷だよ。確かにこの森で起こった人間との問題はお任せする事になってるけど……両親を殺されて村にも帰れないんじゃ」

「それは彼奴等の都合。妾には関係ないの」

「お、お父さんは?お母さんは?」

「……亡くなった。お主はその時の光景を見ておるのじゃろう?」


幼い子供には魔女の言う言葉の意味が半分程度しか分かりません。魔女の傍に居る小鳥も囀っている様にしか聞こえません。それでも、この魔女は父や母から聞かされた『怖ぁい魔女』ではないと言う事は分かりました。


この魔女は怖くない。その事が分かって安心したのか、子供は恐る恐る父と母の事を聞きます。


魔女は一瞬躊躇いましたが、子供にありのままの事実を教えました。


「うぅ、あぅ……うぁぁぁ……うわぁぁぁああん!!!おどぉざん!!おがぁざん!!」


幼いながらも父と母を亡くしたと理解した子供は、瞳から大粒の涙を流して叫びます。


小さな子供が泣きじゃくる姿を見て、魔女は悲しそうに顔を歪め、眉間にシワを寄せました。魔女は泣きじゃくる男の子に、かつての自分を重ねたからです。


皆自分を置き去りにして旅立ってしまう。例え自分より後に生まれたとしても、ほんの数十年で立つ事すらまま成らなくなり、皺くちゃな顔を優しく緩ませながら旅立ってしまう。

皺くちゃな顔になる前に旅立ってしまう人も沢山……本当に沢山居ました。ある人は事故で、ある人は流行り病で、ある人は争いで。



あの人もあの人もあの人も。皆旅立ってしまった。



その度に残された人達は声が枯れる程泣き叫びました。ベッドに横たわる者に寄り添い、あらん限りの声を張り上げて。


あるトラブルが原因で永遠の時を生きる事となった魔女は、その光景を見続けてきました。親しい人が亡くなる光景を。親しい人が涙を流す光景を。永遠の別れを。ずっと。永い、とても永い間ずっと。


老いる事も死ぬ事も出来ない魔女はその光景を見続けてきました。その度に魔女も涙を流しました。声を張り上げて今生の別れを嘆きました。


やがて、魔女は見続ける事を辞めました。


見続ける事を止めれば泣かずにすむからと。親しくならなければ悲しまないからと。そうして魔女は人との関わりを絶ち、森の中で暮らし始めます。


その森の中で見つけた子供に、魔女はかつての自分の姿を見ました。


「……童、いくら泣いても童の両親は帰って来ぬ。じゃからもう泣き止め。泣き止まぬなら此処から摘み出すぞ」

「魔女様!もう少しデリカシーってモノを……」

「黙っておれ」

「グズっ……う、うん……も、もう泣かない」

「よし、お主は強い男じゃな。さて……茶でも飲むかの。妾と同じ深紅の瞳を持つ童よ、お主も一緒にどうじゃ?」


両目から滝の様な涙を流す子供を見た魔女は、グイッと子供の顎を掴み上げると、涙と鼻水でグシャグシャな顔を覗き込みながら言いました。

小鳥は声を荒げますが、魔女は一喝し静かに子供の紅い瞳を見続けます。


やがて子供の瞳から溢れ出る涙は止まりました。零れ落ちそうになる涙を必死に堪える子供を見て、魔女は優しい声色で微笑みかけました。


「え?い、良いの?」

「良い。人間と話すのは200年ぶりじゃ。妾の話し相手になるなら……暫く家に置いてやる」

「魔女様……!あ、ありがとうございます……!僕、魔女様の話し相手になります!掃除も洗濯も料理も代わりにやります!だ、だから……よろしくお願いします!」

「良い心がけじゃ。では最初に美味い茶の淹れ方を教えてやる。その後は風呂に入れ。些か臭うでの」

「はい!」


魔女は両親を亡くした虹彩異色症(オッドアイ)の子供を家に置いてあげる事にしました。こうして人間との関わりを絶った魔女に、何の罪もないのに村から追い出され、両親を亡くした幼い人間の家族が出来たのです。



