3・ニナ1
小屋の外に出てみてもここがいったい何処なのか、さっぱり見当もつかなかった。
見渡す限りの青々とした草原。獣道すら見当たらない。
ニナはずっとこの小屋に住んではいるが、町に出ることもないと言う。
「ニナ、食糧とかはどうしてるんだ?」
「森で取ってくるなの」
「森は近いのか?」
小屋のまわりは少し離れたら河があるらしく、その激流の音は聞こえるが森など見当たらない。三百六十度、空と草原と、それを隔てる地平線が横たわるのみ。
「森はねー河を渡った先にあるの。そしたら動物も魔物もいっぱいいるなの」
「河を渡るって、橋でも架かっているのか」
あの河に橋が架かるとなると、相当立派な橋になるだろう。
少し興味がわいたが、彼女の返事は――
「橋はないなの」
「え?」
――またおかしな事を言われて、混乱してしまう。
「なら、どうやって河の向こうに渡るんだ? 泳いでなんて、とてもじゃないが無理だろう?」
俺の疑問にニナはこともなげに言ったのだった。
「ピョンってすれば渡れるなの」
「……」
その表現からするとおそらく、飛んで渡るというのだろうか。
「そうか、わかったぞ。ここらの河の幅はとても狭くなっているんだな? だから飛んで渡れるくらいなんだな?」
「うーん。狭いかはわからないけど、ピョンしたら渡れるなのなの」
「そうか、じゃあちょっと見てみるか」
俺たちは河まで行ってみることにした。少し歩いただけですぐに着いた。
「……」
そして立ち尽くす。――その河の幅は俺が知っているアラルド河のそれよりはるかに広かったのだ。二百メートルはあるだろうか。
「おい」
「はいなの」
「これをピョンするって?」
「はいなの」
「もしかして空を飛べる魔法とかあるのか!?」
いまだかつて空を飛べる魔法などとは、聞いた事も見た事もない。
もしそれが本当だとするのなら是非見てみたいものだ。俺は期待に満ちた目でニナを見つめると
「飛ぶ魔法とは違うかもなの。ピョンする魔法なのなの」
と、意味不明な事を言うものだから、とりあえずニナに河を渡ってみてもらう事にする。
先ほどニナが言ったとおりに河の向こう側には、深そうな森が広がっているのが見えた。
「じゃ~いっくよ~! なの」
ニナは河を目の前にして、その場で両手を握りしめ、足をガニマタにして中腰になり、少し空を睨む。
「うーやー」
なんとも可愛らしくも、気の抜けた掛け声とともにニナは飛んだ。
そう、俺には飛んで見えた。
彼女のそれはおそらく、足に掛けた強化魔法によるジャンプだったのだろう。だがおよそ二百メートルにもおよぶ河を、ジャンプで越えるなど誰が思うだろうか。
ニナは助走もなく、その場飛びで河の向こう側に渡ってしまった。またしても詠唱はなく、突然飛び上がったと思ったその直後には、向こう岸に着いていた。
そしてそのまま森の中へと消えていった。
「おいおい、どこ行くんだよ……」
彼女を取り込んだ森を見てボソリと呟く。
ほどなくして、ニナは森から姿を現すと、その背にはかなり大きめで立派な鹿が背負われている。
そしてそのままこちら側に、うーやーと叫びながらジャンプして帰ってきた。
「ついでにお肉取ってきたなの」
あの短時間で狩りをしてきたらしい。どれだけ規格外なんだこいつは。
しかも獲物となった鹿には傷らしきものが見当たらない。いったいどうやって倒してきたというのか。
「……」
もはや呆れてなにも言えなくなった俺は、無言でニナと一緒に鹿を抱えて、小屋へと戻るのであった。