魔導海兵隊兵舎
目的の峯呉駅に着いた私達を出迎えてくれたのは海軍の魔導部隊に所属する三科中尉という人だ。車も手配されているのでそれに乗り込む。その間にこれからのことを簡単に説明される。
「高藤さんの代わりに君達の面倒を見ることとなる三科だ。長旅ご苦労だった。これから海軍と君たちの関係についていろいろと説明があるが、少佐から軽く話しておくよう言付けを貰っているから到着までの間に聞いてほしい。まず君達二人とも軍の指揮下に入ってもらう手はずになっている。しかしあくまで書類上の立場を明確にする為の処置だから君たちは何も心配しなくてもいい」
三科さん曰く、私達二人共海軍直属の広報部に配属になるらしい。
「君達が取材機材を扱ったことがないと聞き及んでいる。だが、君たちの存在を大きく評価してくれる人がいてね。できる限りの支援を約束しよう。あともう知っての通りだが君達は海軍の部隊に配属となる。代わり映えのない大海原ばかりで皇軍の雄姿を撮るのは熟練の人間でも一筋縄ではいかないから機材の扱い、練習にしっかり励むように」
「はい。わかりました」
「ここからは私からの他愛のない話と聞いて構わない。気を楽にして聞いてほしいのだが、海軍に所属する魔導兵は知っているかね?」
「いえ。私たちが座学で習った時は、ほとんど陸軍の配属先ばかりしか存じてません。それに魔導幼年学校から配属される先任たちも陸軍に招集されていましたので……」
「私もしらなーい」
つぐみの軽い返答をすかさずたしなめる。しかし三科中尉は気にもせず話を続ける。
「君達の言う通り魔導兵はほとんど陸軍の兵科。つまり水兵に属した魔導兵というのはほとんどいない。私も最近転属した身だ。だから海軍は我々魔導兵との交流もなければ、知識堪能ともいかない。上層部も頭の固い連中ばかりでね。だから海軍の水兵士官達に君たちの力を見せてやってほしい。君達の能力は面白いから海軍も見方を変えるやも知れん」
「そんなにうまくいくでしょうか?私達は能力不適合者です。芸者の真似事のような事しかできません」
「それでも結構だ。そういや列車で何か面白いことが起こったと耳にしてね。乗客はとても興味津々だったらしいから、海軍の士官も喜ぶかも知れないと思ったまでのことだよ」
うっ……。私達が能力芸したのばれてる……。つぐみと顔を見合わせる。つぐみのいたずらがばれた時の表情がそこにはある。可愛いけど、可愛くない。
「本来は厳罰が下る行為だが、魔導兵への規律は軍隊の中でもかなり緩い。大衆や軍内部からも色目を使われ心労が溜まり、能力の支障をきたすことを避けたいからだ。しかしその緩い規律が災いして横暴なことを許されるとはき違える愚か者も多い。両者の溝が深まるような行為はできる限り慎め」
「はい。以後気を付けます!!」
ビシッと敬礼してみせる。従軍記者とはいえこれからは軍所属の人間なので、教え込まれたような軍隊相応の恥じない振る舞いに努める。つぐみは取りあえず乗っかるようでビシッと決める。
それから軽い談話をしつつその後二〇分程度で瀬ノ内海に面する大きな軍港が構える街、乗艦するまでの間に滞在する街にたどり着いた。
峯呉は帝国拠点ともいえる東洋一と謳われる軍港。そして帝国一の軍と称される峯呉工廠を中心に大勢の人たちが軍港のために働く軍需産業の街だ。人口約40万人。大きく街を囲むように連ねる山々がこの街の由来らしい。
私たちはその後目的地で車を降り、海兵団兵舎の一室まで案内された。どうやら最近の造りのようで比較的綺麗な状態の部屋だ。しかし今更になって軍に入営した事実が実感となり湧いてくる。この兵営で過ごすとなれば、それは軍務に服す者として厳しい規律を守らなければならないといこと。軍靴、被服、雑嚢他すべてに所定の位置があり万が一置方を間違えたなんて言う日にはお尻一杯に海軍精神を注入なんてこともあり得る。魔導学校でも厳しい規律に耐え忍んだ経緯があるが、それをはるかに凌ぐ洗礼を覚悟しなければならないのだろう。
子供の私たちにだって規律の意味はわかる。しかし脳が理解してても割り切れるものでもなかった。
「うえーい。ふとーん」
これからのことを考えれば、今までの生活を送るなんて望むことすら許されないのかもしれない。つぐみは大丈夫だろうか?