▼▼▼▼▼▼▼▼



時は移ろい、数年の月日が流れました。今日も魔女の家の中庭では、1翼の小鳥が羽を休めて森の外の世界で見聞きした事を魔女へ話しています。


「そうか、森の外の世界は混沌としておる様じゃの。お主も気を付けろよ。最近子供が生まれたのであろう?」

「うん、ありがとう。魔女様も気を付けてね。最近この近くでも戦争が起こったり、魔女狩りなんて物騒な事も流行ってるらしいから」


話の内容が少し物騒なモノが多くなってきた。と魔女は内心で感じました。とは言え、この光景は何年も前から変わりません。


1つ変わった所があるとすれば……


「もし魔女狩りなんて巫山戯た事をしてる輩がこの森に入ったら、俺が師匠の代わりに徹底的に痛め付けますね。あ、師匠、転移魔法の構成はこれで問題ないですか?」


魔女が森で拾った薄汚れた子供が眉目秀麗な好青年となり、今では魔女の弟子になっている事でしょう。


青年となった子供は、実は生まれながらにして非凡な魔法の才能があり、魔女の教育の甲斐もあって今では立派な魔法使いになっていたのです。


「どれ…… ふむふむ、よし問題なかろう。いやはや、まさかお主に魔法の才能があったとはのぉ。1番弟子の出来が良くて妾も鼻が高い。喜ばしい限りじゃ」

「師匠の愛と指導のお陰です。師匠には感謝してもし足りません」

「さり気無く愛と言うでない!小っ恥ずかしいの!」

「あはは。ちょっと前までは子供だったのに、随分頼もしくて礼儀正しい人間に育ったね。魔女様の教育が良かったのかな?」

「ん……ま、まぁ当然そうであろうな。此奴なら今後魔女集会に連れて行っても問題なかろう」


初めて出来た『弟子』を小鳥に褒められて、魔女は上機嫌に胸を張ります。弟子は上機嫌な師匠に金色の瞳と紅い瞳を向けると静かに笑みを浮かべ、魔女に拾われた時の事を思い出します。


魔女は子供だった弟子に住む場所を与え、食事を与え、衣服を与え、身なりを整え、常識を授け、魔法を教えてくれました。1人では何も出来なかった弟子はせめてもの恩返しに魔女をサポート出来る様にと魔法を真剣に学びました。


その甲斐あって、弟子は小鳥達の言葉も分かる様になっていました。


小鳥と話に花を咲かせる師匠の姿を見て弟子は思います。



あぁ、俺は何て幸せ者なんだ。願わくばこの幸せが永遠に続けばいいのに……



「ま、魔女様!大変!大変だ!」


弟子は師匠と共に過ごす日々を、小鳥達と語らうひと時を、狼達と森を駆ける瞬間を、草木が奏でる無限の音色を、優しい気持ちになれる花の甘い香りを、日常に見出すささやかな幸せを、心休まるこの優しい日常を心から愛していました。しかし弟子が願った平和は突如終わりを告げます。


「お主等か。そんなに慌ててどうしたのじゃ」

「人間の集団がこの森に入って来た!彼奴等、多分魔女狩りだ!真っ直ぐ此処に向かってるぞ!」

「しかも全員剣や弓で武装してやがったぜ!」

「此処に居たらマズい!2人とも早く逃げろ!」


突然中庭に駆け付けた狼達が口々に吠え、森に人間達が入り込んで来た事を伝えました。そして恐ろしい事に、なんと人間達は武器を手にし、真っ直ぐ此方に向かっていると言うではありませんか。


