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海は好きですか?


 海が好きか否かと問われれば好きな方である。

 しかしどんなところがと聞かれてしまうとさして尤もらしい理由はない。


 それでも好きと答えたのは、きっと波打つ海の水面や満ち引きを繰り返す広大な海原の不思議さ溢れた光景が、幼かった当時の私の脳に染みついてしまったからだろう。

 海なし地域人特有の物珍しさに惹かれてなのかもしれない。幼少の頃から特に思い入れが強かった。


 しかし自分の夢想魔術がちっぽけに思えてしまうその未知で巨大な水溜りも、勉強で知ってしまえば次第に陳腐な光景となり果て、所詮は科学的根拠にも則った自然現象の一つに過ぎなかった。

 何のことはない自然現象に抱いた好奇心も成長するにつれ薄れ失いゆくのが当然のことで、でもだからといって興味全てが失われたとは思わない。


 例えこの不可思議さがあふりれたものになったとしても。幼少期の世界のすべてを知りたいと願う探求心をなくしても無性に眺めたくなる日もあるのだ。


 人だって同じことのように思う。

 好きになる理由なんてものは誰かれも意味を欲する必要はないのだと。

 だから好きの××に至っても……んんんっ……?




 私は何をしていたんだっけ……?

 私の思考が瑣末さに浸っている時は大抵何かを忘れていたいと感じる時。つまり思い出したくないことからの現実逃避。思考を彷徨わせる私は無意識の世界に閉じ籠る。私の悪い癖。だとすれば、今の疑問に行き着いた未来はきっと不幸に違いなかった。


 このまま目を瞑ったままでいれば、嫌な思いをしないで済む。


 しかし例え知りたくもない未来でも欲してやまないのが人間の性というもので、その疑問をかき消すことは叶わない。いつものお決まりのパターンだった。


 必死の抵抗虚しく麻酔がかったような意識は徐々に鮮明となってゆく。




 まず視界に映ったのは天井に灯る電球の光。次いで見慣れない天井だ。


 さして明るくもない光源は天井全体にまでは行き届いていない為、四隅に薄暗い影を伸ばしている。

 私はこの鈍色の天井をずっと横になって眺めていたのだろう。無意識のうちにもここまでの通路と温かみのない鉄の天井だけはうっすらと覚えている。


 意識は回復し鮮明に保ちつつあるが、ここがどこなのかという肝心なことを思い出せない。身体の感覚は鼓動一つ一つまで伝わってくるが、身体も思ったように動かなかった。

 そして風邪をひいた時のような倦怠感が気がかりだった。


 ちぐはぐになった記憶を掘り返そうとしたその時、胸元から喉元までにこみあげてくる不快感に襲われる。やはり身体的な異常が起こったのだろうか?

 その時ふと、強烈に波打たれ全身に広がってゆくこの感覚をもたらした顔がふと思い浮かぶ。そう、つぐみだ。


 つぐみがいない……。


 つぐみのことが頭に浮かんだその刹那、途端に絡まった記憶がいとも簡単に解けた。ここに運び込まれた経緯も謎の倦怠感の正体もはっきりと思い出せる。



 出航の門出を迎える明くる朝。私たち二人は万全を期して輸送船に乗り込んだ。

 広報の大役をこなせるかという不安も大きいが、同時にこの聖戦を見届けることができることになったのはお払い箱の魔導士にはもったいないほど。とても栄誉のある喜ばしい事だった。


 羨望の眼差しで眺めていた幼年学校が遠い日に思えてくる。


 あの地獄の魔導兵訓練の毎日を送っているのだから、落ちこぼれにも何がおこるかわからないなとつくづく思う。


 しかし乗り込んで暫く経った頃、どうもが体調が悪くなったみたいでいささか気分が悪い。意識も朦朧としてきた。昨日うまく眠れなかったせいなのかもと思いながらも、狭い部屋で与えられた機材の点検に勤しんでいた。

 その最中、今度はつぐみも気分が悪いって言いだした。


 私は仕方なしに能力を使ってエチケット袋代わりの取り込み札を出す。そして普段の癖でつぐみの鼻をかむ紙を間違えて取り出してしまう痛恨のミスを犯してしまった。


 気が付いた頃には時すでに遅し。例え難い温かみをそのまま両手で受け止め……。私はその目の前で繰り広げられた度し難い光景に盛大につられてしまった。つまり、この胸に閊える不快感の正体は……。

 




 船酔い……。


 やっぱ海……嫌いかも……。






 私たち二人には共感相互というものがあるらしいと、医務官が書類片手にそう告げる。


 船酔いで卒倒してしまったのは二人の感覚が重なり重症化したことが原因だそうで、私はしばらくの間輸送船の医務室で横になっていた。その一方で、意識共有が途切れつぐみの症状は回復したらしい。


