26・宿にて
食事を終えて指定された部屋に入ると、そこそこ広いスペースにベッドが四つあった。
宿には三人部屋の設定がなく、二人部屋か四人部屋を選ぶしかなかったのだ。
ベッドに飛び込んだニナは――
「もーたべられなーいおなかいっぱーいなのー」
――と、ご満悦の様子。
それもそのはずだ、あの後ニナは食堂に居た連中からご馳走攻めにあっていたのだ。
俺が残りものの肉を与えた時に出た、天使の笑顔を見てしまった連中は俺も私もと、こぞってニナに料理を分け与え始め、ちょっとした騒動になってしまった。
「いいの? いいの? ありがとうなの」
次から次へと差し出される食べ物を、ニコニコパクパクしているニナに、献上するものがないやつは、わざわざ料理を注文してまで与えていた。
不思議な事に、ニナと同じような顔をしているフォウには貢物がなかった。たえず無表情だからだろうか。とはいえ美少女には違いないのだが。
するとフォウは俺に耳打ちしてきた。
「ニナは無意識に『天使の誘惑』を使ったようです。アランにはどうやら効いていないようですが」
何でも天使の持つ固有のスキルがあるようで、そのうちのひとつをニナは無意識に使用したようなのだ。
そんなの初耳だ。だが俺に効かないのは何故だろう。
確かに先ほどの笑顔の破壊力は凄かった。胸に突き刺さるものがあった。
だがここの連中のように狂わされる事はない。
ニナが満腹になったと同時に、その効力は切れたようで、争うように貢いでいた連中も次第に自分の居た元のテーブルへと戻って行くのだった。
「天使やばいな」
そんな騒ぎが先ほどの食堂であったのだ。
このような事が続くとしたら、俺たちはもう宿になんて泊まれないかも知れない。
「いいかニナ。次からは天使のなんちゃらってのは、無暗に使ってくれるなよ。と、言いたいところだが無意識じゃどうにもならんか」
「うん。ニナわからないなのなの」
満腹のお腹を抱えながらきょとんとするニナに、これじゃ怒る事も出来ない。この先また何かやらかす予感しかしないのだが。
「そこはとりあえず気を付けてもらうとして、明日からの事なんだが、ランクの低い依頼を地道にこなして行こうと思う。どうせおいしい仕事はもうないだろうから仕方ないが、数をこなせばそのうち馬車も買えるくらい貯まるだろう」
「了解しました」
「はいなのー」
明日からはなるべく節約も心がけよう。宿はとらずに教会で寝泊まりでもいいだろう。宿では人目に付きすぎた。
「腹もふくれたし、俺はもう寝る」
「ニナも寝るーなのー」
「おやすみなさい」
ニナは俺の腕を抱き枕にするべく、こっちのベッドに入ってきた。もう慣れた。放っておこう。
そして俺たちが眠りにつくその頃、神様の居る洞窟にひとりの少女が訪れた事など、その時の俺には知る由もない事であった。