「っ!巫山戯やがって!!」

「ま、待て馬鹿弟子!」


噂の魔女狩りがやって来た。


狼達の報告を聞いた弟子は瞬時にそう判断して、魔女の制止を無視して家を飛び出してしまいます。


慣れ親しんだ森の中を駆ける弟子は暫くすると、武器を握り締める男達を見つけました。


「出てきやがれ魔女め!」

「焼き殺してやる!」

「隠れてないで姿を見せろ!」

「テメェ等……何者だ!何しに来やがった!」

「この森に住む悪い魔女をぶっ殺しに来たに決まってんだろ!テメェこそ何者だ!」

「お、おい!此奴両目の色が違うぞ!此奴も魔女の仲間だ!」

「本当だ!此奴も魔法で俺達を誑かす悪い魔法使いに違いねぇ!」

「魔法を使う奴は全員殺せ!」

「殺せ!」


武器を手にした人間達は口汚い言葉を発しながら魔女を探しています。弟子は堪らず人間達の前に飛び出て怒鳴りつけました。その中の1人が、弟子の両目の色が違う事に気が付きました。両目の色が違う不気味な弟子を見た男達は、次々に弓や剣を構えます。


長い月日を経て、魔法を使う存在は人々を誑かす気味の悪い悪しき存在として認識される様になっていたのです。


「巫山戯んな……師匠が悪い魔法使いだと?師匠の事を何も知らねぇ奴が……師匠がどんなに優しい人か知らねぇ奴が……勝手な事言ってんじゃねぇええ!」


かつて両目の色が違うというだけで村を追い出された弟子は、魔法が使えるというだけで師匠を殺そうとする男達に怒りを露わにします。


「ひっ!あっ……!」

「っ!」


弟子の余りの迫力に、弓を引く男の手が緩んでしまいました。制止する手が緩んだ事で矢は弦によって押し出され、勢いよく放たれた矢は真っ直ぐ弟子の胸元めがけ飛んでいきます。咄嗟の事で弟子は身動きが取れません。


避けられない。


弟子がそう感じたその時。


「危ない!」

「し、師匠!?」


弟子の前に人影が飛び出しました。弟子を矢から庇う様に手を大きく広げて立つその人影は、雪の様に真っ白な髪を靡かせ漆黒の衣服を纏う魔女でした。


ドス!


弟子が魔女の姿を認識した直後、鈍い音が弟子の耳に届きます。魔女の胸には、男が放った矢が深く突き刺さっていました。黒いローブが溢れ出る血で染まっていき、魔女は糸が切れた操り人形の様に地面に崩れ落ちますが、弟子は寸前の所で魔女の肩を抱き留め、顔を覗き込みました。


「っぅ……そう言えば、数百年も生きておるのに矢で射られたのは初めてよのぅ……中々に痛いではないか」

「な、何で……」

「馬鹿者。弟子を守るのも師匠の務めじゃ」

「っ!すみません師匠……俺勝手な事を……」

「過ぎた事はもう良い。それよりお主は逃げよ……妾は人を傷付ける為に魔法を教えた訳ではない……彼等にも帰りを待つ者が居る。その事を、忘れるでない。奴等の狙いは妾じゃ。今ならまだ、逃げ切れる……お主だけでも逃げるのじゃ……良いな?」

「師匠……分かりました。でも、少しワガママを言わせてください……」


弟子に抱かれた魔女は、痛みに目元を痙攣らせながらも我が弟子の身を、自らを捕らえに来た者達やその家族の事さえも案じます。


そして弟子に、お前だけでも逃げろと言いました。


捕われたら何をされるか分からないのに、死なないとはいえ痛みは感じているのに、死なない体を永遠に痛め付けられるかも知れないのに、魔女は弟子に微笑みながらそう言うと、気を失ってしまいます。


魔女が気を失う直後、弟子は己に向けられた微笑の意味を直ぐに悟りました。


師匠は俺に泣いて欲しくないから、安心させる為に微笑んだのだと。自分が身代わりになるから、俺には生きて欲しいと思いを込めたのだと。


「俺は、例え師匠に何と言われても師匠の側を離れたくありません……俺は!俺は貴女と共に居たい!」

「「「うわぁあ!?」」」


こんなにも優しい人を置いて行ける訳がない。今度は俺がこの人に救いの手を差し伸べる番だ。 



弟子は腕の中で気を失っている小柄な魔女を強く、強く抱き締めます。そして確固たる決意の下、喉よ裂けよとばかりに叫ぶと、眩い光が魔女と弟子を包み込みました。


「き、消えた……」


そして光が消えると、先程までそこに居た筈の魔女と弟子の姿も綺麗さっぱり消え去っていました。


まるで初めからそんな者達など存在しなかったかの様に……



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



魔女狩り騒動から少したった魔女の森には、平穏な日々が戻っていました。魔女狩りに来た男達は魔女とその弟子が目の前から消えた事で、魔女達は塵になったのだと判断したらしく、2度と森に姿を見せる事はありませんでした。


