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見えない壁を殴り隊

 さて、犬の姿になってから一夜明けて今の俺の姿は……。


『元に戻ってる……?』


 見えない壁に体を押し当てると、元の姿に戻っている。

 どうやら俺の姿は、アザレアが思い描いたものに変質するらしく、昨日はサプライズで飼う事になった犬の影響か俺自身が犬になっていたらしい。

 ちなみに犬の名前は……。


「チシロ~」

「お嬢様っ、走っては危険です!?」


 どういうわけか、俺の名前になっていた。今日も元気に走り回る犬の後ろをついて歩くアザレアに少し和んでしまう。

 名付け親はもちろんアザレア。あれまちがいなく妹のツツジだよな? そうなると俺がいない寂しさを今はあの犬でまぎれさせてるって事だよな。

 俺としても早くあいつの所に行って「大丈夫だよ」って言ってあげたい。姿のない事がこんなに空しく思うとは思って見なかった。


『今日も鍛錬がんばるか……』


 アザレアの無事を確認した後、いつも通りに見えない壁のところで俺は鍛錬を始める。

 いつも通りに体を動かす感覚を覚えるように体の端から端まで動く感覚を確認。昨日みたいな異常がない事を確認した後、父親に習った我流戦法を一通りこなしていき、最後に脳内に残る父親との組み手を思い出しながら、なぞり稽古に勤しむ。そこまで行った後、体のクールタイムを行い最後に見えない壁に一撃正拳突きらしきストレートを入れてから、アザレアの所に帰る。

 最後の見えない壁殴りは意味などなく、ただなんとなく鍛錬のしめに行う事が日課になっているだけの事。けっしてマゾで痛みを感じたいから殴っているという事はない。

 ただ、たまにユーストマが連れてくる客人の子がアザレアと仲良くしているところを見た後は普段の数割り増しで強く殴ってすっきりしたりする事もある。


 そんな生活を初めて3ヶ月、俺は鍛錬の時間をアザレアが寝ている深夜に行う事になっていた。

 理由は、最近になって変な噂が流れるようになったからだ。

 何でも、昼間アザレアが寝ている時に庭の剪定していた庭師が庭園の途中で蠢く気配と透明なものを感じたと言い出したのが始まりである。 

 その調査を憑いて見ていたら、どうやら俺がいつも鍛錬している辺りである事がわかり、その場を調べていた魔導師がここに霊がいて何かをしていると言うものだから、昼間の鍛錬もしないようにしようと決意したのである。

 魔導師の話を聞く限り、その場にいる霊は悪いものではなく、守護霊に近いものだという話らしい。

 それについては俺も安心していた。これで怨霊とか悪霊とかだったら、俺は彼女から離れて見守るしかできなくなってしまう。と言うか最悪退治されかねない。


 そんなわけで、庭師の方に迷惑もかけられないので鍛錬はアザレアが寝静まった安全な夜に行うことにしたのだ。

 しかし、夜は夜で見張りの兵士が歩いており、俺は見つからないように兵士達の気配を探りながら鍛錬するようになっていた。

 これが、めちゃくちゃ難しくて、最初のうちは気付けなくて兵士に何度か接近してしまったりしていたが、1ヶ月もしたら慣れてしまい、今では屋敷全域に誰がどこにいるとかも感じ取ってしまうようになっていた。

 これには俺も驚いて、自分の神経を疑った。達人の領域に達していない俺がこうも容易く気配察知を会得してしまって良いのかとも思ったが、肉体のない霊的存在だから覚えるのも早いのかと無理矢理納得することにした。

 霊的に覚えるのが早いなら、知識も詰め込んだほうがいいかもしれないな。

 俺はアザレアが読み聞かせられてる絵本を一緒に見ながら文字を覚えようと行動を始める。

 しかし、触れられないからと言ってカルミアの胸の所から自分の視点を出して見ているのはなんだかそわそわしてしまう。なにせ妹以外の女性とは触れ合うなんてほとんどなかったんだ。こんな胸に顔を埋めているような体制でいるのは顔が熱くなってしまう。

 それでも俺は、絵本に書かれている文字を覚えようとカルミアの言葉に合わせて文字を目でなぞっていく。これがなかなかどうして読む口調がゆっくりで丁寧なもんだから文字がわかりやすくて助かる。

 絵本が読み終わった後、アザレアは眠っているのか寝息をたてている。その姿に安心したカルミアはゆっくりと部屋のドアに近づき、外に出る前に「おやすみ」と呟いていなくなる。

