99・サーラ 嘆き
わたし……
わたし……
先程、この城に竜が飛んできました。
その竜は背中から、勇者様パーティー三人と、なんとお婆様を降ろして、飛び去っていきました。
お婆様が……何故!?
三人とお婆様は、わたしの前までやってきました。わたしは玉座に座ったままです。
お婆様! わたしの言葉は声に出ませんでした。
もうひとりのわたしが、お婆様を冷たく見つめています。
「サーラよ、その目は既にサーラではないのだね。ごめんよサーラ。ワシはおぬしに酷い仕打ちをしてしまったようじゃ」
お婆様! わたしはここです! サーラはここに居ます!
「洞窟のじじいから、お前さんが魔王になりかけていると聞いたのじゃ。ワシは確かめねばと思い、竜王の防具を持つ勇者に竜を呼んでもらい、お前さんの魔力を辿ってここまで来たのじゃ。まさかこんな所にひとりぼっちで居るとはのお」
「ふっ。魔王復活とか聞いて、勇者の僕としても聞き流せなくてね。お婆さんと一緒に来てみたのだよ(笑)」
だめ! 早く逃げて! みんな……殺されてしまう。ほら……後ろの魔法使いさんが二人……もう。
「こ、これは!?」
勇者様パーティーの魔法使いの男性と女性が、わたしの『威圧』を受けて、ショック死してしまいました。
ごめんなさい! ごめんなさい! わたし……わたしがやったのですね……。
お婆様と勇者様には、『威圧』は効かないようです。
「サーラよ、お前さんが完全に魔王となる前に、せめてワシの手で……サーラを手にかけた後はワシも逝く。冥府で逢おうぞ、サーラよ」
お婆様! なんて事を言うのですか……わたしはもう死んでも構いません……ですがお婆様までなんて……やめて下さい!
「勇者よ。貴様のその剣は飾りではないのじゃろ? ならばせめてワシが魔法を発動するまで、時間を稼ぐがよい」
「ほう。僕がお婆さんの時間稼ぎだって? 構いませんよ? だが、そのまま僕が倒してしまってもいいのだろう!?(笑)」
勇者様がそのエクスなんとかの剣を振り上げて、わたしに迫ってきます。
お婆様は詠唱に入りました。お婆様が詠唱を唱える魔法など、極大魔法しかありません。
それが……わたしを……倒すための魔法だなんて!
「うおおおおおお!!!(笑)」
薄ら笑いの勇者様がエクスなんとかの剣で斬り付けてきました。
わたしは座ったまま、それを見ているだけでした。
剣が結界に接触してガキンと撥ね返されます。もう一人のわたしがその侵入を許しません。
キンキンキンキンキン!――と何度も何度もその剣を振り下ろしますが、勇者様の剣ではわたしの結界は壊せないようです。
もう一人のわたしは、何を考えているのでしょう。
しばらくその光景を、見ているだけでした。
お婆様の詠唱は、続きます。
「斬!!!」
勇者様が、何かのスキルを発動させたようです。
剣の先から迸る閃光は、激しく光を帯び、わたしに迫ります。
甲高い音を響かせ、その攻撃は結界に弾かれて城の上方へ向けて走り、その天井を破壊して空高く消えていきました。
「これでも駄目だとぉ!?」
わたしは左手を勇者様に向けていました。
「ぐおおおお!」
勇者様は見えないチカラで、首を絞めつけられました。
よく、見えない手に掴まれる、と表現される事がありますが、実際はそんなに単純な魔法ではありません。
風魔法と空間魔法の複合技なのです。
「勇者よ、すまぬな。ワシは今手を貸せぬ。先に逝っておれ」
ボキリと勇者様の首が折れた音が聞こえた瞬間、お婆様が浮かび上がりました。
全身がオーラに包まれています。詠唱が終わったようです。
手にはわたしの知らない杖が握られています。
ああ。お婆様に大魔導師の杖を渡せたら……わたしは死ねたかもしれなかったのに。
「サーラよ。これは何代か前の勇者が使ったという、次元魔法じゃ。こればかりはお前さんにも教えてはおらん。まさか見せる事があるとも思わんかった。しかも……サーラに向けてなど……」
お婆様は泣いていました。
ああ。お婆様。どうかわたしを殺して下さい!
そしてお婆様は生きてください!
わたしは玉座から立ち上がりました。
左手をお婆様に向けます。
やめて! やめて! わたし!
わたしは何とか、もうひとりの自分を抑えつけようとしていました。
わたしの体でしょう!? 言う事を……きいて! おねがいだから!
「お……婆さ……ま」
「サーラよ! 許しておくれ!」
わたしは自分が発動しようとした魔法をなんとか押さえつけました。
そしてお婆様の次元魔法が炸裂します。
空間が歪み、時間が止まり、色が消え、重さもなくなり、自分がどこに存在しているのかも分からなくなります。
この世界の理が解かれ、構成されたすべての変数が書き換えられ、光りが戻る頃には、私は違う世界に存在するはずです。それがあの世なのか、違う星なのか、この世界の粒子なのか分かりません。
ですがわたしは覚醒した時から、この魔法さえも理解していました。
そして……今わたしの手には、大魔導師の杖が握られています。
それが何を意味するのか。
わたしには分かり切っていました。
今のわたしを打ち破るためには、わたし以上の魔力と、大魔導師の杖と同等の杖を持って、初めて対抗できるのです。
ああ、世界に光が戻ります。
わたしの存在は消失していませんでした。
元の世界にそのまま存在しています。
そのかわり、この城を除いて、山が丸ごと消えていました。
山が消え、周辺の湖から水が大量に流れ込み、今や巨大な湖のその中央に、城が建っている状態です。
勇者様もお婆様も、その姿はもうありません。
お婆様の次元魔法は、発動させた者も飲み込んでしまいました。
この世界とは違う世界に、閉じ込められたはずです。
それは決して、誰も行き着く事も、見る事もできない世界です。
わたし……わたしは――
ただ、ただ――
泣いていました。




