46・闘技場の女騎士
翌朝早くから四人揃って闘技場へ向かう。女騎士と打ち合わせをした後で、街を散策する予定だ。
闘技場はまだ早朝という事もあって、昨日の喧騒はどこへやら静まり返っている。
まず事務室を探さなければならないが、目立つ所に案内板があった。それに従って奥へ奥へと進みやがて、目的の扉の前に立つ。
もしかしたらこんな早朝から、人は居ないかも知れない。
そんな考えでいたから、ノックもおざなりに扉を開けた。
「!!!」
着替え中だったらしい。
無言の鎧が飛んで来た。
ガコーンと高らかに音を響かせて、俺の頭に命中したそれがゆっくりと床に落ちてゆく。
朦朧とする意識の中で、俺はあるものを捉えるべく前方に集中した。
このまま倒れるわけにはいかない。
本能とも言うべきそれは、俺に使命を与えていた。
その刹那とも言える瞬間に見えた、女騎士の下着姿をしっかりと脳内へ焼き付けつつ、俺は意識を失った。
彼女は脱いだら凄かった……
凄かった……
凄かっ……
「アラン!」
「なの!」
「はいよ」
「……」
フォウが叫び――ニナが魔法を展開――俺が復活し――サーラが呆れる。
ニナの魔法によって、瞬時に状態異常回復を施された俺は、さらに女騎士を見てやるべく復活する。
目を皿のようにしてその姿を探したが、すでに居なかった。
「すまん。誰か来るとは思わず、鍵も掛けなかった私が悪い」
事務机の下の方で声がする。
「ちっもう隠れたか。痛い思いした分、もう少し見せてほしかったところだ。だが一瞬とはいえ、凄いものを拝ませてもらった。俺は心の内で眼福眼福と呟くのであった」
「すまんがそういった台詞は、心の中でお願いしたいのだが……」
あれ? 声に出したのか? 心の声が口から洩れたらしい。
「そしてその鎧を、こちらに投げてくれるとうれしい」
「どうしようかなー」
「アラン!」
「……」
先ほどと同じ呼びかけなのに、全く違うニュアンスで叫ぶフォウが怖かったので、大人しく鎧を投げてやった。
サーラも先ほどから何気に視線が冷ややかだ。
まずい、このままではサーラもフォウ側となって、俺を常に軽蔑の眼差しで見るようになってしまう。
投げた鎧は見た目に反して凄く軽かった。
「いや君たちが来るかも知れない、という事を失念していた。私の落度だ」
机に隠れて、ごそごそ着替えているらしい。外に出ろと言われないので、ここで待機する。
「俺も返事を待たずに開けたからな、お互い様だ。むしろ良いものを見せてくれて、ありがとうございます」
「礼まで言わないでくれ……手を合わせて拝まないでくれ……」
声が頬を染めていた。
いかにも事務所といった部屋だが、更衣室はないのだろうか。
「普段はあまり人も来ないのでね。しかしさっきのは驚いた。……気絶した君を瞬時に回復させて、倒れる時間も与えないとは」
女騎士は机の下で鎧を着こむという、高等技術を完遂し姿を現す。
「これでも一応ランクA冒険者なもんでね、それくらいの芸当出来なきゃ生きていけないのさ」
ニナを指さしながら言った。俺はただ気絶しただけだが、神速をもって無詠唱回復をやってのけたのはランクAのニナだ。嘘は言っていない。
「さすがはランクAパーティーの連携と言ったところだな」
女騎士は素直に賞賛してくれる。うんうんと腕を組み、頷きながら俺は尋ねる。
「ところで例の試合の件だが、俺らの中で誰でもいいのだろう?」
「そうだ。試合の契約をする前にギルドカードの提示をお願いするだけだ。誰でもいい」
「ならこいつがやる」
俺がニナを指さす。
「ほう。先ほどの無詠唱の回復は見事だった。少女よ、名を教えてもらえるか」
「ニナなの!」
「私は昨日紹介したと思うがシャランという。ところで状態異常の回復は正統回復魔法と違い、他の系統の魔法も使えると聞くがそうか?」
「ニナはどっちも……」
「はーいはいはい。それ以上はマネージャーの俺を通してからにしてくださいねー」
俺は慌ててニナの口を塞いだ。天使たちの魔法は騒ぎの元だ、詳細まで教えてやる必要はない。
「そうだな。すまなかった。魔法については各師弟の決まりごとや、相伝によって受け継がれしもの」
「う、うん、そうそう、それそれ」
「私が迂闊だった。ただ回復魔法を習得せし者は、他の魔法が使えないと聞いていたので、それだと魔物と試合が出来ないのでは、と危惧してしまったのだ」
「そ、そうか? そこまで心配してくれなくても……大丈夫だぞ」
「だが状態異常回復は別だとも聞くので確認したかったのだ。他意はない。許してくれ。いやしかし君の頭に怪我も無いようだな」
ほんと素直な騎士様だな。悪いが回復についてはスルーさせてもらう。
「まぁ試合すればわかる事だが、ニナは普通のAランクの魔物が出たくらいでは瞬殺だろうよ」
「それほどなのか……。だとしたら逆に、少しは見せ場を作ってほしい所なのだが、ニナ殿の名誉とプライドのために無理強いは出来ないな」
なるほど、観客あっての見世物だからな。瞬殺されてはたまらないのだろう。
「手を抜けという事か? それなら問題ない。おいニナ、戦う時はめちゃくちゃ手を抜いて遊べ。すぐに倒したりするなよ、観客が居るんだからな。ちゃんと出来たら、ご褒美は肉だ」
「はいなの! ニナはちゃんとできるなの!」
ニナはいつだって、いい返事をしてくれる。
「それは助かる。なんにしても命の危険のない程度でお願いする。ここの雇われファイター達ならいざ知らず、臨時にお願いする貴殿たちに無理はさせたくない」
その言葉を聞いて、この女騎士は本当にいいやつなんだと確信した。
「じゃあ交渉成立だな。いつからやればいい?」
「急で申し訳ないが出来れば今日と明日、メインの試合でお願いしたい。大丈夫だろうか?」
「了解だ。メインってのはいつだ?」
「夕方の六時にはここに来てほしい。それまでは自由にしていてくれ」
ならそれまで予定通り、街の散策に出かけるとしよう。
次にこの部屋を訪れる時も、ノックはせずに扉を開けようと心に誓って、その場を後にした。




