16・ニコの実
俺たちはルグルの案内で、発症した者の居る小屋へと移動した。
診る事になったニナも、回復魔法は万能ではないと言う。フォウに至っては回復魔法自体使えないらしい。
小屋の中には全身を布で巻かれた少女が居た。布は元の色が分からない程に血が滲み、少女は痛い痛いと床を転がるようにしている。
俺は感染したらどうしようと、小屋の入り口で躊躇っていたら、フォウがすぐに少女の元へ行ってしまった。
「痛い! 痛い! 殺して! はやく殺して! 痛いよぉぉ!」
ニナよりも小さい子が、自らの死を懇願する様は見るに忍びなかった。
「よく見せてください」
布の巻かれていない部分の皮膚を手に取って、なにやら調べていたがやがて、フォウは立ち上がって言った。
「これは百年ほど前に見た、ニコ病に似ています」
百年? 見た? 突っ込むべきか……いや自重しておこう。
「原因はニコの実を食べた事によるものです。大抵は森の奥などで発生して、魔物や動物たちが食べてしまって人が発見する事もないはずですが、稀に人の手に渡る事もあるみたいですね。それでももっと南の地域の直物のはずなのですが」
「そいつはどんなやつだ? 木の実みてぇなもんかい?」
「黒くて拳大ほどの大きさで、トゲトゲがあります。割ると中に実があって、それを食べると三か月ほどの潜伏期間を経て発症します。ですがすべての人が発症するとは限りません。食べた人のだいたい三割でしょうか」
フォウは随分と詳しかった。しかも聞いた話ではなく、見たと言っていた。――どういう事だ?
「それなら見たことあるぜ! 俺は持ってはねぇが村の連中の誰かがもしかしたら持ってるかもしれねぇ」
この村にそれがまだあるというのなら、早く見つけ出さなければなるまい。
「助けて……痛いよ! 早く助けて! 殺して!」
少女に向けて、既に回復魔法を試したニナは、困ったような顔をしていた。
彼女の魔法を持ってしても、効き目は無かったようだ。
村の者に呼びかけ、広場に集まってもらい、似たような実を持っていないか確認したところ、五個のニコの実が集まった。
「これはニコの実で間違いありません」
フォウが断言した。
「で、原因はわかった。こいつを食わなきゃいいだけの話だ。だが発症したやつはどうなる? 治す方法はないのか?」
俺はフォウに尋ねたが、答えは否だった。
「治す方法はありません。残念ですが先ほどの方はもう……。ニナの魔法でも効果はありませんでした。ジダルジータ様でも無理です」
「……」
神様でも無理とか、ほんと使えねー神様だな。
「発症した時点で体内に三か月もかけて、根を張られてしまっています。それを除去するという事は、その者の内臓を溶かす事と同じです。全身に行き渡ってしまっているので、体の一部だけを犠牲にというわけにも行かないのです」
さっきの少女の姿を思い出すと、どうにもやるせなくなる。
「くそっ」
「この事を早く町まで伝えに行くべきだと思います。これ以上の犠牲を出さないためにも」
「わかった。俺が行ってくる。町に入れてくれるかわからねぇが、こればっかりは伝えなきゃならねぇ。伝染しねぇって事だけでも分かりゃ安心だ」
ルグルはすぐに準備すると言って、自分の家に走りだそうとした所を、俺は呼び止めた。
「おいルグル。……その、かしらの事は悪かったな」
殺されかけたとはいえ、事情を聞いた後ではこちらもやり過ぎたと思ったのだ。
「気にしねぇでくれ。あれは俺たちの自業自得だ。おめぇじゃなくても、いずれ他の誰かに殺されていてもおかしくねぇんだ。……それよりも今回の件では助かった。ありがとな」
ルグルはそれだけ言うと、走り去って行った。
町にこの事が伝われば、村の生き残りも帰れるかもしれない。
発症したら終わりだが、少しは光が見えた事だろう。
「フォウ、御苦労だった。お前の知識が役に立ったようだ」
「それでしたらなによりです。アラン」
言いながらフォウの視線が俺の腰に移る。ニナは先ほどからずっと俺の腰にしがみ付いていた。
「ニナはどうしてそんなに、アランに懐いているのですか」
それは俺も疑問に思う。出会ってから日にちも経ってないのに、この懐き方は異常だ。
「んとねー、アランの魔力がとっても落ち着くのなの」
いや、俺には魔力なんてないんだが。
それでもニナには見えるという何かのチカラが、こいつを懐かせる原因だったらしい。
「そうですか。わたくしにも見えますし、とても強大なものだとは思いますけど、でもそれはニナだけの感情なのでしょうね。わたくしには特に何も感じません」
ニナにとってそのチカラとは、何か特別なものなのだろうか。
その後発症した少女の元へ戻って、もう一度ニナの回復魔法を試してみた。
すると少しだけ、……ほんの少しだけ痛みが治まったらしく、少女は最後に苦痛の表情から抜け出して――
「ありがとう」
――と一言だけ口にして、息を引き取った。
その時の少女の、無理をして作った笑顔が、……俺には忘れられそうにない。




