表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生失格 ~転生して記憶も能力もない俺が行き着く所~  作者: 山下香織
第1章 めぐりあい編~ニナ~
3/105

2・出会い


「ウッ……ゲホッゲホッ!」


 激しく咳こみながら目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。

 涙目になりながらまわりの様子を窺うと、木造の小さな小屋の中のようだ。

 体は濡れたままで、その水分を吸い取ったのか敷き詰められた藁が大量に、湿った状態で体の下にあった。


「目が覚めたなの?」


 突然の声に驚きつつ振り返る。

 最初に金の十字架が目に飛び込んできた。

 それは少女の首に細かいビーズが数珠つなぎになった鎖の先に、小さく輝いていた。

 

 小ぶりの木のテーブルを挟んで椅子に腰かけた、七~八歳くらいの少女がこちらを見ている。

 一瞬で見た者を虜にさせるような、美少女だ。


「えっと、河で流されてたなの」

「え?」

「ニナが拾ったなのです」


 ニナとは彼女自身の事だろうか。どことなく言葉使いのおかしい少女が言う。

 しかし拾った? この俺をこの細身の少女が? あの激しい河の流れから?


「あ、ああ、助けてくれたんだね……ありがとう」


 頭が混乱していたが、とりあえず礼を言う。


「どういたしましてなの」


 少女はニコリと微笑むと立ち上がり、その後ろの衝立の向こうに白い薄手のワンピースを翻し消えて行く。

 ふわりと舞い上がる長い金髪が印象的だ。


 俺は切れ長の目をしていて、はっきり言って目つきが悪い。笑う事もなく無表情なので、他人に嫌な印象をあたえる事も多々あった。

 だがあの少女はそんな俺を怖がる事もなく、無垢な笑顔を向けてくれていた。


 衝立の向こうはキッチンだろうか。水が沸騰したような音と、少女が息を吹きかけるような息づかいが聞こえてきた。

 狭い小屋なので衝立で見えなくても、何かを用意している様子は伝わってくる。

 少しして少女がカップを手に、テーブルまで戻ってきた。


「どうぞなの」


 差し出してきたカップには、湯気が立ち上っている。


「ありがとう」


 透明な液体をひとくち飲むと、白湯だった。

 河に長い時間浸かったと思われる冷えた身体に、じんわりと染み渡るそれは心地いい。


 そうか、俺は死に損なったのか。

 やっと考える余裕が出てきたのと同時に、俺は脱力感と後悔、みじめさと不安に一気に襲われた。




 俺は死ななかった。死に損なった。

 激しい流れにもみくちゃにされ、河の水をたらふく飲み、溺れ、息も出来ず、苦しみもがいたあげく意識を手放した。

 死ぬつもりで身を投げたはずなのに、息もできない苦しみにあがいて、助けを求めるように手を振り回し、憐れに、惨めに、もがいて流されて……流されて……意識を失ったのだ。


 本当に馬鹿だ。なんで生きてるんだ? ああ、本当に馬鹿だ。

 あの苦しみを味わってしまったせいで、もう一度同じ事をする覚悟はすっかり失せてしまった。

 本当に根性なしなのだ。


 俺を拾ったと言った少女は、白湯を飲む俺を何も言わずにじっと見ていた。


「俺はアラン。君は……ニナと言ったっけ?」


 俺の名を聞いて、あらためて少女は自分の名を告げる。


「ニナなの」


 やはり少し、おかしな話し方をする。


「ニナありがとう、溺れていた俺を助けてくれたんだね」

「そうなの、拾ったの」

「しかしあの激しい流れの中から? 俺は重かっただろう?」

「重くなかったなの」


 それを聞いた俺が少し怪訝な顔をすると、ニナは目の前のテーブルに手をかざし、触れもせずに持ち上げた。


「あっ」


 魔法か……なるほどな。空中に浮かび上がったテーブルを見ながら納得した。

 この少女は幼いながらも、かなりの魔法を使えるようで、その事に俺は驚いた。


 才能。


 ひとことで言ってしまえば簡単だが、この少女の歳でこんな事を簡単に出来てしまうというのは驚くべき事だ。

 しかも彼女は今ノータイムで、そう無詠唱でテーブルを浮かせて見せたのだ。


「すごいな……君は」

「そんな事ないの」


 俺の心からの賞賛に謙遜する彼女の微笑みは、俺には少し嫌味に感じてしまう。

 この子に救われておきながら、なんて狭心者なのだ俺は。

 

