66・ジーク
俺はジーク。魔王軍の幹部でもあり、暗殺者でもある。
俺の朝は早い。
まだ霞のかかる早朝。
自室のソファで寛ぎ、紅茶の香りを楽しんでいると、傍付きのネイファがやってきて俺に告げた。
「ジーク様、ヴィーダ様がお呼びです」
「こんなに早い時間からか? 何かあったのだな」
俺はすぐに察して、ヴィーダ様の元に向かった。
「そうですか……」
聞けば王都に視察に向かったガブのやつが殺されたらしい。
何かヘマをしたに違いない。身軽いだけの馬鹿なやつだった。
ヴィーダ様の魔力感知は普通のそれではない。
『超感覚』という独自のスキルなのだ。その範囲は途方もなく広く、そして精巧だ。
魔力を数値として読み取る事も出来るというが、ただし常時発動型ではない。
その感知によって、ガブの死は知る所となったのだ。
ヴィーダ様は俺を王都に送るらしい。
俺ならばガブのように簡単に殺される事もない。
逆にこの先邪魔になりそうな者が居たら、消してこいと言うことだ。
ヴィーダ様に直々に仰せつかった俺は、その場で転移させてもらった。
◇ ◇ ◇
俺は今、王都に居る。
まずは情報収集だ。ガブが向かったという闘技場を調べる事としよう。
俺は完全に人の姿に擬態する事が出来る。
魔力感知の達者な者が見れば、その魔族の特性を看破する事も出来るかもしれないが、普通の人間にバレる事はない。
昼間から堂々と王都の街を闊歩した。
馬鹿な人間どもはこの街に、魔族の幹部が紛れている事など分かるはずもない。
どれ、闘技場の中を見てみるとするか。
入る時に入場料とやらを求められたが、人間の使う金くらい用意してある。その辺は抜かりない。
中は人間で溢れ返っている。人混みと言うが、俺からしたら人ゴミだ。すべてクズだ。
中央では魔獣と人が戦うという、つまらない見世物をやっていた。
「ふん。くだらん」
低レベルなそれを横目に見ながら、ゆっくりと場内を観察していった。
試合場の中央付近にガブの魔力の残滓を感じるが、それは稀薄すぎて俺の欲しい情報は手に入らないだろう。
歩き続けているとある場所に、先程よりも強い残滓を見つけた。
どうやら地下だ。
人の通りが多いので、そのまま俺は腕を組み、壁に背を預けて待機した。
俺は何時間待とうが苦にならないし、疲れもしない。
夕方まで待ってから動き始めた。
地下への入り口を探り当て、そこで俺は気配を絶つ。
扉には鍵が掛かっているが問題ない。
扉に手を添えて、ある特定の魔力を静かに流す。
スキル『解錠』――扉は微かに震えて、その身を許すかのように開いた。
人ひとり通れるだけの隙間をあけて、滑り込むように中に入ると静かに背で閉じる。
中は暗かったが、魔族の目はそれを問題としない。
ゆっくりと見渡し、目的の場所を確かめ近付いてゆく。
どうやらここにガブの死体が保管されていたらしい。今は無い。処分されたのだろう。
先程の残滓よりも強いものの、消えかけなのは間違いない。
「出来るか?」
目を閉じ、精神を集中させてスキルを発動する。――『残留思念感知』――間に合った。
ガブのそれは消える寸前だったが、情報は俺に流れてきた。
あいつがここで見聞きした事すべてだ。
それによるとどうやら俺の相手は四人らしい。
思念だけではその魔力を感じ取る事は無理だが、この中の一人はガブを瞬殺している。
殺された事にも気づかない程、鮮やかな手腕だ。
他の者も同程度の強さだと思っておいた方がよさそうだ。
俺はその場を後に、ひとまず今日の仕事を終えた。
街を歩き、手頃なカフェに入る。――紅茶の時間だ。
昼の紅茶の時間を飛ばしているので、この時間のそれは抜かす事は出来ない。
だが俺はメニューを一瞥して愕然とした。
「紅茶が……ないだと?」
すぐさま店員を呼びつける。
「おい貴様。この店に紅茶はないのか?」
「はい? 紅茶ってなんです?」
「紅茶は紅茶だ! 知らないのか!?」
「知らないですね。この店に限らず、どこにも無いと思いますよ、この王都では」
「……」
俺は何も頼まずにその店を出た。
店の外に出た所で振り向き、懐から愛用の杖を取り出し魔力を籠める。
ドン! とスタッフから放出された魔力弾が、店の扉に着弾し粉々に吹き飛ばした。
「ふん。扉だけで許してやる。ありがたく思え」
迂闊だった。まさか人間どもが、紅茶も知らない下等動物だとは思わなかったのだ。
こんな事なら、ネイファに紅茶セットを持たせて連れて来るべきだった。
俺は朝と昼、それと仕事終わりには紅茶を嗜む事にしている。
それが無いと落ち着かなくなり、一日も終わった気がしないのだ。
今日は既に昼のお茶も抜いているというのに、……なんたる事だ。
「仕方ない」
王都を出て森の中へ入り、誰にも見られない場所で俺の分身体を作り出す。
分身とは言っても影だ。――意思もない。
その影に、情報収集を目的としたプログラムを植え込んで、解放した。
影の姿で人目に付くのは避けたいので、それは夜だけにさせておく。
「さて、俺は紅茶を取りに戻るとするか」
来るのはヴィーダ様の転移で一瞬だが、帰るのは自力で帰らねばならない。
いったい何日掛かるだろうか。
俺は人型を解き、魔族の姿に戻ると翼を広げ、暮れ鈍る夏の宵の空に向かって飛び立った。
休む事なく、夜通し飛び続ける事になるだろう。
俺はジーク。魔王軍の幹部でもあり、暗殺者でもある。
俺の夜は長い。




