4・アランのチカラ
小屋に戻るとお腹が空いたと言うニナに、狩ってきた鹿を解体してやった。
解体していていて気付いたのだが、やはりこの鹿に外傷はまったくない。
おそらく魔法で倒したのだろうが、それが何なのか見当もつかなかった。
「すごいなの! じょうずなの!」
あっという間に解体された鹿を見て、ニナは喜んでいる。
俺は冒険者としてはたいした稼ぎもなく、手持ちの武器といえば小さなナイフだけだ。
河に身を投げた時も、腰の帯に刺さしたままでいた。
戦闘となるとまるで役にたたない俺だが、討伐そのものよりも、他の者が狩ってきた獲物を解体する作業を仕事とする事が多かったので、おのずとその処理は手馴れていた。
「俺はニナみたく強力な魔法も使えないからな、こんな事くらいしかできないんだよ」
綺麗にブロック分けされた肉を串に刺しながら苦笑いでそう言うと、ニナが不思議そうに俺を見ていた。
「アランは魔法が使えないなの?」
衝立の先は思ったとおりキッチンだった。俺は肉を焼く準備を始める。
「ああ、生まれた時から魔力なしだ。だから親にも見限られて捨てられたくらいだよ俺は」
常時持ち歩いている小物入れの袋から火熾しの石を取り出し、湿ってしまったそれで火を点けるのに、悪戦苦闘しながら俺は言った。
本当にこれまで魔力がないというだけで、どれだけ辛酸をなめてきたことか。
幼い頃も魔力なしという事を隠せるわけもなく、事あるごとにいじめ抜かれてきた。
今さら思い出したくもない事を考え始めていると、ニナは俺の想像を超える事を口にした。
「なんで? アランはそんなに魔力があふれてるのになの」
「は?」
魔力が溢れているだって? 冗談じゃない、溢れるほどの魔力を持っていたなら、今までこんな苦労はしてこなかった。それこそ親が捨てたりしないだろう。
「それはないよニナ。俺は生まれつき魔力なしだって証明されてるし、実際魔法の適正はゼロだよ」
そんな事はもうこれまで生きてきて分かりきっている事だ。だいたい溢れるほどの魔力が今まで気づかれないわけがない。俺はため息混じりに否定した。
「だって、ニナには見えるなの。アランの中のおっきなチカラ……」
ニナは真面目な顔で、俺の事を見ていた。いったい何が見えるというのだろうか。
「ニナが言う魔力というものが見えるのなら、俺が赤ん坊の頃に測定してくれた人が気づかないわけがないだろう? 魔力に関しては落ち込むだけだからやめてくれ」
産まれたばかりの赤ん坊は、額に賢者の石という魔石をあてられて魔力を測られる。
その石を持つ者は神父だったり賢者だったり、まれに両親が代々譲り受けたものを持っていたりする。
ニナはうーんと唸り――
「だってぇ……なの」
――納得出来ない様子だった。
「じゃぁ魔力じゃなくて違うチカラなのなの? でも、魔力みたくすごく大きなチカラなの」
魔力じゃなかったらなんなんだよ。この世界に魔力以外でそれに匹敵するチカラなんてない。
それにもしそんなチカラがあったとしても、これまで自覚した事もないし発動される事もなかった。
「じじ様に聞いたらわかるよきっと。なの」
「じじ様?」
「うん。なの」
「えっと、どこのどなたかな?」
「南の洞窟に住んでるじじ様なの。じじ様なら何でもわかるのなの」
洞窟に住んでるって、その時点でそれは魔物の類いじゃないのか? 人は洞窟になど住めない。
「ほら、肉焼けたぞ」
俺は串焼きにした鹿の肉をニナに渡す。
「うわーなの!」
ニナは大喜びでかぶりつく。肉に齧りつく姿がこんなにも似合う少女なんて、他に居ないのではないだろうか。
「おいおい、火傷するなよ。焼き立てだぞ」
「うん! おいひぃ! なの!」
「いつも狩りして食ってるんじゃないのか?」
「食べてるなの」
「じゃあ珍しくもないんだろう?」
「だっていつも生だものなの」
「……」
とんだ野生児だった。
いつも生の食事らしいニナさんは、ニコニコと焼いた肉を食べている。
「肉に火を通さないって、さっきの白湯はどうやって温めたんだ?」
ちなみに俺はこの小屋のキッチンで、ひたすら火熾しの石を擦って火を熾していた。
魔力なしには必須のアイテムだ。それはもう汗だくになって。魔力がないやつはなにをするにも苦労するのだ。
「ん?」
肉をほおばりながらニナはカップに視線をやり、手に持った。
そしてそのまま睨んでいたかと思うと、カップから湯気が立ちはじめたのだ。しかもぐつぐつと煮立っている。
「こうやるなの。でもすぐあつくなっちゃうから、ふーふーするの」
ニナがふーふー息をかけると、あっという間に白湯になった。
そういえばさっきも、息を吹きかける様子が伝わっていた。
ニナくらいになるとこの程度の日常魔法はお手の物らしい。
だが彼女にとっては加減が難しいらしく、水もすぐに沸騰させてしまうのだ。
息をかけて冷ます行為自体も、魔法が効いているように見える。
詠唱もなにもないそれは、俺にとっては奇跡を目の当たりにしているようだ。
「だったら肉を焼くのだって簡単だろう?」
「おもいつかなかったなの。そのままでもおいしかったしなの」
本当に不思議な少女だ。自分の食事には思いつきもしない事でも、寝込んでいた俺には水を温める気遣いは出来るらしい。
普段肉を生で食うくらいだから、水を沸騰させて殺菌してるという自覚はなさそうだが。
「でーどーするー? じじ様にあってみるなの?」
洞窟に住んでるじじ様の話は気になるが、そんなの修行中の仙人か魔物くらいしか想像できない。
だがニナの言うチカラがどういうものか、少し興味がわいてきた。
「ニナはよく会っているのか? そのじじ様って人に」
「たまに会いにいくなの。ニナが行くとよろこぶからー」
「そうか。じゃあよかったら俺にも紹介してもらえるかな? ニナに見えるっていうチカラの正体もちょっと気になる」
もしその人物から詳しい話を聞く事ができたら、俺の中のなにかが変わるような気がした。
ほんの少しの期待でも何もないよりましだ。なにより俺は一度死んだような身だ。
この先何を見ようと聞こうと、受け入れてみてもいいんじゃないだろうか。
「うん、いいよ。すぐ行くなの?」
「いや、今日はいろいろあって疲れた。身体はニナの魔法で回復してるんだが、精神的にちょっときてる。メシ食ったらちょっと休ませてくれ、明日でいいなら明日行こう」
外はすでに日が暮れようとしていた。いつの間にかそんな時間になっていた。
俺は提案するとニナはすぐに受け入れて、今日は泊まっていけと言う。
ここがどこかもわからないし、金も持ってない。お言葉に甘えてこの小屋で休ませてもらう事にした。
たまに会いに行くくらいだから、そう遠くでもないだろうと、俺は呑気に構えて最後の肉の一切れを口に入れる。
思えば、肉をこんなに食ったのなんか久しぶりだ。
ふとニナの方を見ると、ニナはどこか明後日の方を向いて――
「たぶんだいじょうぶなの」
――と言ったような気がしたが、よく聞き取れなかった。