 生まれながらにして皆無で、欲しくて欲しくて俺がいくら求めても手に入らなかったものを、この少女は手に入れていて事もなげに操っていたのだ。

 再びチラつきだした絶望の影を頭の隅に追いやり、俺はふと疑問に思った事を聞いてみた。


「そういえば俺は河に溺れていたはずだが、今はまったく体調に変化がない、というか快調そのものだ。もしかして回復薬でも飲ませてくれたのかな」

「ううん、回復の魔法をちょっとかけただけなの」

「魔法だって?」


 回復魔法だと? この少女が? 俺は死にかけていたはずだ。確かに魔法なり薬なり回復を施されていなければいまだに死線を彷徨っているか、本当に死んでいただろう。

 

 そして全身こそずぶ濡れだったが、なぜか今は、河に飛び込む前よりも体調が良いくらいだ。

 よほど高位の回復魔法でも掛けられれば、こんな感じになるのかも知れないが……。

 だがまさかこの少女が、そんな回復魔法を使えるとも思えなかったし、信じられなかった。

 

 と、そこで先ほどの浮いたテーブルを思いだし、愕然とした。あの物理魔法を見せておきながら、回復魔法まで使えるだって?

 俺は魔法など一度も使えた事も無かったが、回復魔法というのは一種特殊な魔法だという事くらいは知っている。

 

 それこそ上級魔法使いが、それだけを研鑽し研究しつくして、さらに他の魔法を犠牲にして、やっと使えるかどうかというのが回復魔法なのだ。

 故に回復魔法を使えて、なおかつ他の種類の魔法も使えるというのは聞いた事がない。

 

 目の前に居るニナという少女に、畏怖とも恐怖ともつかない感情を抱いた。


「あーニナのこと化物って思ってる? 化物って言うなの?」


 俺の感情を察したのか、ニナは少し真顔で言ってきた。


「い、いやそんなことないぞ、……ニナは凄いけど化物じゃあない」

「ほんとに?」


 首を少し傾けてジト目になっている。


「本当だ、ニナは可愛い女の子だよ」

「ふーんなの」


 この子は誰かにそのチカラのせいで、化物とでも言われた事があるのだろうか。

 しかし今、ジト目で睨んでいる目の前の女の子は確かに可愛かった。いや、可愛いどころではなかった。類を見ない程の美少女だ。


 よくよく観察してみると、細い顎と小さく薄い唇に小さな鼻、その上の大きな目がバランスよく小顔にまとまっている。その瞳は薄いブルーだ。


 痩せてはいるがその頬はとても柔らかそうで、思わず触れてみたくなる。

 金髪はストレートに腰まで長く伸ばし、櫛はあまり通していないのか、ところどころでハネていて、それがまたチャームポイントになっている。膝までの丈のシンプルなノースリーブの白いワンピースが、その金髪にとてもよく似合っていた。


「うん。ほんとに可愛いな」

「おかわりいるなの?」


 俺の感想に興味もなさそうに、空になったカップを受け取って、ニナはまた衝立の向こうに行ってしまった。

 宙に浮いていたテーブルは、とっくに元の位置に収まっている。

 俺は起き上がるとテーブルに近づき、ニナが座っていたのとは反対の椅子に腰かけた。


 見渡せばこの小屋にはこのテーブルと椅子がふたつ、それだけしかなかった。

 どこで寝るのだろう。

 さっき俺が居た場所には藁が敷き詰められているが、そこが寝床なのだろうか? だとしたら、俺がびしょ濡れにしてしまったのだが。


 ニナがカップを手に戻ってきた。


「はいなの」

「ありがとう。いただくよ」

「なにか食べたいなら取ってくるなの」

「いやそこまでしてもらっては悪い、大丈夫だから」


 この家に食糧の備蓄はないらしい。取るって、狩りでもするのだろうか。


「ニナはここに一人で住んでいるのか?」

「はいなの」

「ずっと?」

「ずっとなの」


 親は居ないのかな。子供が一人きりって物騒だな。しかしここは何処なのだろう。俺は河の激流にどれくらい流されてきたのだろう。

 ニナにここの地名を聞いても――


「?」


 ――だった。



   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