9・洞窟
ニナの案内で道を進むとやがて、街道から少しずつ外れだした。何を目印にしているのか分からないが、彼女の足取りに迷いはない。
様々な植物が生い茂る場所を抜けると、やがて大きな湖に出た。その先に岩山が見える。おそらくあの岩山に洞窟があるのだろう。
湖を迂回して岩山にたどり着くと――
「あそこなのー」
――と、ニナはある場所を指さした。そこには洞窟の入り口と思われる穴が見える。
「ここか?」
「うん。入るなの」
「ちょ、ちょっと待てニナ」
俺は慌ててニナを呼び止める。俺は躊躇った。なぜならそこは、あまりにも禍々しい雰囲気に覆われていて、洞窟の入り口からは黒いもやのようなものさえ漂っているのが、はっきりと見える程なのだ。
「大丈夫なのか?」
俺は冷や汗をかき、そして思い出した。先ほどの盗賊が言っていた事を……たしかランクAがどうとか。
もしここがランクA指定の洞窟だとしたら、俺なんかが近寄っていい場所ではない。
ランクB以下が入っても命の保証はありませんよ、という事なのだ。そして俺のランクはE。
ランクEがランクA指定の洞窟に入るというのは、ほとんど自殺行為だ。
「だいじょぶなの」
なにを心配してるの? そんな顔でニナは言う。
……そうだな、ニナが一緒なら平気なのかもしれない。何度もここに来ているようだし。
情けない事だが、彼女頼りで行くしかないようだ。
「盗賊どもは確か、カミノイワヤと言っていたが、ここがそうなのか?」
「ニナはしらなーい。なの」
「そうか、ならいい。行こう」
俺は覚悟を決めて、洞窟の入り口に向かった。
入ってすぐに、中が意外と明るい事に驚いた。洞窟の内壁に含まれる蛍光鉱石が何かに反応して輝いている。
それが洞窟内を充分に明るく満たしていた。
同時に俺は洞窟に向かうというのに、照明道具さえ用意していなかった事に気がついた。
ニナの小屋にランタンなどあったかどうかも怪しいが、考えなしだったと反省しつつ、黙って彼女の後を追う。
妖気とも言える禍々しさは進むにつれて次第に大きくなり、目に見えない重圧に息苦しくなりながら、黙々と進んだ。
洞窟内の道幅はかなり広く、大人が四人並んで歩けるほどの幅はある。
いくつもの分岐もあったが、ニナは迷わず進むべき道を選んでいるようだ。
しばらく何事もなく進んでいると、道の先に赤く光るものが見えた。
その光点はしだいに数を増し、数えきれないほどの赤が行く手を覆い尽くした。
「なんだあれは」
「たぶん、うるふなの」
こともなげに言うニナの言葉に戦慄した。あの赤い光はウルフの目なのだろう。
そうだとしたらあの数は、いったい何匹いるというのだ。
ウルフ。そう呼ばれるものには二種類いる。森に住む動物のウルフと、魔獣のウルフだ。どちらも元は同じものらしい。
動物のウルフがある特定の条件を満たした時、凶暴化して魔獣になると言われている。今までに遭遇した事はないが、俺が倒せる相手でないのは想像に難くない。
そしてこんな禍々しい雰囲気の場所で出会うのが、後者であるのは疑いようもない。
「倒せるのか?」
情けないが俺はもう、ニナに頼るしかないのだ。
「なにもしないなの」
何もしないって、ニナが? 魔獣が? 彼女の言う事はいつも理解に苦しむ。
命の危険を目の前にして、俺は心中穏やかではいられない。魔獣のウルフが出会った人間を襲わないなど聞いた事がない。
赤い光点は今やその姿を徐々に現して、ウルフのシルエットが覗える。
何十匹も居るであろうその影に、俺は恐怖した。
だがそれは今、ニナの先ほどの言葉を証明するかのように、少しずづ散開してゆく。
「ウルフが……逃げて行く?」
俺たちを襲うどころかウルフたちはしだいに数を減らし、やがて居なくなった。
あれは確実にこちらを認識していたはずだ。それなのに何もしないで去ってくれた。
俺は安堵してニナから話を聞いてみると、なんとも的の得ない答えが返ってきた。
はっきり言って何を言ってるのかわからない。
「ニナがこうで~」「あれがあ~で~」「なの~」
こんな感じだ。それを俺はなんとか頭の中でまとめ上げ、想像しながら足りない言葉を補って結論付けた。
どうやらニナは魔獣たちに対して、意識的に『威圧』を増幅し、強化できるらしい。
本人曰く、「むっ」ってやればいいという。
それが魔法なのかはわからないが実際、洞窟を進んで行く中で色々な魔物たちに出会ったが、それらはみな、彼女を見止めると襲ってくるどころか逃げ去ってゆくのだ。
吸血蝙蝠も洞窟ワームもウルフも俺の知らない見たこともない魔獣たちも、すべてニナを避けていた。
こうなるともう、ニナの強さを認めるしかない。間違いなくAランク以上の実力者なのだ。
Aランク指定の洞窟の魔物たちが手を出せないほどに。
いくら威圧したところで、魔物が自分より劣ると感じた相手に、引くわけがないのだから。
いつしか俺たちは、洞窟の行き止まりで立ち止っていた。いや、行き止まりではなかった。
岩の壁にはなぜか扉が埋め込まれていた。普通に木で出来た扉なのだが、やけに場違いな感じがした。
「着いたの」
ニナは扉のノブに手をかけて回す。鍵はかかっていないようだ。
ギギギと軋む音を響かせながらそれは開く。
ニナの後ろから覗き込むと、そこには広い空間が広がっていた。




