8・森にて
「よう、おめぇら! 金目のもの出してくださーい!」
突然木々の合間から、随分と汚れた身なりの男どもが現れた。俺は驚きつつ、そいつらの人数を数える。五人だ。
それぞれの手に、大なり小なりの剣を持っているのが目につく。
見るからに盗賊だが、まさかこんな事になるとは思ってもいなかった俺は迂闊だった。
森の中、武器も持たずに少女とのこのこ歩いてるとか、カモにしか見えないだろう。
「おうおうおうおう! 大人しく有り金出してくださーい!」
「むっ……」
俺は押し黙ってしまった。金目のものなど持っているはずもなく、俺に関して言えば戦闘力は皆無だ。
このまま見逃してくれるはずもないだろう。それでも最悪、ニナだけは逃がしたい。
彼女だけは守らなければいけないと、視線をニナに向けたがそこには――特に怯えた様子もなく、ぼけ~っとしている呑気な様子のニナが居た。
「ニ、ニナ、隙を見て逃げろ、後は俺がなんとかする」
俺は勇気を振り絞って、自分を奮い立たせる。そうだ、こいつだけは守るのだ。俺の命にかえても。
昨夜の誓いを思い出し、昨日の今日で既に命を懸ける事になった運命だが、受け入れなければならない。
「おめぇら、歩いてどこに向かうつもりだったんだ? 町まで行くにしたって歩いてたら四~五日はかかりますよー? この先にある『神住窟』にしたって、ランクA指定で普通の人間が入れるような洞窟じゃねぇ。まぁここいらは俺らの縄張りだから見張ってはいたが、まさか馬車じゃなくて歩いて通るやつが居るとは思わなかったですよー」
こいつ……なんで時折敬語が混ざってるんだ? いやそんな事はどうでもいい。
なにか気になるキーワードもあったような気がするが、今の俺には余計な事を考える余裕などない。
どうすればこいつらから逃げ切れるか、それだけを頭の中フル回転で探っていたが、五人を相手にどこまでやれるのかまったく先が見えない。むしろ、俺が死亡する未来図しか視えない。
「とりあえず持ってるもん全部出せや、あと女は置いてってくださーい」
盗賊の常套句なのだろうか。そんな事を言われても何も持ってはいないし、ニナを置いていく事など出来るはずがない。
迷っているうちに俺たちは完全に囲まれてしまっていた。
どうする? どうすればいい?
「おじさんたちわるいひとなの?」
突然ニナが言い出した。
「そうだぜぇお嬢ちゃん。俺らがお嬢ちゃんをちゃんとした所に売ってやるからよぉ。そんな男とはここで別れなさーい」
男がニナに近寄ってその太い腕をまわし、無骨な手で彼女の細腕を掴む。
「やめろ!」
ニナを助けるべく、男に体当たりをしようとした。その瞬間――
「うぎゃあ!」
――男が絶叫をあげる。その腕が……ニナの腕を掴んだ手が、腕の半ばからありえない方向に曲がっていた。
俺はまだ、何もしていない。
「腕が! 腕があ!」
叫ぶ男とは対照的に、ニナはいたって落ち着いた様子だった。
そしてゆっくりと右の掌を男に向けて――
「じじ様がわるいひとはやっつけていいって言ってたなの」
――言うなり、開いた掌が淡く発光したと思った次の瞬間には、男は既に吹き飛ばされていた。
無詠唱でなにやら魔法を発動させたらしい。男はかなりの距離を飛ばされて、遠くの木の幹に激しい音とともに激突した。
「あ、あにきぃ!」
残った盗賊たちがあわてて、飛ばされた男の元へ駆け寄る。
「て、てめぇなにしやがったぁ!」
男が一人、あにきとやらに向かう途中でニナに向けて叫んだ。
「こんなことしてただで済むとおも……」
ニナが右手の向きを変え、新たな男へと狙いを定めると、間髪入れずにそいつも弾き飛ばされる。
後ろに居た盗賊二人も巻き込んで吹き飛ばされ、木の幹に激しく打ち付けられた衝撃で全員気絶してしまった。
見渡せば、立っているのは残り一人だけだ。
「アランどうする? ころす? なの?」
少女の口から出た言葉にしては、あまりにもギャップが酷かった。殺す事に抵抗がないのか? 慣れているとでも?
「ニナ……ちょっと待て、殺しは……やめとけ」
「わかったなの」
そう言うとニナはもう、興味もなさげに両手を頭の後ろにあてて、ふらふらと体を揺すっていた。
一人立ち尽くす盗賊が、俺たちと倒れた仲間たちを交互に見ながら、どうしていいかわからない様子だった。
「おい、おまえ」
「ひぃ!」
話しかけると男は変な声を上げた。
「見逃してやるから倒れてる仲間を連れて消えてくれ。もし次に会ったら命の保証はできない……と思う」
「は、はいぃぃ!」
男は倒れた仲間に駆け寄っていった。なんとか抱え起こそうとしている。
それを見届けて俺たちは、先に進むべく道を歩き出した。俺は内心どうしたらいいのか分かっていなかった。心臓は激しく鼓動を打ち鳴らし、体全体で嫌な汗が噴き出していた。俺は結局なにも出来なかったのだ。
すべてニナが片づけてくれた。その強力な魔法によって。
おそらくは盗賊どももある程度、魔法くらい使えた事だろう。だがニナの無詠唱による魔法に、なすすべもなく撃退されてしまっていた。
ニナの魔法はいったいどんな種類の、どんな攻撃だったのかさえ分からなかった。
手を差し出した。それだけだ。
聞けばそれが何なのか、答えてくれるのかもしれないが、俺は黙ってただ歩いた。
ニナは既に何事もなかったかのように、のほほんと俺の目の前を歩いている。
盗賊どもは見逃してやったけど、あれでよかったのだろうか。もしかしたらこの先、ここを通る馬車が襲われるかもしれないのに。
ニナからしたらあんな盗賊どもを殺すのは、造作もないことだったろう。
だからと言って、この少女に殺人をさせる事は躊躇われた。そして俺が出来る自信もない。
結局、俺に出来る事など何もないのだ。