 それから、数分後アザレアは突如起き出した。見た目は幼子でも中身は中学生のツツジが絵本眠るわけもなく、寝たふりをしてカルミアがいなくなるのを待っていたのだろう。

 カルミアが置いて行った絵本を広げ一心不乱に読み始める。先ほどカルミアが読んだ言葉をアザレアは自分で呟きながら、書いてある文字を指でなぞっていく。

 なにを思ってそんな事をし始めたのかわかんないが俺は、アザレアが読んでる絵本をまた眺めるべくアザレアの頭上に移動してアザレアのぶつぶつと呟く言葉をBGMに文字を覚えようとした。


 それからさらに数週間が経ち、俺はいつも通りに見えない壁相手に型の練習で殴りつけていた。最近では殴っても痛くなくそれだけ俺のこぶしが強くなったんだなって感慨深くなってしまう。

 この調子なら、いつかこの壁も砕けるようになるのでは? そしたら外の世界を少し見てくるのもいいかもしれない。最近ではアザレアも護身用にカルミアからこの世界にある魔法を教えてもらっている。

 幼い子供がこんな早くに魔法を教わる事はまずないらしい。アザレアが教えてもらっているのは文字を覚えていろいろな書物を読むようになった事が要因となっている。

 アザレアは自ら文字を覚えて、書斎にある本を片っ端から読むこむ様になっていた。まだ全体の1割にも達していないがその中の魔道書を読んでしまったせいで、アザレアは魔法適正に目覚めてしまい親達は慌てて魔法の制御のしかたを教える事となった。

 アザレアは教えた事をどんどんとこなしていくせいで親達は自分の子供を天才と他の貴族に自慢してまわった。実際3才になっていない子供がこんなに早く魔法を使い始めるなんて事は歴史上なかったらしい。

 他の貴族の前で初級ではあるが魔法を制御して見せたアザレアを貴族は天才と褒め称え、神童として王宮にもアザレアの名は広がる事となった。

 そのせいか、王宮でアザレアより2年早く生まれてる王子の婚約候補にという話も持ち上がった。だが、アザレアの両親は貴族でありながら恋愛結婚をして幸せになった経緯から、アザレアにも好きになった人と結婚して欲しいという希望もあって婚約の話はやんわりと断りを入れていた。

 俺も同じように魔法を使ってみようとするがやっぱり何の反応もなく使用できない事がわかった。ほんとにこの体はいったい何ならできるんだ?


 俺の壁殴りももうすぐ半年に差しかかる頃には、最初感じていた痛みも感じなくなり、壁も殴る度に、少し形が変わるようになった。

 それが成長しているという実感にもなってその度に壁を殴る勢いにも躊躇いが無くなっていく。

 アザレアが魔法の練習をしてる時は、いつも壁を殴りに来ている。あの子の魔法が俺のいる空間に当たった時、死ぬかと思うほどの痛みで失神してしまった。どうやらこの体も魔法とかは当たるらしく何度か試して見たけどあの痛みにはなれないと実感している。

 なので、今日も俺は元気に壁を殴り続ける。

 今までは、ただ殴るだけだったが今日は半年の記念に我流戦法の技をのせて殴ってみようと思う。

 まずは、精神集中……。これをしないと下手な()て方になってしまい、壁へのダメージがそのまま自分に返ってきてしまうらしい。

 最初、壁を殴った時の痛みもそれが原因らしい。その事に気づいた後は壁を殴る時はまっすぐ打ち込む事を心掛ける様になった。

 今の俺は、どこまでの威力を出せるのか知りたい……。

 精神集中が終わり、いつものように腰を低くしてひねり突き出す拳をその腰に添えるように構える。

 世間一般の正拳突きではあるが、構えられる時間がある攻撃ならこれほどブレない一撃はない。集中し雑音すら聞こえない領域まで意識を一点に向ける。この鍛錬を行って気配感知と同じ位鍛え上げた精神統一、その領域は達人の域に到達できると確信があった。

 俺は、最大最高の一撃を見えない壁の一点……いつも打ちつけていた部分に向かって放った。

 拳と壁は激突した瞬間、世界に響き渡るほどの衝撃音が鳴る。その音を聞いて俺は今までにない完璧な一撃だと自負して誇らしくなる。

 拳を壁から離し、最後に息を吐き集中していた精神を元に戻す。

 その瞬間……


『なっ!?』


 見えない壁には亀裂が入り、それはどんどん大きくなって行き、打ち込んだところの罅の破片が落ちた瞬間、ガラスが割れるような喧しい音を鳴り響かせながら、目の前にあった壁は粉々に砕け散ってしまった。


 ……やっちまった。

 砕けないと踏んでいた壁は今はなく俺は、辺りを見渡す。屋敷のあちらこちらから混乱の声が聞こえてきて自分の仕出かした事に顔がひきつる感覚に見舞われる。


「まさか……領域を壊すなんて」


 その声に驚き振り返ると、そこには見た事のある丸っこい頭だけの生物がいた。

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