40・鬼
女子三人が温泉に入っている頃、俺は馬車のベッドで横になっていた。
裏の方からはたまに、パシャとかピチャとか、控え目な音が聞こえてくるのみだった。
女が三人集まっても、あの三人では姦しくなる事もないらしい。
それもそうだ。
ひとりはほとんど無口なフォウ。
ひとりは完全に無口なサーラ。
ひとりは頭の中お肉なニナ。
「……」
「……」
「おにくー」
こんな感じである。決してキャッキャウフフな嬌声は聞こえてこないのだった。
嬌声は聞こえて来なかったが、それ程遠くないと思える場所から、地鳴りが轟いてきた。
「なんだ?」
慌てて外に出ると、裏から三人組も飛び出してきた。
服は……サーラ以外着てねぇ……。そのサーラでさえ着る途中のようだ。
「服着ろ! 服!」
全裸の天使たちに怒鳴ると、また地面が揺れた。地鳴りというより地響きだ。近づいているのか?
何かが地面を打ち付けているような衝撃を感じる。
「アラン様! Aランクパーティーのアラン様!」
旅の責任者でもあるフォグナーがやってきた。
「Aランクパーティーのアランはここだ! Aランクパーティーの俺たちに用か? Aランクパーティーの仕事か!?」
Aランクではない俺は聞いた。
「村の者がひとつ目を見たと言ってます! 鬼が来ます!」
「なんだそりゃ」
ひとつ目とか鬼とか聞いた事もない。……フォウ先生に聞くか。
「珍しいですね。辺境の山奥にしか居ないはずです」
「なの?」
「鬼……ですか……」
ちゃんと服を着てきたようだ。
「この村には戦力というものがほとんどありません。旅の責任者の私としてはこのまま逃げる事が最善と考えておりますが、もしかしたらAランクの皆様には何とかするお力もあるのではと思い、伺いに来た次第です!」
ここまで走ってきたらしいフォグナーは、息を切らせながらもそこまで言い切った。
「こっちに来てるのか?」
「はい! 村の南で姿を確認されたようです。ここに向かっているのは間違いないかと」
では、肝心な事を聞いておくか。
「それって退治しても報酬ないよね? なら逃げた方が面倒なくてよくね?」
「そ、それですと、村は恐らく壊滅かと……私どもとしましては逃げるしかないのですが……よろしければ村の長と報酬の件は相談させていただきますが。どうなさいますか」
ふむ。交渉までしてくれるのなら、面倒もなくていいだろう。
「よし、報酬が出るならやってもいいぞ。村の長との交渉はフォグナーに任せる」
「かしこまりました! では早速交渉してまいります!」
フォグナーは踵を返して、村の中心に向かって走り出した。
ふと隣を見るとフォウが、『どうせわたくしたちがやるんですよね?』って顔をしているが、その通りだ。
「よし、様子を見に行くか。道すがら知ってる事を教えてくれフォウ」
村の南に向かう事にして、フォウにひとつ目の事を聞いた。
「わたくしも詳しくは知りません。辺境の山奥にひっそりと村を作って住んでいる巨人たちですが、その最大の村の一つが数年前に、何者かによって壊滅させられたという噂もあります」
「巨人の村が壊滅? とんだ化物も居たもんだな」
巨人の村を襲うとか、そいつの方がよっぽど恐ろしい。
「おいしいなの?」
「お前はそれしかないのか……」
「人型で体の大きいものは、大抵不味いらしいですよニナ」
「そうなのなの?」
村の南の外れに着く前に、その姿は確認できた。
……なんだあれは。
確かに目が一つだった。――顔には目以外が無かった。鼻も口も無い。
体は赤黒くそして、十メートルはあろうかという巨人だ。
「フォウ、あんなん出ましたけど。どんな感じ?」
「さぁ、やってみないと分かりません」
とは言え、余裕そうなフォウ。
「じゃ、俺とサーラはここから動かないから、ニナとフォウで行ってこい。ダメそうなら逃げてくるんだぞ」
「了解しました」
「なの!」
二人は俊足を活かして、巨人の元へ向かっていった。
「あ、あの……」
サーラが何か言おうとしてるが――
「お前は俺と居るんだ。危ない目に遭う必要はない。あいつらの事は大丈夫だから心配するな」
――背中の杖を解き、それを両手に握りしめながら、ぷるぷるしているサーラに俺は言った。
「で、でも……」
そんなに震えて、怖いだろうに。仲良くなれた天使どもが心配なんだろうな。
でもな、魔力なしの俺たちに出来る事なんて、何も無いのさ。
「アラン様!」
フォグナーが戻ってきた。
「村の長はなんとかかき集めて報酬は出すと誓いました、金貨十枚です。お願いできますか?」
小さな村ではそれが精いっぱいなのだろう
「構わない。タダ働きでないのならそれでいい。――おーいニナ、フォウ! そのままやっつけてこーい!」
もう聞こえないかもしれないが、一応天使たちに叫んだ。




