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最愛の妹

こちらは人気が出ない限り不定期な投稿になります

「明日からもう来ないでいいよ」


 このバイトを始めて一ヶ月……

 俺、守屋もりやチシロは客を殴り飛ばすと言う失態をまたしてしまいして解雇通告(クビ)を言い渡されてしまった。

 先輩の女性店員にちょっかいをかけているたちの悪い酔っぱらいの客に俺は許せず、守ろうと間に入りその先輩を逃がすまでは良かったのだが、その後その客はなんやかんや言いがかりをつけてきて次第にヒートアップ。最後にはこちらに殴りかかってきた。

 俺は押さえようとその客に手を伸ばしたところ、よろけた客の顔面に俺の手がクリーンヒットしてしまい、客はそのまま気絶……救急車が来るなんて騒ぎになってしまった。

 お店の方も昔からの俺の粗暴を面接の時点で知っていて、庇うこともせずさっきのとおり、解雇通告(クビ)で片付けてしまったのだ。


「あの……守屋くん……」

「先輩、お怪我はしていませんか? 怖い思いさせてしまってごめんなさい」


 一応このお店で先輩であるため使い慣れていない敬語を使っているがいつボロが出るかわからない。

 早々に引き上げてしまおうと思っているのだが、先輩は何も言ってくれずにうつむいているだけだ。


「俺、帰りますね。短い間でしたがお世話になりました」

「守屋君……ごめんね。私がちゃんと対応できていれば辞めなくても良かったのに」

「気にしないでください。困っている人がいたら護ってやれって死んだ親父も言ってましたから」


 気まずい空気にいたたまれなくなって、俺は先輩に「さようなら」と告げて、事務所から外に出る。

 先輩も何か言いたそうにしていたが、引き止めることもなくそのまま俯いているだけだった。




 お店を辞めた事でまた明日から仕事探しをしないといけない。

 両親が海外で起きたテロにまき込まれ還らぬ人となってから俺は高校を卒業後すぐに仕事を探し始めた。学生の時、俺は粗暴が悪くよく喧嘩ばかりしていた所謂悪ガキだったのだが、そのせいで仕事にはありつけず日々をアルバイトで生計を立てている。

 両親の遺産は残っている。だが、これは使うべき所が決まっているので手をつけるつもりはない。

 俺にとって、両親の遺産はいつかくる大切な時の為に使うと決めている。


「お兄様ーっ!」


 俺を元気に呼ぶその声に、俺は片手を上げて返事をする。

 色素の薄い髪が夕方に灯る電灯に輝く。俺が近づくと懐いている子犬のように俺の腕にしがみつき屈託のない笑顔を俺に見せてくれる。


「お兄様、お仕事お疲れさまです」


 唯一の肉親で俺の愛すべき妹ツツジ。

 妹はまだ小学生で、これからも学費がいる。両親の遺産はツツジのために使うべくとっておくと誓いをたてた。それに妹は体が弱く、その医療費だって馬鹿にはできない。もしもの時金がないなんて事があってはならないと俺はお金を稼いでいる。


「どうしたのです。お兄様?」

「ああっ……兄ちゃんまた仕事ダメになっちゃったんだ」

「どうして?」

「客に絡まれていた人を助けるために、また叩いちゃってな。兄ちゃんまた仕事探さなきゃいけないんだ」

「お兄様は悪くありませんわ。困っている人がいたら助ける。お父様だって言っていました」


 妹は背伸びをして俺の頭を撫でてくれようとするが、届かずに少しむくれた顔する。その顔がかわいくて俺は苦笑を浮かべながら屈み、妹のしたいようにさせてやる。


「お兄様。また良い仕事につけますわ」

「ありがとな、ツツジ」


 この笑顔を護るためなら、俺はどんな事だってやれる。そう思わせてくれるほどにツツジはかけがいのない存在なのだ。


「お兄様、明日は一緒に病院に来てくれますか?」

「もちろん、明日は病院の検査が良かったらそれでしばらくは問題ないって話だ。終わった後、一緒に買い物に行くか」

「よろしいのですか?」

「当たり前だろ」


 妹の華やぐ笑顔を見つめながら、この子と一緒の時間がずっと続くようにと願うばかりである。

 明日は妹の為に奮発しよう。いつもは俺の料理ばかりだが、珍しく外食にしよう。ツツジの好きなアイスも明日は5段。ツツジは笑って「こんなに食べられないよ」って言うだろうが、そんなの気にしない。

