1・河のほとり
よく晴れた早朝。
俺は町から少し離れた、アラルド河のほとりに立ち尽くしていた。
この河は幅が百メートルほどあり、いつ見ても流れが激しく底も深いので、例え泳ぎが達者であろうとも向こう岸へ渡りきる事はまず無理だろう。
河原の近辺には橋も無く、見渡す限りを埋め尽くす石塊と雑草と名もなき花たちが、ただただそこにあるだけだ。
激しい河の流れを暫く見つめていると、身がすくむ思いがする。
軽く眩暈を覚えてその場に座り込む。
つい先ほどまでは町のギルドで、仕事がないか物色していたのだが……。
ない……なにもなかった。
いやギルドから提出される依頼ボードには、数々の依頼物件が掲示されていた。
だが俺に出来る仕事などなにもなかった。
ひとつもだ。
「はぁ」
俺はため息をひとつ吐くと、そのまま仰向けに寝転がった。
どこまでも青い空が目の前に広がっていて、初夏の温くそよぐ風が、緩くこの身を掠めてゆく。
朝の静謐な空気の中にあっても、気分が晴れやかになる事はない。
俺は二十五歳のランクE冒険者だ。A~FまであるランクのEだ。二十五歳になってもまだEとか、すでに冒険者とは言えないのかもしれない。
ギルドには十二歳から登録でき、早い者は十五歳ですでにランクCだ。俺のランクと実力では単独でゴブリンの討伐もままならない。その最たる原因もはっきりしている。
俺は――俺は、魔法が使えない。魔力がいっさい無いのだ。
俺の名はアラン、ただのアランだ。
俺に魔力がないのは生まれつきだ。
この世のほぼ全ての人間は、生まれながらに魔力が備わっている。
それを前提として世界が成り立っているものだから、何をするにしても魔法がかかわってくる。
生活の中でも、仕事をするにも、生きる上で必ず必要なものなのだ。
魔力が全くない状態で生まれる人間は稀だ。
稀ではあるが実際にそういう例もあるわけで、それは大抵悲惨な結果を伴う。
まず俺がそうだったように、赤子の時に忌み子として捨てられてしまう事がほとんどで、大抵はその時点で死んでゆく。誰も保護する者が居ないからだ。
例え保護する者が居たとしても、いずれ魔力なしだと判明すれば、同じように手放す事だろう。
魔力なしで生まれた子供は、この世界では育てる価値も、生きていく価値もないらしい。
町の教会の前に捨てられ、そのままそこで拾われて育てられた俺は、何も取り柄のないまま、そして魔力が発現される事もないままこの歳まで生きてきた。
十二歳の時、ギルドに登録はしてはみたが、底辺のFからEに上がるまで十年もかかった。
こんな能力なしをパーティーに入れる物好きも居るわけもなく、ずっと一人で少しづつ、本当に少しづつ経験値を上げてきた。
そして二十五歳までしぶとく生きて来たがいつだって、もう嫌だ、もう駄目だと嘆いているだけだった。
夢も希望もない。
魔法がなければ、生きる事もままならない。
本当に素晴らしい世界だ。
俺は今、河のほとりに居る。
立ち上がりそして、いつもと同じ調子で、いつもと同じ歩幅で、一歩を踏み出した。
――河の激流に向かって。