だがしかしこう見えてつぐみは根は相当タフなのだ。本当はつぐみより自分の身を案じたほうがいいのかもしれない。
「つぐみちゃんここでは言葉遣いをきちんとしなきゃ。あとできる限り規律を守るように。列車のようなことがまた起こしたら私じゃ庇いきれないからね」
「じゃー一緒に怒られようよ。私がかーりーのお尻に痛いの痛いの飛んでけーしてあげる」
「あと、今日から別々に寝ると思う。そしてお風呂もどうなるかわかんないからこれからの生活に早急に慣れること」
「んー」
ちょっと不安げな表情をする。今まで散々甘やかしてきたのが裏目になったのかもわからない。魔導兵は規律が緩いといわれるがそこまで融通が利くとは思えない。こればかりはつぐみに頑張ってもらうしかない。
「私のほうからも進言してあげるから。ダメなら諦めよ?」
「うん」
私はいつものようにつぐみの頭を撫でてやる。
「せめて符の交換だけはきちんと出来るように報告してみる」
「ああ。ここにいる間は君達のしたいようにして構わない。確かにこの兵舎は魔導兵専用の施設で魔導海兵団の教班はあるが、ここは他のところとは違う集まりでね。君達は確かにこの施設を利用することになるが、多少の自由は許されるから問題ないだろう」
意外にもすんなりと要望が通る。この施設は配属待ちの魔導兵の待機施設ということで、比較的自由奔放な生活が許されているらしい。
魔導兵の規律を重んじない傾向も関係もあるが、この兵舎は建造されたばかりで空部屋も多い。未だ本格的な利用がされているわけでもなく、更に戦時下に入ったためほとんどの先住者が軍艦に乗艦したので単に宿所として使っていいとのこと。
「ここが空いているのは海軍の魔導兵軽視の結果ともいえるのだが、まあ君達にとっては好都合かも知れない。肩を張らずに自由に使ってくれて構わんよ」
三科さんから期待以上の返事にほっとする。ダメ元で伺ったのでまさか承認されるとは思ってもみなかった。
「あと機材の取り扱いもここの一室で教えるから、早ければ明日にでもとりかかるのでそのつもりでいてほしい。他に要望が無ければ今日はここまでとする」
「いえ、特にありません。ご厚意感謝いたします」
「ありがとうございます!」
私たちは厳しいしごきの世界を観ることは無いように思えた。一先ずは融通が聞くといわれたので安堵する。
「ああそれと、魔導兵達にも軽く紹介してあるから誰かにここの設備等の身の回りのことを教えてもらうといい。仮にも同じ兵舎に住まうのだから敬意を払い規律を遵守すること。彼らは練習艦による海上訓練があったはずだから帰りは少し遅いだろう。」
魔導海兵隊の人達ってどんな人たちだろうか……。正直にいうとできる限り避けたいというのが本音だ。憂さ晴らしに新入りをしごくのはどこでも一緒だと聞くから目を付けられないに越したことはない。
そういった点では、三科さんが優しい人柄だったのは有り難かった。高藤さんから後見人は教導隊の士官と聞いていたので高藤さんからの配慮だったところもあるかもしれない。
そうだ。早めにお風呂に浸かっておこう。今日はまだ誰も兵舎にいないそうだから今のうちがいい。
私は早速さっさとつぐみを連れて大風呂に向かった。




