100・その先に待つもの
一年掛かった。
妖精の森を抜けてから一年だ。
俺は今、魔族領に居る。
魔族領に辿りつき、天使たちの魔力感知を頼りに、ヴェルト山を探してみれば――
そこには巨大な湖と、その中央にぽつんと半壊した城が存在する異様な光景が広がっていた。
「山はどこにもないぞ」
「強大な魔法が使用された痕跡があります。おそらくあの湖が山のあった場所でしょう。山ごと消えたのではないでしょうか」
「サーラがやったのか?」
「それは分かりませんけど、サーラはあの城に居ます。まだ魔王ではありません。ですが、魔王の匂いはします」
「なんてこった。やはりサーラは魔王になりかけているのか」
ジークの記憶の、サーラとの邂逅シーンが蘇る。
あの時、サーラは確かに言っていた。魔王になるみたい……と。
「アラン、ここまで来て言うのもなんですが、わたくしとニナ、ルルさえ入れても、今のサーラに太刀打ちできるとは思えません」
「泣き言はなしだ。サーラは待っている。俺は行く。怖気づいたなら勝手にしろ」
「申し訳ありませんアラン。そんなつもりでは……もちろんわたくしも行きます」
フォウは袖口から一艘の小型の船を取り出し、湖に浮かべた。
俺たち四人が乗るのに、ちょうどいい大きさだ。
俺は泳いででも行くつもりだったが、フォウの引出しの豊富さは、今に始まった事でもない。
さして驚きもせずに乗り込んだ。
櫂が左右にある手漕ぎの船だ。俺は中央に乗り込み、櫂を漕ぎ始めた。
巨大な湖は青黒く、深く、底が知れない。小波がさざめき、細かく泡立てる。
この先に待つサーラは、俺たちを迎え入れるだろうか。
それとも敵対するものになっているのだろうか。
サーラはジークに、アランたちを連れてきて、と言っていた。
それは俺を殺すためなのか、自らが殺されるためなのか。
四天王を倒してサーラのチカラは解放された。だがそれで魔王にはならなかった。
魔王になるための条件とは?
ある予感が脳裏を掠める。
それは俺を殺す事ではないのか?
とてつもない数値を秘めた、俺のマイナス値が必要なのではないのか?
俺の知っているサーラが、そんな恐ろしい事を考えるはずもない。
だが、ジークの見たサーラはまるで別人だ。
その冷たい視線は、すべてを凍てつかせるような、闇から覗かせる目だ。
「行けば、分かる」
城まで一時間掛けて辿り着いた。
適当な場所に船を着け、俺たちは城へ乗り込む。
薄暗い廊下を進めば、この先に待つ者を思い、鼓動が激しく高鳴り、嫌な汗が噴き出してくる。
本心をぶちまけてしまえば、こんな所に居たくなんかない。すぐにでも戻りたい。先に進みたくない。
怖い。怖い。怖い!
サーラが魔王になるのが怖い。サーラに拒絶されるのが怖い。サーラに殺されるのが怖い。
廊下の先から魔力の無い俺でも分かる、おぞましいオーラの波動を感じる。
足が……重い。
それは魔の波動のせいなのか。自分の惰弱な心から来るものなのか。
一歩ずつ恐怖が増して行く。
一歩ずつ終わりに近づいて行く。
ああ、俺はこんな所で何をしているのだ。
こんなにも死に近い場所で、何をしているのだ。
魔力も無い俺が、いったい何をしようとしているのだ――
「アランしっかりして下さい。さっきの覚悟はどこへ行きました?」
俺の弱気を察したフォウが、俺の腕を軽く殴ってきた。
「なの!」
ニナが俺に補助魔法を掛けてきた。恐怖が薄れた気がした。
こいつ、そんな魔法も使えるなんて、俺は知らなかったぞ。
ボフンとルルが竜の姿に変え、既に戦闘態勢に入った。
「扉です。アラン」
俺たちはおそらく、玉座の間の扉の前に辿り着いた。
扉の向こうのおぞましい妖気が、ひしひしと肌に伝わってくる。
そうだ。俺はサーラに会いにきたのだ。
魔王なんかに用はない。
サーラを連れて帰るのが俺の役目だ。
この先に何が待っていようとも、引き返す事など在り得なかった。
俺は大きく息を吸い、緩やかに吐き出す。
そして――
運命の扉を開けた。