チチチと、小鳥の鳴き声が森から聞こえて来ます。


小鳥の鳴き声は、住む人がいなくなった事で荒れ果てた魔女の家の中庭から聞こえました。森に住む魔女の友人しか知らないこの場所は、彼等の憩いの場となっていました。


そんな朽ちてゆく家の中庭で、久しぶりに集まった魔女の友人達が言葉を交わしています。


「魔女様とあの子、あの後どうなっちゃったんだろう……」

「なんだ、お前知らねぇのか?俺も最近知ったんだが、魔女様とガキはあの光に紛れて無事に逃げ切ったんだとよ」

「え、そうなの!?」

「あぁ。あのガキ、転移魔法とか言う魔法を使って彼奴らから逃げんだと。今は他の魔女達に手ぇ借りて、遠くの地で平穏無事に暮らしてるらしいぜ」

「良かったぁあ〜。2人とも生きてたんだ!」


ただその場に魔女と弟子の姿はありません。あの日、眩い光に包まれた魔女と弟子は、その時を境に友人達の前から姿を消したのです。


小鳥が安否すら分からない友人達の事を気にかける言葉を漏らすと、狼が得意げな顔で小鳥に語り掛けました。魔女と弟子は生きていたのです。友人達の無事を知った小鳥は嬉しそうに周囲を飛び回り、狼は心の底から湧き上がる安堵の感情を声に乗せて空を見上げます。


1翼と1匹の脳裏には、幸せそうに微笑む2人の友人の姿が思い浮かびました。


「あのガキは兎も角、魔女様も悪運が強いぜ」

「そうだね。あ!狼さん、良い事を思い付いた!今度皆で魔女様達の所に遊びに行こうよ!」

「はは、そいつは良い!魔女様達ならあそこで会えるだろうな」

「あそこ?」

「魔女様がこう言ってたらしいぜ。挨拶も無しに姿を消してすまなかった。もし妾達に会いたいのなら……」




魔女集会で会いましょう




ってな。











〜2人の魔法使いのその後〜









「お主……なぜ妾があの魔法にだけは手を付けるなと言ったか理解しておらなんだ様じゃの!?」

「もちろん理解してますよ。師匠が作ったあの魔法……誰も死ぬ事が無い様にと、誰も悲しまなくていい様にと作った不老不死の魔法は、実は魔法の構成に致命的なミスがあって、1度使用したら2度と使用する事も解く事も出来なくなる。そんな事を知る由もない愛すべき我が師匠は、物の試しというお気楽な理由で不老不死の魔法を自分に使用し老いる事も死ぬ事も出来ない身になってしまったから……ですよね」

「それを分かっていながらお主は何故あの魔法を使用したのじゃこの戯け!!」


世界の片隅にある深い森の最奥の地。此処に様々な理由で俗世と関わりを絶った魔女達が集う集落がありました。その集落の一角には太い木を土台に作られたツリーハウスがあり、その中から鈴を転がすような、ともすれば甲高いとも言える女の声と、落ち着いた印象を与える男の声が漏れ出ています。こういった騒ぎは既にこの近くに住む者にとって日常、名物となっており、近所に住む魔女達は生温かい目をツリーハウスに向けていました。


このツリーハウスは魔女達の集まり……通称魔女集会が世界各地に所有するツリーハウスの1つで、現在は数年前魔女狩りから逃れて来た不老不死の魔女と、その弟子の人間が暮らしていました。そんな2人の心の拠り所となっているツリーハウスの中では、師匠である白髪の魔女が弟子である黒髪の青年を怒鳴りつけています。