 もうすぐ、妹も小学校を卒業して、中学校に通うことになる。感謝の意味も籠めて明日はめいいっぱい楽しんでもらうんだ。




 今日は快晴であり、お出かけ日和である。病院の検査の後、ツツジと一緒に街に繰り出すのにはうってつけな日だ。


「お兄様、バスが着ました♪」

「ああ、行こうか」


 ツツジも今日の事を思ってワクワクしているのか、いつも以上のはしゃぎっぷりに、これなら検査の方も問題ないって言ってもらえるはずだ。

 ツツジが病院で検査している内に銀行に行ってお金を準備しておこう。頭の中では今日の回る順序に思いを巡らせながら、ツツジの通う病院前でバスから降りる。

 ツツジが腕に抱きつくようにしがみつき、いつもの事でなれている俺はそのままさせるがままにして病院に入る。


「守屋様、おはようございます。今日も仲がよろしいですね」

「おはようございます、兄妹仲がいいのは当たり前でしょう?」

「はいはい……ツツジちゃんもおはよう、体に変なとことかない?」

「おはようございます。至って元気ですわ!」


 ツツジの様子に看護士さんも「元気いっぱいね」と応えて、いつも通りに担当の先生を呼んでくれた。

 先生にツツジの事を任せて、俺は妹との買いもののための軍資金をとりに最寄の銀行に向かって行った。

 今日ぐらいは贅沢しても良いよな、親父達の遺産からも少しおろそう。銀行にたどり着き、受付で引き落としを頼んでロビーで座って待っている。朝早くではあるけど、病院に通っているお年寄りの多くの人がお金を下ろすために受付で手続きをしている。

 待っている間暇だなと、外の病院の方を見ようとすると、外にはいかにも怪しげな男が乱れた息遣いで彷徨っているのが見える。

 なんだろうかと観察していると、男は銀行に入ってきてそのまま受付に向かいそこで手続きをしていたばあさんを引き倒す。


「金を出せ……今すぐこのバックに金を詰めろ!!!」


 男はバックから銃を取り出し、銀行員を脅しかける。悲鳴を上げながら逃げようとするお年よりのほうに銃口を向け、けたたましい銃声の音を轟かせる。弾の当たったお年よりはそのまま倒れ動かなくなる、当たり所が悪かったのだろう。

 だが、あの男が撃ったせいであれが本物だとわかり銀行員やガードマンの人も手出しができなくなってしまった。


「みょ妙な真似をするなよ! したらそいつもぶっ殺すぞ!」


 少しろれつの回ってない男の目は血走り、銃を四方八方に向けて銀行の中にいる者に脅しをかける。

 お年寄りは怯えて、その場に蹲り、ガードマン達は何が起きても動けるように身構えている。


「ど、どうした!? 早く金を詰めろ!!!」


 銀行員に脅しかける強盗に怯えてしまった人のかわりに後ろにいる中年の男が部下に金を持ってくるようにと指示を出す。動こうとした銀行員、それに向かって強盗はまた銃を撃つ。


「妙な動きをするなって言ってるんだろうが!?」


 撃たれた銀行員は撃たれた場所を押さえ苦痛な声を漏らし蹲る。そんな姿に興味をなくしたのか強盗はまた受付の人に銃を向ける。


「早く金を詰めろ! しにたいのか!?」

「こ、ここにはお金がありません……」


 その言葉に苛立ちを見せた強盗はまたも銃を撃とうと引鉄に手をつける。


「本当だ! 金は奥の金庫に入っている。今取りに行かせるから待ってくれないか!」


 奥にいる中年の男が叫ぶと、強盗は銃をその男に向けて血走った目で観察する。いつ撃たれるかわかんない状況に全員がひやひやした心持ちで見つめている。

 下手な刺激は強盗を興奮させるだけだ。ここはおとなしくしたがってあいつが去るのを待つしかない。誰も危険に飛び込みたくない。

 その時……、入り口が開く音がする。この日俺は神を呪った……なんで今日なのか? なんでこんな早くに? 運命のいたずらに俺は入り口を見て絶望する。


「お兄様~、検査終わりましたわよ~」


 外から入ってきたツツジに、強盗は銃を向ける。今の状況をのみこめずツツジは戸惑った表情で辺りを見渡すが、どうすることもできずに今にも怖さで泣き出しそうである。


「そこの小娘! こっちに来い!!!」


 強盗はツツジを呼びたてる、だが、状況を理解できてないツツジは恐怖で怯えながら首を横に振る事しか出来ずにそんなツツジに強盗は苛立ち、


「早く来い! ぶっ殺すぞ!!!」


 その言葉に俺は怒りを感じ強盗を殴り飛ばしてやりたい感情で動きそうになる。


「そこの男も変な事するなよ!!!」


 俺の動きを感知したのか、強盗は俺に銃を向けて吠え立てる。その状況にツツジは息をのみ走って強盗の腕にしがみつく。


「お兄様に酷い事しないで!!!」


 ツツジにしがみつかれた強盗は、ツツジの頭を殴って離させてそのまま人質を取るようにツツジに銃を向ける。ツツジが殴られた瞬間、俺は怒りに任せて強盗に殴りかかる。


「てめ……」

「オラァッ!」


 殴られた衝撃で強盗は銃を取り落とし、急いで拾おうとツツジから離れる。その隙に追い討ちをかけるべく。銃を拾おうと四つん這いに近い体制になっていた男に飛び乗り、その頭部めがけて拳を繰り出す。

