87・森の精霊
北へ進むうちに、深い森の中へ入った。
鬱蒼とした中に差し込む日差しが煌めき、光りの雨となって降り注ぐ。
うるさく鳴いていた夏の虫たちもすっかり鳴りを潜め、葉を落とし始めた木々たちの姿も、秋の訪れを教えてくれた。
「寒くなったな」
「森の中は特にそう感じますね」
今日はニナが御者台に上がっていた。
目の前に座ったフォウが、物憂げに初秋の森の風景を眺めている。
サーラが消えたあの日から、俺たちの空気は重いままだ。
能天気に見えた魔法探偵少女のマルゲリーテでさえも、落ち込んでいる様子だ。
「おかしいです。絶対おかしいですっ。なんでジークが出てこないんですかっ? おかしいですよね?」
自分の想定していた事と違う結果に、納得がいかないマルゲリーテはずっとこんな感じだ。
俺だってそう思う。ジークが来ない=サーラが死んでる、なんて考えたくもない。
「何かがあったのですっ。絶対ですっ。あたしでさえ想像の及ばない何かがっ」
マルゲリーテはフォウの隣で、座席に膝を抱えて座っている。あいかわらず下着見せ放題を貫いていた。
そのうち注意しようと思ってはいたが、何故かずっと言わないで来てしまっている。
女の子同士フォウあたりがフォローするかとも思っていたが、完全にスルーだった。
「ウチがかわりに捕まってればよかったのに……使えない子でごめんちゃい」
ルルもすっかり竜の里モードだ。この子はずっと竜の里で虐げられてきた。
使えない子、いらない子とずっと言われてきたのだ。
「ルルは心配するな。きっと何とかなる。サーラが帰ってきたら、笑顔で迎えてやってくれ。その時何があったのかなんて聞かなくていいからな。黙って迎えてやれ」
「アラーン、おなかへったなのー!」
皆でしんみりとした雰囲気になっていると、御者台の方からニナが叫んできた。
あいつだけはいつでもマイペースだ。
「休憩にしよう」
少し開けた場所を探し馬車を停める。
食事の用意はすべてフォウにお任せだ。
「おにくーおにくなのー」
「わかりましたニナ。ちょっと待ってください」
既に元が何なのか分からない肉の塊を袖口から取り出し、左手バーナーで強火で炙り始める。
肉を素手で持って、そのまま炙っているのだ。
よく観察すればその手は防御魔法でうっすらと光に包まれているのが分かる。
「素手を炙っているのはいいとしてっ。そのポケットは不思議ちゃんですっ。何なんですかっ、それっ」
「天使のたしなみです」
「なの!」
「ニナは持ってないけどな」
「なの!」
すると会話を聞いていたルルが――
「ウチもポケットあるよー」
「え?」
驚きの新事実が発覚した。竜の子もポケットを持っているという。
ボフンと一瞬で竜の姿に変身したルルは――
「ほらほらー」
お腹の辺りをその翼で示す。
見ればたしかにポケットがあった。
「お前はカンガルーだったのか」
「なにそれ、ウチ竜だよー?」
「容量はどれくらいなんですっ? あたしも入れます?」
お前が入ってどうするんだよ。
「結構入るよーほらー」
ポケットから色々な骨が沢山出てきた。
「何ですかこれは」
「もし……もし……」
「ウチの宝物」
「もし……もし……」
「骨しかないみたいですけどっ?」
「だめ?」
「……」
確かに結構な容量だった。骨が山積みになっていた。
竜のポケットも普通のポケットではないようだ。
「おにくがついてないなの」
「もし……そこのお方……」
「うお!? びっくりした!」
「え!?」
「先ほどから呼んでいたのですけど……」
「わたくしの感知に反応がありません」
突然の声に驚き、振り向けば影の薄い女性が立っていた。
それは文字通り薄く、後ろの景色が透けて見える程だ。
影の薄い女性は、大き目の緑の葉を幾重にも合わせた感じの、ドレスのようなものを着ていた。
「なにものっ?」
「ごめんなさい。……驚かせてしまって。ずっと呼びかけてたのですけど、気付いてもらえなくて……」
確かにうっすらと、声が聞こえていたような気がした。
「あたしにも気づかせないとわっ。ただものぢゃないですねっ」
「私は森の精霊、フォレスと申します。はじめまして……魔族のみなさま」
は? 魔族だって?
「いやいやいやいや、俺たちは魔族じゃないから! 人間ですから! ってあれ? 人間って二人しか居なくね?」
天使、天使、竜、人間、人間?
二人しか居なかった。
マルゲリーテもたぶん人間だよな?
「そうだったのですか? 人間とは思えない魔力を感じて来てみたのですけど……」
「まあ人間じゃないのも混じっているしな。魔族に用でもあったのか?」
「いえ……魔族の方には出来ればお会いしたくはないのですけど……今はそうも言っていられなくて……」
何となくその物言いがサーラを彷彿とさせて、俺は胸が苦しくなる。
見た感じもサーラより少し年上なくらいだろうか。
「森の精霊が会いたくもない魔族に何の用だったんだ? 俺たちは魔族じゃないけど」
サーラを思い浮かべてしまった俺は、この精霊に協力してやりたくなっていた。
「はい……実は……最近になって森に住み始めた男の方が居まして……その方が森の精気を吸い取っているのです。毎日毎日、大量に……」
「男? 森の精気?」
フォレスの表情は真剣だ。かなり深刻な事態のようだ。
「はい……森のエネルギーとでも言いましょうか。この森を維持しているチカラの源です……そのせいで私たち精霊もひとり消え、ふたり消えと、減って行ってしまっています。森に精霊が居なくなれば、この森も終わりです……死んでしまいます」
「その男っあやしーですねっ。アランもしやっ」
「ああ。調べてみる必要がありそうだな」
俺は既にあの魔族の男を想像してしまっていた。これは調べるしかないだろう。
「精霊さんよ。俺たちにその男を何とかしてもらいたいんだな?」
「はい……出来ればそれが一番なのですけど……その前に……私が消えそうなのです」
「お前さん死にかけなのか? どうすればいいんだ? ニナあたりの魔力でも注入すればいいのか?」
見るからに弱弱しそうなこの精霊を、助けられるものなら助けてやりたい。
「あなたの……お名前は?」
「俺か? 俺はアランだ」
「では……アラン様……あなたと……」
俺はこの時、聞いた言葉の意味をよく理解できなかった。
後々大変な事になるとも思わなかった。
ただ少しサーラに似た雰囲気のこの女を助けたい、そう思っただけなのだ。
「あなたと……合体したい」




