11・分岐点
「魔王はいずれ復活するが、それは百年後か千年後か、ワシにもわからん」
俺の住んでいた町には、魔王討伐なんて噂は聞こえてこなかった。
王都から離れた田舎町だからなのだろうか。
いや、そんな事はどうでもいい。
それより、それよりもだ!
なんて事してくれてんだよ、勇者!
この俺がチカラを手にする事が出来たかもしれない唯一の希望が、勇者の手で潰えていたって事じゃないか!
そんなチャンスがあったなんて知らなかった。
田舎町に引き籠っていた俺なんかが知るはずもなかった。
仕方がないと言えばそうだ。
だが知らない所にそんな希望があっただなんて、誰が教えてくれると言うのだ。
これまで魔力なしと蔑まれ、疎まれ、役立たずと罵られ、笑われ、傷つけられ、育てる価値もないと親に捨てられ、生きる価値もないと他人に評価され、たえず上から見られ、つばを吐きかけられ、下を向いて生きてきた俺が……俺が!
もしかしたらチカラを手に入れられたかも知れないのだ。
それさえあれば……生きていく希望だって見いだせたかもしれないのに!
そんな……そんな事って……。
「でもあれじゃぞ? 魔王の元へ辿り着いたとしてもおぬしがチカラを手に入れる前に、会った瞬間殺されとったかもしれんぞ? まぁ魔王の居ない今となってはそのたったひとつの希望さえ、無くなってしもうたわけなんじゃがのうフォッフォッフォッ」
(プツン)
俺の中で何かが切れた。
とりあえず目の前で笑ってるこのジジイを殴りたい。
いったい何が可笑しいというのか。俺の今までの人生をなんだと思っているのか。
ふざけるな。
もういい。
冗談じゃない。
もう何もかも諦めた。
だが生きる事だけは諦めてやらない。
生きてやる。あがいてやる。
こいつらを利用してでも。
何がなんでもだ!
俺はいつの間にか涙を流していた。
とめどなく流れる涙をそのままに、立ち尽くす。
生まれてきてすいません。
生きていてすいません。
だけど……だけど、いくら世界が俺を否定しようとも、必要としていなくても、俺は生きてやる。
どんなに醜くても、どんなに汚い手を使っても、――生きてやる。
俺の唯一の反抗。――世界が俺を見捨てた事への復讐。
それが……ただ、生きる事。
「アランかなしいの? いいこいいこ」
ニナがいつの間にか起きだしてソファの上に立ち、その細い腕を俺の背中から回して抱きしめてくれた。
「アランよ、もうひとつ教えてやるが、そのニナっ娘の正体は天使じゃ。神の使いなのじゃ」
「……」
「そして残念な事にその娘はおぬしと同じとは言わんが、天使としての記憶がないのじゃ。勇者と魔族四天王との戦いに巻き込まれた事があってのう。大規模な次元破壊魔法に飲み込まれ、その時の後遺症でそうなってしもうた。ワシでも治す事ができなんだじゃ」
「……」
「そうじゃ! 四天王じゃ! おぬし、魔族領に行ってみてはどうじゃ?」
「……」
「魔族の四天王は勇者との戦いで三人は倒されたのじゃが、たった一人生き残った者がおる。そいつは魔王が討伐された後も生き残り、今は魔族領のどこかに隠れておるはずじゃ。そして、そいつは魔王の次に強力じゃ。魔王の後を継いでもおかしくないほどじゃが、そいつが魔王になるのが早いか、魔王が復活するのが早いかは分からん。どのみち今はチカラを蓄えておることじゃろう」
「……つまり、四天王の生き残りに会えと?」
俺はやっと泣き止んで口に出した。
「そうじゃ。会ったところで何も変わらんかも知れんし、殺されるかも知れん。だが今のおぬしはもうそれしか出来る事はないじゃろう。ダメ元で探しに行ったらどうじゃ?」
「そいつに会えば……チカラを取り戻せるのか?」
「それは会ってみないとわからんのう。だからこれは賭けじゃ」
「そうか……それもいいかもしれない」
魔族だろうが何だろうが会ってやる。
そこで死んだところで、誰も悲しまないし、世界も変わらない。
俺はユラリと虚ろな目を、この神様に向けた。
「だけどよ、神様。あんた神様なんだろ? だったらあんたのチカラで俺の事少しくらいその、なんていうか、ちゃちゃっとチカラ分けるだとか、そういうの出来たりしねーの?」
「おぬし、なんか言葉使いが変わっとるぞ……まぁよいが。アランよ、それは神様といえど出来ない相談じゃ。残念ながらそこはおぬしが精進するほかないのじゃ 」
「チッ、つかえねー神様だな! ペッ!」
「……」
俺の荒んでいた心はさらに荒涼とし、諦めと自暴自棄と開き直りで、簡単に言うと……グレた。
二十五歳にして。
「ニナがアランてつだうなの」
「そうかニナ……わりーな。一緒に行ってくれるか?」
「はいなの」
「仕方がない。少しは力を貸してやろう。フォウ! 出てきなさい!」
神様が右手を天に翳すと、なにやら光が下りてきた。
「フォウ! 久しぶりなのー!」
「ニナじゃないですか。久しぶりですね」
光の中から現れたのは、ニナより少し年上な感じの、十歳くらいの青い髪の少女だった。
「ニナっ娘と同じ天使じゃ。一緒に連れてゆくがよい。必ずおぬしの力になってくれるじゃろう」
そうだった。
俺が昨日、天使だと思ったニナは――
――本物の天使だったのだ。