 何度も何度も殴り続けた。男の反応が小さくなっていく中、これで妹は救えると思った時、


「なめてんじゃねえぞ、このガキ!」


 男は銃を俺に向けて発砲する。とっさの事で避けられず俺の左肩に弾は当たり肉を抉りながら貫通する。

 あまりの激痛に俺は強盗から離れてしまい、床に尻もちをつく形になる。


「よくもやってくれたな……このガキが!!!」


 激昂に駆られた強盗は俺に銃を向け、とどめを刺そうと引鉄を絞る。これはもうダメだと思った瞬間俺に被さるものが見えた。

 轟く銃声に俺は何が起きたのか理解してしまった。


「お、兄……さ、ま」

「つ、ツツ……ジ?」


 俺を庇うように被さる妹に、俺は頭が真っ白になる。

 なんで? どうして? と頭の中でぐるぐると渦巻く中、胸に伝わってくる濡れる感覚が俺を現実へと引き戻す。


「ツツジ!?」

「ご、ごめ……ん、な……さい、おにいさま」


 その言葉を最後にツツジは糸の切れた人形のように力なく寄りかかる形になる。

 ツツジが……死んだ? そんなの嘘だと何度も頭の中で駆け巡りただ茫然とすることしかできない。


「このガキ……馬鹿じゃねぇのか!? 庇っておっちんじまいやがった!!!」


 強盗のひげた笑いに現実に戻ってきたチシロは虚ろな目でその男を見つめる。

 こいつさえいなければ……こいつさえいなければ……。ツツジも死ななくてすんだのに。

 失った心を埋めていくように殺意がどんどん溢れてきて、ツツジの横に寝かせて、立ち上がる。


「なんだがき、まだやろうって言うの……ゲブッ!!?」


 喋り終わる前に強盗を殴る、この声を聞きたくない、この姿を見ていたくない、殺意を籠めて一撃一撃を急所に叩き込んで行く。

 最初の一撃銃を失った男はなすすべなく、チシロに殴られる事しか出来ない。もう気を失っている事も気にせず何度も何度も殴り続けた。

 骨の砕ける音、血の臭い、殴るたびに伝わる激痛、手が折れている事も気にせずに殴り続けた俺もだんだん意識が遠くなっていく。

 痛む手を繋ぎ、大きく振りかぶって強盗の頭めがけて振り下ろす。何度も殴っていた甲斐あって強盗の頭蓋骨は砕け振り下ろした拳は強盗の頭を潰す。

 強盗が動かなくなった後、肩でしていた荒げた息を整えようと呼吸を繰り返すと、だんだん意識が遠のき目の前の色が白黒になっていく。体は寒く、忘れていた撃たれた痛みが焼けるような熱さを感じさせる。

 妹を貫通していたのか俺の胸には大きな血溜まりができていた。流れた血が多すぎたのだろう俺の回りは血だらけになっており、俺は助からないと察して自然と笑みがこぼれる。


 妹が……ツツジがいない世界をこの先も生きていくなんて地獄でしかない。


 俺は体に鞭打って残された体力を振り絞り、最愛の妹の所まで歩いていく。周りからは「救急車呼べ」とか「安静にしなさい」とか声が聞こえてくるがそんな雑音気にしない。

 ツツジの元にたどり着き、その体を抱っこして俺は身近な物を背もたれのようにして腰掛ける。

 ツツジの髪を撫でてあげると、俺の血がついてしまい色素の薄い綺麗な髪が真っ赤に染まってしまう。ツツジは俺と違う髪の色を気にしていたけど、俺は妹のそんな拗ねた姿もかわいいと思ってしまっていた。


「ごめんな……。護ってやれなくて。今日はずっと一緒にいてやるって言ったのにな……」


 護れなかった後悔と何も出来なかった己への憎しみに力の入らない体でツツジの体を強く抱きしめる。

 もしも……もしも叶うなら、生まれ変わってもお前を護る俺でありたい。次こそはどんな事からもお前を護るからだから次もどうかお前の近くにいさせてくれ……。

 そろそろ限界が近いのか抱きしめていた左腕がだらりと床に落ち、しかし妹が床に落ちないように右腕は妹の腰にまわしておく。俺に寄りかかる様に眠るツツジに見つめ、俺は彼女のそばで死ねる事を、彼女を一人で逝かせなくて済んだ事を感謝しつつ、ゆっくりとまぶたを閉じる。


 生まれ変わっても俺がお前を護るから……。

 次の人生もツツジを見つけそばにいるからと誓いながら失っていく意識の最後……


『承諾……転生特典として守護とそれに見合った強さをあなたに贈与いたします』


 それが俺が聞いた、()()最後の言葉であった……。

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