19・ネマシンの町
小屋を出発してから三日経ったが、まだ、最初に俺が身投げした河のほとりのある街は見えてこない。どうやら俺はかなり長い距離を流されて、ニナの小屋へ辿り着いたらしい。
夜は人気のない場所でフォウのテントで寝た。食事もフォウが狩ってきたもので済ませる。
どうやら俺が一人で生活していた頃より、食生活が豊かになったように思える。
やはり馬車は必要だ。三日歩いただけでフラフラだ。俺はそんなだったが、天使組は疲れた素振りも見せず元気だ。
四日目にしてようやく町の入り口まで来た時は既にボロボロだった……俺だけが。
町の名はネマシンという。
「やっと着いたぞ」
「ついたのー」
とりあえずガーター教会へ向かうとする。小さな町なので入り口に検問所などもない。
二人を連れて町を歩いていると、なにやら視線を感じる。
ボロボロの俺に連れられて歩く二人の美少女が、やけに不釣り合いなのだろう。
その天使たちは揃って、キョロキョロと町を眺めていた。
二人の着ているものは、四日の旅を感じさせないほど綺麗だった。
「ここだ」
俺はかつて知ったる教会に戻って来た。中には誰も居ないようだ。
俺を拾ってくれた神父はこの三年ほど不在だ。
何があったかは知らないが、三年前に突然出かけたきり、帰ってこないのだ。
ここにはまだ二、三人は住み着いていたはずだ。皆、魔力が無いというだけで忌み子の烙印を押され、仕事もなく、生きるのにギリギリの生活をしていた。
女は魔力がなくてもそれなりに仕事はあるらしいが、男はそうもいかない。
俺のようにギルドに登録しても、活躍する事など無理なのだから。
「誰も居ませんね」
「そうだな。誰かしら居るかと思ったが」
「ぎるどー行くなの?」
「じゃ、ギルドに行ってお前らの登録でもするか」
教会を出ようと踵を返した所で、ちょうど入って来た人影とぶつかる。
「いたっ」
「おっと、悪い。ってリーアじゃないか」
「え? アラン?」
ここの住人で、同じく魔力なしでもある少女、リーアだ。魔力なしと言っても俺みたいなマイナス値ではない。かすかに魔力があって、マイナスでもなくゼロでもない。限りなくゼロに近い数値の忌み子というやつだ。
俺は外に居る事が多いので、ここ最近はあまり会っていない存在だ。
「アラン、帰ってきたの」
「いや、ちょっと寄っただけだ。これからギルドへ行く」
「行ってもどうせ仕事ないんでしょ?」
「今まではな。これから俺はこいつらとパーティーを組むつもりだ」
リーアは天使の二人を交互に見て、泳いだ瞳を下に逸らした。
俺もそうだが、こういう態度は魔力なしの特徴だ。
魔力を持つ普通の人間に対して、まともに目を合わせられないのだ。たえず自分を卑下する癖を身につけてしまっている。
どうせ相手は自分を見下す。取り合わない。馬鹿にする。暴力を振るう。会話にならない。一方的に責める。人間として見られない。
そう身体に叩き込まれて生きてきたのだ。徹底的に奴隷体質として育ってしまうのだ。
「勝手にしたら。あたしは疲れたからこれから休むんだ」
言い残して、彼女は寝床のある部屋へと去っていった。おそらく彼女は仕事帰りなのだろう。
魔力なしの十八歳の女がどんな仕事をしているのか、想像はつくが聞いて確かめた事などない。聞けるわけがない。
出来れば彼女も一緒に連れて行きたかった。――だがそれは、今ではないと思う。
何も出来ない今の俺ではない、チカラを手にしたその時こそ、俺は彼女を救えると言えるのだ。
いつかその時が来るまで、彼女には生きていてほしい。
迎えに来る事が出来るようになったら、あらためて手を差し伸べよう。
だから、今はその時じゃない。
彼女の消えた扉を見つめながら、俺は自分の無力を噛み締めた。
冒険者ギルド。その本部は王都にあり、各国に支部を持つ。この田舎町にも小さいながらも支部はある。
町の住民や周辺の村などから依頼された、大小さまざまな問題を解決するべく組織された団体だ。
動くのはそこに登録した冒険者。
ギルドからの直接の依頼も、その建物の中に設置されてある依頼ボードに掲示される。大抵はどこそこに魔物が出現したので討伐してくれといったものだ。
その手の依頼はかなり多く、魔物のランクに合わせて、受注する冒険者のランクを設定する。
例えばランクBの魔物の討伐を行うとしたら、ランクC以下の冒険者はこの依頼を受けられない。
そういった事から、俺の受けられる仕事もほとんどないのだ。だが、パーティーを組んでいる場合はこの限りではない。
もしそのランクBの討伐に向かうパーティーにランクAが一人でも居たら、ランクC以下が居ても構わないのだ。そのかわり、その者の生死の責任はギルドには一切ない。あくまでも自己責任で討伐に向かう事になる。
俺みたいな魔力なしをパーティーに入れてくれる物好きは居ないので、俺はずっとソロでやらざるを得なかった。
もちろん、それなりの賞金がかかった魔物の討伐など行けるはずもない。
村の畑を荒らす猪をなんとかしてくれとか、そういった誰でも出来そうな依頼しか受けられなかったのだ。
いや、実際はそれすらも俺一人では無理なので、他の受注者と合同でやらせてもらっていたのだが。
だが、……だが今の俺は違う。俺の隣には天使様が二人もいらっしゃるのだ。その実力も確認済み。
その二人を冒険者に仕立てて、俺がその二人とパーティーを組めばあら不思議。最強のパーティーの出来上がりだ。
俺はオマケだけどな。