理由は魔女の弟子が勝手に、かつて暮らしていた森の中の家を物色してとある魔法の痕跡を見つけ出した為でした。


そのとある魔法とは、魔女が永遠の時を生きる原因となった不老不死の魔法。終わる事のない苦しみを齎す魔法だったのです。しかも魔女が作った不老不死の魔法には、1度使用すれば2度と使用する事も解く事も出来ないという欠陥があったのです。


その欠陥を見落としてしまった魔女は、自身に不老不死の魔法を掛け、老いる事もなく死ぬ事も出来ない体となってしまいました。


「妾が何百年も昔に書いた走り書きの断片だけで不老不死の魔法を再構築しおって!しかも欠陥まで見事に再現されておったぞ!お主は本当に馬鹿じゃ!大馬鹿者じゃ!お主も死ねない身になってしまったのじゃぞ!?」


魔女はこの魔法の情報を全て捨てたと思っていたのですが、弟子ははるか昔に書き殴られた不老不死の魔法の構造を記した走り書きの断片を見つけ、なんと不老不死の魔法を再構成し、かつての魔女と同じ様に自分に使用してしまったのです。


弟子が自分と同じく老いる事も死ぬ事も出来なくなってしまった事を受け、魔女はまるで過去の自分を戒める様に、自分の事の様に弟子を怒っていました。


「……それはそうですけど、でも、そうすれば師匠とずっと一緒に居られると思ったんです」

「っ!?」

「師匠……いや、◯◯。もう貴女にだけ悲しい思いはさせません。俺は貴女が居てくれたから今日まで生きて来れたんです。村を追い出される原因となった、この紅い瞳も好きになれたんです。だから俺は自分の事も、貴女の事も好きになれたんです。生きていて良いんだと思えるようになったんです。僕はそんな大好きな貴女の隣でこれからも生きていきたい。親しい人に先立たれる悲しみと恐怖に泣きたくないからと、人との関わりを絶った貴女の隣で。これからもずっと」


しかし弟子は悪びれる様子もなく、金色の瞳と深紅の瞳を魔女へと向けると、膝をついて魔女と目線の高さを合わせました。その真剣な眼差しに射抜かれ、数百年の時を生きた魔女は狼狽えてしまいます。


魔女が狼狽え、言葉を発する事が出来ないのを幸いにと、弟子は昔聞いた魔女の名を呼び、手を取り言葉を紡ぎます。


真剣に、己の思いを言の葉という魔法に込めて。


「お、お主……」

「お願いします。愛する◯◯と共に生きる為だけに、地獄に勝る苦しみを甘受する事さえも厭わないこの馬鹿弟子を、隣に居させてください。貴女の悲しみを共に背負わせてください」

「こ、この様な時だけ名前で呼びおって……この馬鹿弟子め……」

「はい。俺は大馬鹿者でダメな馬鹿弟子です。俺には貴女が必要なんです」

「ん……全く!仕方ない奴じゃ!妾の話し相手になるなら……し、暫く家に置いてやる」

「っ、ありがとうございます!なら早速この事をお世話になった魔女様達へご報告せねばなりませんね!」

「……何?」

「ささ師匠行きましょう!」

「ちょ!ちょっと待たんか!?何故彼奴等に報告するのじゃ!?報告する必要はあるのか!?ひっ!ば、馬鹿弟子妾を抱き抱えるな!恥ずかしいじゃろ!!降ろせ!降ろすのじゃぁぁぁぁあ!!!」


立ち上がった弟子は愛する魔女を強く抱き締め、そのまま抱え上げると魔女達が集まる場所へ向けて走り出します。


誰も居なくなったツリーハウスの机には、『魔女集会で会いましょう』と書かれた便箋が木漏れ日に照らされていましたとさ。




作者は現在別の小説も連載中なのですが、5万字程書き溜めたデータを全削除してしまいモチベーションが霧散しました。


データとモチベーションが貯まったら投稿します。

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