7・出発の朝
早朝、目を覚ますとニナは横でまだ寝ていた。
昨夜の誓いを胸に、眠れる天使を眺めているとやがて、「むにゅにゅ」と言いながらニナも目を覚ます。
その薄いブルーの瞳を俺に向けると、すこし驚いたような顔をした。
「おはよう。どうした? なにを驚いている」
ニナはきょとんとしてから、――昨日から何度驚かされた事だろう、またしても驚くべき事を言う。
「生きてる? なの」
「ん? 生きてるって、昨日ニナが俺を救ってくれたからな。おかげさまでこの通りちゃんと生きてるぞ」
「ちがうの」
「何が違うんだ?」
わけが分からないので聞いてみると、ニナは寝起きの声で、答えを教えてくれた。
なんでも以前にも何度か、俺のように行き倒れたやつを家に招いて泊めた事があったようだ。
そして必ず、朝になるとそいつらは死んでいたらしい。――無残な姿で。
「……」
俺は想像した、そして身震いした。昨夜俺の考えていた事は本当だったのだ。
絶対的防御力を誇る防衛システム。
「アラン生きててうれしーなの。きっとだいじょうぶだと思っていたなの」
えっと、こいつは俺が死ぬかもしれないのに泊めたのかな? そして何事もなく朝を迎えた俺を見て、無邪気に喜んでいるのかな?
おそらく死んだそいつらは、深夜に何かしようと企んだのだろう。ニナの話ぶりによると、たぶん彼女は無意識のうちにそれを行っている。危害を加えようとしなければ大丈夫かもしれない。――という話なのだが。
よかった……本当によかった。俺は安堵した。昨夜のほっぺつんつんが迎撃対象として認められていたなら、今俺はここに居ない。
ニナに少しでも恩を返そうと誓ったその日のうちに、ニナによって死体にされていたのかも知れなかったのだ。……冷や汗が流れる。
「ニ、ニナ、俺はお前に危害を加えたりとか、絶対にしないぞ」
「うん。よかったなの」
ニコと笑う彼女はそれこそ天使のようだったが、思わず『殺戮天使』という単語が頭をよぎってしまった。この天使の本質を垣間見た気がする。
「と、とにかく、朝メシ食ったら出発しようか」
「はいなの」
俺たちは昨日の鹿肉の残りを朝食として摂り、小屋を後にした。
じじ様が住んでいるのは、ここから南に向かった先にある洞窟だと言う。
俺が流されてきたアラルド河は、北から南に流れている。つまり俺が住んでいた町とは逆の方向に向かうことになる。
ここが既に何処かもわからず、俺は町から遠出した事もないものだから、土地鑑も何もあったものではない。
ニナは手ぶらで両腕を大きく振りながら、ふんふんと俺の前を歩いている。
進む道はひたすらに草原だ。
「なあニナ、南にどれくらい歩いたら着くんだ?」
俺にしたって旅装しているわけでもなく、金もない。もし泊りがけになったとしても、宿に泊まる事もできないし、キャンプするにしてもなにも準備できていないのだ。
「ちょっと歩いたら着くなの」
「そうか」
そのちょっとがどれくらいなのか分からないが、やはりそれほど遠くでもないらしい……と思いたい。
ニナの小屋から歩く事二時間ほどで、やっと街道らしき道に出た。
馬車どうしがすれ違えるほどの道幅はある。
俺たちは馬車とも誰ともすれ違う事なく、ただ黙々とその街道を歩き続けた。
街道に出てからさらに二時間ほど歩くとやがて、まばらだった樹木は密生しはじめ、辺りはすっかり森の景観になる。……ニナの言うちょっとは結構歩くらしい。
木々に囲まれて薄暗くなった道を何も考えずに歩いていた俺は、ある可能性を完全に失念していた。
森の中、薄暗い道、徒歩、武器を持たない男、少女、そして――
――そいつらは突然現れた。