95・春が訪れる秋の森2
「おーい。フォレス! 話をしよう! 出てきてくれ!」
声を上げながら、森の中をうろついたが、フォレスは何処へ隠れたのか出てきてはくれない。
皆と離れて暫くした頃――
代わりにそれは現れた。――魔獣のウルフだ。
「しまった」
ここは森の中である。普通に魔獣も居るのだ。俺は一人で行動した事を後悔した。
天使たちの元へ戻るにも、距離が離れすぎた。――まずい。
後はフォウあたりがこの魔獣を察知してくれているか否か。
そいつは牙を剥き出して威嚇し、前足に力を籠め、今にも飛びかからんとしていた。
だが、ウルフは突然のつむじ風に包まれた。
それはあっという間にウルフの魔力を飲み込み、干からびさせる。
魔獣は倒れ、それを足元にフォレスが立っていた。
「フォレス」
「アラン様……」
「俺が森から出られないのは、お前のせいなのか?」
「……」
フォレスは俯き、肯定も否定もしない。
だがその沈黙は限りなく肯定を意味する。
「私……私、どうすれば……」
泣きそうな表情で下を向き、両手を胸に当て小さく震えるその姿は、その想いをなんとか吐き出そうと努力しているように見える。
逡巡。――そしてフォレスは吐露する。
「アラン様と体を重ねた時から、私は……あなたの事が……ごめんなさい、あなたには魔族領で待つ方がいらっしゃるというのに、私、何てことを。でも、でも私はこのまま、あなたと別れられなかった。別れたくなかった。本当にごめんなさい。私のわがままで……私はこの森から出る事はできません。あなたと別れたら、もう二度と逢えないのかと思うと……駄目だと思いつつも、あなたをこの森に縛ってしまいました。私の気持ちはどうにもなりません。いっそ……いっそ殺して欲しいです」
魔力なし人生二十五年の俺の、初めて受けた告白は――
甘ったるい囁きでも、こそばゆくなる台詞でもなかった。
叶わないなら殺せという、重くて苦しい想いだった。
俺が出来る事……俺に出来る事は――
俺はフォレスを抱きしめた。
「お前の期待には応えられない。俺にはこれくらいしか出来ない。お前が満足するかは分からないが、気の済むまで俺のチカラを吸うがいい。それで俺が消えても構わない。お前を殺すくらいならその方がいい」
「アラン様……うれ……しい」
フォレスが俺に溶け込み、一つになった。
途端にとてつもない快感が全身を駆け巡る。
(ああっアラン様。私……私……止められない!)
俺に無いはずの魔力が、物凄い勢いで吸い込まれる。フォレスに、――この森に。
それは止まる所を知らず、いつまでも続く。
(アラン様、気持ちいい……すごく気持ちいいです! でも、でもこのままでは、あなたが、あなたが死んじゃう! ああっ死んじゃう! 私、止められない、ああっだめ! 死んじゃう!)
自分でもどうする事も出来なくなったフォレスのドレインは、俺から大量にそのチカラを吸出し、この森に過剰に精気を吹き込む。
葉を落とした樹木たちはその緑を取り戻し、草木は新たに生い茂り、花は咲き、土は潤い、眠れる動物は目覚め、風は温く吹き荒れ、春の生命の息吹に満ち溢れた。
俺は死ななかった。
フォレスは完全に森の一部となり溶けた。その身の許容量を遥かに超えてチカラを受けてしまったのだ。
森の意識となり、やがてフォレスはこの森に、新たな妖精として生まれ変わる。
フォレスと一つになっていた俺には分かった。
その妖精はこの森の中心にある、大きな花の蕾に包まれ、目覚めの時を待っていた。
秋麗の森は今や、春麗らかなる森へと変わっていた。
俺の無いはずの魔力で変わり、妖精まで誕生させた。
俺の借金のようなその魔力が今、どれほどのマイナス値となっているのかは、想像もしたくなかった。
おそらくその清算は死をもってされるのだろう。
駆けつけたフォウの、俺を見る目がそれを語っていた。
「アラン……」
「これで、いいんだ」
それでも俺たちは魔族領へと行かなければならない。
サーラが待っているのだ。
もう森は抜けられるはずだ。
俺とフォレスの子供とでも言うべき妖精は、いつか戻る事が出来たら、その時にでも再会しよう。
今は、進むだけだ。
「じゃあな、フォレス」
別れの言葉は、秋の森の春風に乗って、妖精の元に届いただろうか。




