転生したら幽霊だった……?
書く時間があったので本日二本目
産声が聞こえる。俺は覚醒する意識の中遠くで聞こえる赤ん坊の泣き声の主を探す。
まだ目が見えず、音が聞こえるだけの俺には何が起きたのか理解することができず、戸惑うばかりでしかない。
「旦那さま~! 御生まれになられました! 元気な女の子です!」
その声から新たな命の誕生が迎えられた事を俺は悟る。
気付けば俺の目にも光の眩しさを感じるようになっている事を感じ、俺は目を開こうとする。
しかし、その目は開く事はなくそれどころか俺は身動き一つ出来ない。金縛りにでもかかっているのかと思い体に「動け!」と頭で働きかけるがそのがんばりも無駄に終わる。
「跡継ぎが生まれなかったことは残念であるが、よくがんばってくれた……カルミア」
「あなた……子を抱いてください。私達の初めての子です」
母親らしき優しき声に、子の父親は戸惑ったように「ああ」と応え生まれたばかりの我が子を怖々とした感じで抱いているのだろう。
俺もツツジを初めて抱っこした時は、おっかなびっくりした様子で抱いた。その様子に母は「もっとしっかり抱いて上げなさい」と優しくアドバイスをくれて父は「お前も妹を護れる男にならないとな」とグシャグシャと頭を撫でてくれた。
そんな事を考えていると、父親の腕の中先ほどまでおとなしかったのに大きな声で泣き出した。父親はおろおろとどうしたらいいのかわからず周りに目を巡らす。
「元気な声ね。これは健康に育ってくれることでしょう」
「ラン……どうしたらいいんだ!?」
「初めての御子だからとそんなにおどおどするのはよくありません。領主としてもっとドシッっとしなさい」
そんな二人のやりとりに、母親は優雅に笑いが聞こえてきて、その声はとても幸せそうで。
俺はその声を聞きながらかつて同じように俺の手を握って笑ってくれた母の面影を思い出す。
きっとこの人は素敵な母になるだろう。そう思うとこの場で動けない俺もなんだか嬉しくなってしまう。
「ユーストマ……」
「なんだい? カルミア」
「私を愛してくれてありがとう」
「それは私の言葉だ」
そんな二人のやりとりに先ほどランと呼ばれた女性の気配はやれやれと言いたげに父親から受け取った赤子をあやしている。
赤子の鳴き声が納まり、しばらくすると急に景色が見えるようになる。いきなりの事に戸惑いがあるが自分の状況を知る事ができる。
「ユーストマさま、見て下さい」
「どうしたんだい? ラン」
「目をお開けになっております」
景色が見えるようになっても、体が動くわけではないのだが俺は宙に浮いているらしく、俺は初めて今いるところを見ることができた。
そこは、中世の欧州を彷彿とさせる屋敷の一室、ベットや置かれている家具から見て裕福……いや、かなりの贅沢とも言えるような家庭のようだ。
俺は動けと体を動かそうとすると視線がくるりと動き外の様子を見ることができる。外はまだ明るく、庭園らしき庭には手が行き届いているのがわかるほど綺麗な花々が咲いているのが見える。
あれは、バーベナか? 妹が育てていたな。確かあの花は4月に咲く花……と言う事は今は春なのか?
