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転生失格 ~転生して記憶も能力もない俺が行き着く所~  作者: 山下香織
第7章 姿なき追跡者編~ジーク~
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90・ジーク 決着1

 俺はジーク。ただの暗殺者である。

 魔王軍はもう……。



 サーラをヴィーダ様の元へ送った後、俺はひとまず距離を取って潜んだ。

 

 とりあえず一人消した。……そう思っていた。

 サーラがいくら膨大な魔力を持っていたとしても、ヴィーダ様に敵うはずがない。……そう思っていた。

 後はまたじっくり策を練っていけばいい。……そう思っていた。




 定期連絡で魔族領へ帰ったはずのネイファが、二ヶ月経っても戻ってこなかった。

 あいつの翼は俺ほど速くはないが、二十日もあれば魔族領へと帰れるはずだ。

 そして戻る時はヴィーダ様の転移で一瞬だ。


 日に日に不安が募ってゆく。

 俺は……俺は、もしかすると取り返しのつかない事をしたのではないのか?

 さすがに何かあったと思っていいだろう。戻って確かめなくてはならない。


 俺は十日を掛けて魔族領へと戻った。


 ヴィーダ様の城は健在だった。それを視界に入れた時、俺は安堵した。

 何故ならその城はヴィーダ様の魔力で作り出したものだからだ。つまり万が一ヴィーダ様の身に何かがあれば、その城も存在する事は出来ない。

 城が消えないでいるという事は、ヴィーダ様はここに健在という事なのだ。


 だが何かが違って見える。

 今までは禍々しい雰囲気を醸し出していたそれは、跡形もなく消失していた。


 俺は気を引き締め、辺りに気を配りながら城へと入る。


 不安は的中した。


 入ってすぐにネイファの死体が転がっていたのだ。その顔は恐怖に歪んでいる。

 どれほどの恐怖を味わったものか、その恐ろしさを刻み付けた顔自体が、見るものにとって恐怖そのものだ。

 

 外傷は見当たらない事から、ショック死もあり得る。

 あまりにも恐ろしい目に遭うと、ショックで死に至る事もあるのだ。


 いったい何があったというのだ。

 この先に進まない方がいいのではないかと、一瞬だけ躊躇した。


 さらに用心して気配を消し、隙のないように城の中を進む。

 ネイファの死体以外、誰にも会わないというのもおかしい。

 やがて玉座の間に辿り着くと、音を立てないように、ゆっくりと扉を少しだけ開ける。


 覗いた。


 目が合った。


 そこには、ヴィーダ様専用に設えられた巨大な玉座あった。

 ……はずなのだ。だが今は、ごく普通の人間サイズの物が置かれていた。

 

 玉座に座って片肘をつき、足を組んだ女が、俺が来る事を知っていたかのように、――こちらを向いていたのだ。


 その目が合った。


 その瞬間俺は動けなくなる。


 恐怖でだ。


 確かにあのサーラという女だ。だが雰囲気が随分と違った。

 静かに視線を送るその表情は感情を窺わせない。冷たい眼だ。

 俺の知っているサーラという女は、つねに不安そうな表情を浮かべていたはずだ。


 この女は本当にあのサーラなのだろうか。

 見た瞬間から俺を捉えて離さない、巨大過ぎる魔力のオーラ。

 ――恐怖の根源はこれだった。


 それはまるで魔王様……いや魔王様どころではない。


 圧倒的な存在がそこに居た。


 絶対的な力が発現していた。


 絶望的に抗えない事実があった。


 このお方(・・)に何があったというのだ。

 いったい何をどうすれば、このような存在になれるというのだ。


 ヴィーダ様は居ない。このお方(・・)からすれば、ヴィーダ様など虫けら以下だろう。

 ここにヴィーダ様が居ないという事は、そういう事だ。


 ヴィーダ様亡き後でも消失しない城は、強制的に存在させられているだけだ。

 このお方(・・)なら容易い事だろう。


 俺は震えていた。全身でこれでもかと震えていた。

 涙を流し、鼻水を垂らし、涎を垂れ流し、失禁さえしていた。


 動く事も出来ない。動けるわけがない。

 俺は死ぬのだ。そう覚悟した。覚悟させられた。


 死は確実とされ、死は確信され、死は確定となる。




「わたし、ここから、動けないの」


 突然話しかけられた。


「わたし、最後の、最後に、呪いを、受けちゃった、みたい」


 何の……事だ。


「わたし、魔王に、なるみたい」


 魔王……様?


「だから、アランたちを、連れてきて、アナタ」


 それを聞いた瞬間、体の呪縛が解けた。

 俺は全力でそこから離れた。

 力いっぱい走った。

 全身全霊で走った。

 涙を流しながら、涎を垂れ流しながら。

 口からは自分でも何を言っているのか分からない事を喚きながら。

 途中に転がるネイファの死体を、弾き飛ばしたのにも気付かずに走った。

 城から出て翼を広げ、これも全力で飛んだ。


 あのままあの存在と対峙していたら、完全に狂っていただろう。

 何故今生きているのかも分からなかった。

 もしかしたら俺はすでに、死んでいるのではないかとさえ思えた。

 それほどの恐怖を植え付けられた。

 どこに向かって飛んでいるのかすら分からなかった。

 とにかくここから離れたかった。


 俺は……俺は……俺のすべてが、恐怖で支配されていた。




  

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