10・転生失格
扉の中はかなり広い空間で、その中心らしき場所にポツンとテーブルがあった。
そのテーブルの脇の椅子に腰かけた老人が、こちらに気づいて立ち上がる。
「ニナっ娘じゃないか! よぉ来たな! 十年ぶりくらいかのお?」
「じじ様きたよーなの」
ニナは老人に駆け寄り、仲良さげに挨拶を交わしている。
俺は所在無げに見守っていたが、老人の十年ぶりと言う言葉に、俺の頭の中はハテナマークだ。
ニナはどう見ても七~八歳の子供である。実際はもっと上なのだろうか。
老人と目があった。白く長い髭をたくわえ、頭頂は禿げあがっていて真っ白なローブを身に纏っている。
「珍しい人間を連れてきたな、ニナっ娘よ」
「アランです、はじめまして。おじゃまします」
二人の元に近寄り、挨拶をすると――いつの間にか後ろにソファが出現していた。
「見ての通り何もない所じゃが、フォフォフォッ。とりあえず座りなさい」
三人ほど座れる横長のソファで、滑らかな獣の革張り仕様だ。それに腰かけると老人はまた――
「本当に珍しい者を連れてきたのぉ」
――先ほどと同じ事を言うのだった。
「ニナっ娘よ、どんな因果でこの者と出会ったのだ」
「んとねー河で拾ったなの」
「そうかそうか、それは難儀だったのお」
ニナの言っている事は事実だが、いまいち二人の会話が読めない。俺の事を珍しいと言うが何が珍しいのだろう。
疑問に答えるかのように、老人は口を開いた。
「アランと申したな、おぬし前世の記憶はないのかの?」
何を言われたのか一瞬わからなかった。
「前世……ですか? 俺は今の俺である記憶しかありませんよ?」
「そうかそうか、本当におぬしは珍しい星の元に生まれておるわい。少し説明してやろうかの」
そこから始まった老人の話はとても荒唐無稽で、俺の理解を遥かに超えるものだった。
はたしてこの老人の話をどこまで信じていいものだろうか。
何かが狂っているとしか思えないその話を聞いて、俺は本当にどうすればいいのか分からなくなった。
老人が言うには、俺は違う世界からの転生者なのだそうだ。それもまともな転生ではなく、失敗例らしい。
この世界では稀に他世界からの転生者が現れるらしいのだが、実際の例としてはその者は転生時に多大なる能力を備えて産まれてくるものらしい。しかも前世の記憶をそのままに。
だから記憶もなく能力もない俺は、転生者としては完全に失敗例だそうだ。
「その……あなたは何故、そんな事がわかるんですか?」
素直にその疑問をぶつけてみた。
「わかるんじゃよワシには。なぜか? なんでじゃろうな、まぁ強いて言えばワシが神様だからかの?」
洞窟に住んでいたのは、仙人でも魔物でもなく……
……神様だった。
神様と言われてもどうもピンとこなかった。そもそも神様が洞窟でいったい何をやっているのだろうか。
こんな何もない場所で、神様がやるべき事なんかあるように思えない。
「ニナっ娘よ、腹は減っとらんか?」
自称神様は懐から丸い塊の、大きめのパンを取り出した。
ローブの懐に入っていたにしては、かなりの大きさだ。
「食べる! なの!」
ニナは喜んで受け取り、齧りだした。
「アランも食べるなの?」
齧った後で半分ちぎって渡してくれた。俺といえばもう頭がパンクしそうで、食事どころではなかった。
「信じるか信じないかはおぬし次第じゃが、ワシの話は聞けるだけ聞いておいた方がよいと思うぞ」
確かにそうかもしれない。俺の頭で理解できるか分からないが、だからといって拒否する事もない。
俺はパンをひとくち齧って、老人の話を最後まで聞く覚悟を決めた。
「ではあなたの知っている事と俺の知りたい事も含めて、出来るだけ聞かせてもらえますか? 先ほどの転生の話も詳しくお願いします」
それから三時間ほど神様の話を聞き続け、俺の頭は真っ白になった。
世界。町。王都。魔族領。転生者。勇者。賢者。竜。竜王。魔王。四天王。天使。神様。人間。魔獣。魔族。剣。魔法。魔力。
頭から湯気を出して俺はフラフラになっていた。様々な単語が頭の中を飛び交っていたが、整理がつかない。
ニナは俺の膝に頭を乗せて横になって寝てしまっている。
「最後におぬしのチカラについて、話をしておこうかの」
神様はフラフラの俺を見ながら、気になる事を言い出した。
「まず今のおぬしには転生失敗の影響で、本来あるべきはずのチカラが反転してしまっておる。賢者の石で確認すればマイナスという値で表示されるかもしれん。そしてそのチカラを表に引き出す事は可能じゃ。引き出す事に成功すれば、この世界で最強と呼ばれる勇者でさえ、おぬしの足元にも及ばない存在となる事じゃろう。だがそれには魔王のチカラが必要なのじゃ。魔王との接触が不可欠なのじゃが、ここで問題がひとつある。その肝心の魔王なのじゃが――」
神様はひと呼吸いれると、こう締めくくった。
「魔王は三年ほど前、勇者に討伐されてしもうた」