なぜか何も感じられない状況に俺は自分が今どんな状態なのか知りたくて自分の体を見ようとする。
『なっ!?』
思わず声が出てしまった。慌ててこの家の家主たちの方を見ると、聞こえなかったらしく今は娘の名前をどうするかで悩んでいるらしい。
そんな家主たちの様子にホッとするが、今はそんな事よりも自分の方が問題だ。
『俺の体はいったいどこにあるんだ?』
俺が向けた視線は確かにじぶんの体があるであろう所を見ているのが、そこには何もなく俺は今の状況を飲み込めずに混乱する。
なぜ体がないのか? 今の俺は夢を見ているのか? そもそもなんで俺はこの家族の幸せな一場面を眺めているのか……何よりこの状況はいつまで続くのか、もしかしたら……
『ずっとこのままかもしれない』
俺は言い様もない恐怖を感じる。見る聞く……それができても動くことができず、なによりこの状況がいつまで続くのか。俺は不安で押し潰されそうになる。
『それよりも……』
一番怖いのが、このままツツジに……最愛の妹に会えないのではないか……。あいつを一人にしてしまうのではないか……。
そのことが俺の心を占めようとした瞬間。俺の頭の中でこんな状況になる前の情景がフラッシュバックする。
『ご、ごめ……ん、な……さい、おにいさま』
思い出したくなかった。俺は……妹を護ることも……約束を守ることも出来なかった。
――――妹は死んだんだ……。
俺は体から力が抜けていく感覚に、「もうどうでもいい」と心を閉ざし、この夢が早く終わる事を祈って眠るように目を閉じた。
それから、どれくらいの時間が流れただろう。生まれたばかりの赤子は今でははいはいができるようになった。そんな様子を眺めながら、俺は茫然とまだ続く夢に飽き飽きしていた。
少しは体の様な感覚は動くようになった。それでも俺は何かするわけでもなく、ただその赤子を眺めているだけだった。
見ているとこの子の事やこの屋敷の住人の事ががいろいろ聞こえてくる。この子名前はアザレアと呼ばれている。この場所『人間界』の領地『ランゲンフィルド』の伯爵ユーストマ・シュテンとカルミア・シュテンの一人娘。話を聞いているとこの両親、貴族が通う学院で出会い恋愛の末に結婚して今に至るらしい。たまに訪ねてくるほかの貴族との話でいやというほど聞かされた。
そして俺はやる事もないのでこの子を見つめているとわかった事がある。
この子は毎日なにかを探している。自分が動ける限界に回りをキョロキョロ見回してはぐずついて泣き出している。
何もなく泣き出す我が子に親達はこの子は見えないなにかに怯えているのではと心配している光景が何度も見えた。
一度は、高名な宮廷魔術師なる者が来てこの子を見たが特に異常はない。むしろ、健康に育っていると太鼓判を押すくらいであった。
よく泣くこの子の声がわずわらしく感じ、俺は動くようになった腕らしき感覚で耳があるであろう部分を覆ってもその声は小さくならず喧しさはそのままだ。
そんなアザレアに、俺はいい加減さよならしたいと思いはじめていた。
それから少し月日が流れ、カルミアがアザレアに母乳を上げている。
アザレアはお腹いっぱいになったのか、飲むのをやめ小さくげっぷをした後、カルミアは我が子を寝かそうと揺り篭のようなベビーベットに近づいた時、
「にいに!」
アザレアは初めて喋った。
その事にカルミアは喜んで、使用人のランに「アザレアが喋った」喜んで見せた。
しかし、それと同時に首を傾げる。それもそのはずだ、この家にはアザレアが言う「にいに」……つまり兄と言う存在はいない……この家の長子はアザレアなのだから。
だが、アザレアはずっと同じように「にいに」と口にするものだから、この子には何か見えているのではないかカルミアはそう不安になっていた。
俺はその言葉を聴いた瞬間、昔妹が幼い時にいつも俺の事をにいにと呼んで後ろをついてきてくれた事を思い出す。
俺は「まさかな」とその可能性はないと自分に言い聞かせ、それでももしかしたらとアザレアに手を伸ばす。
その手はアザレアに触れることなくすり抜ける。その瞬間……
『笑った?』
いつも起きては不安そうな顔をして泣いていたアザレアが初めて笑ったのである。
そして嬉しそうに「にいに!」と続けて言う声に俺は泣きたくなる感覚に見舞われる。
『もしかして……ツツジ……なのか?』
もし……もしもそうだとしたら……。
俺は笑うアザレアに妹を失ってずっと止まっていた時間が動き出す予感を感じる。
『今度は護りきろう……何からでも護れるそんな存在になろう』
そうと決まったらやる事は決まっている。
まずは今の状況の打破だ。触れる事も出来ないでは、いざと言う時に護る事も出来ない。俺はどうすれば自らの肉体を見てるのかを考え始めた。
このまま傍観者では居られない。俺は動ける感覚をより明確に意識するようになっていった。