 特につぐみは全く船酔いしていなかったらしく、私の両手にぶちまけたら無事元気になったという。


 自分が巻き込んだようなものだけど、つぐみの体調がよくなったことを素直に喜べないのは何故だ。


「あの、私はいつ頃まで安静にすればよいのでしょうか?」


「お前さんは体調が戻るまで安静。あと共感相互が起こらないように片割れの面会も禁止だ」


 医務官からはにべもない返答を貰う。

 つぐみと別行動は困る。だけど私の体調が戻らないことにはどうのしようもなかった。


 医務官は一通りの診察を終えると医務室を後にした。念入りにチェックされたのは、恐らく私の能力の検査の意味合いもあるのだろう。




 病床者第一号は私一人しかいなかった。時刻も知らずのうちに半日以上経過している。既に消灯の時刻寸前。記念すべき航海初日に倒れてしまうとはなんとも情けなかった。


「つぐみ、大丈夫かな……」

 

 あの子が横にいないのは寂しい。兵舎でお世話になった魔導小隊は護衛船団の先頭の艦に座上しているためあの子の面倒を見てくれる人も誰もいなかった。


 ええい、つぐみだってああ見えてしっかりしてる。まずは自分の身のことを優先しないと。


 体調を崩すのは、魔導師としては絶対に避けねばならない。今回の船酔いでも護符の剥離を引き起こしてしまっていた。任務の一環として三科中尉からは搬送された物資に被害が及んでいたならそれこそ大失態だ。


 今回、能力で取り込めない容量符はつぐみの力が切れる前に張り替えながら運搬させる手はずになっていた。もし私が体調を崩して効力を失いバーストさせたらとんでもないことになる。


 しかし安静にしろというのは、決して楽なものではなかった。気分は最悪だし縦揺れが来る度に血の気が引く。やはりなによりも横につぐみがいてくれない。


「かーりーは寝ないとダメ!!」


 つぐみならそう叱ってくれるのだろうか。


 天井を眺めていると次第に眠くなってきた。意識もだいぶ遠くなって……






「ぅんにゃ……!!?」


 急にもぞもぞとしたなにかが貼り付いてきた!!つーか変な声出た。


「つぐみ……。苦しい」


 背中から伝わる体温と胸元に回された華奢で柔らかい双腕は誰何せずともわかる。医者の言い付けをそっちのけで私の元へもぐりこんできたのだろう。


「……? つぐみ?」


「……だいじょうぶ」


 半日何も知らない場所で一人っきりの環境は流石に心細かったのだろう。ぎゅーっとしがみつくつぐみホールドを私はなすがままに受け入れる。

 つぐみの気が済むまではそのままでいることにした。


「かーりー」


「ん。なに?」


「ありがと」


 何に対してのありがとうなのかは分からなかったが、詮索はする必要もない。


 しなくとも伝わってくる感情だけで十分満足だった。


 寂しい気持ちも、抱き着いた時に感じた嬉しさも触れあった肌から嫌というほど直に伝わる。そして私が抱き着かれてどんな風に思ってしまったのかもつぐみにはしっかりと伝わってしまっているのだろう。


 心地よくもこそばゆかった。


 今までも知らず知らずのうちに見落としていた感覚だったが、一度知ってしまうと感情の起伏ですら分かってしまう。

 私たちの共同生活はこの感覚に基づいて培われたものも多いのかもしれない。

 

 しかし普段から駄々漏れの気持ちに恥じらうのは手遅れだと承知しているが、意識してしまえば尚更恥ずかしいのも事実。

 まるっきり自意識過剰だと思い込んで過ごしていたのを急にはいそうですかとは飲み込めなかった。

「つぐみ……符の張り替え」


「んー」


 気恥ずかしい駄々漏れの感情をなんとか誤魔化す為に不満顔のつぐみを引き剥す。つぐみも仕方ないように観念しその場でばさばさと脱ぎだす。


 それにしても恥じらいの気持ちが薄いのか何のためらいなく脱ぎ始めるのだが、少しは人が通る可能性も考慮してほしい。まあ密室なんてあるわけないので考えるだけ無駄か。


 早速張り替えに取り掛かってみるも………………。


「んっ……」


 つぐみの口からわずかに零れる吐息一つさえ、変に意識が向いてしまっている。


 なんだろう。いつもの日課と変わらないのに余計に恥ずかしかった。


 おかしい。生まれたまんまの格好なんて毎日見飽きているはずなのに……。

 まじまじと見られてるのがなんとも気になって仕方ない。


 冷静になるのよかりん。


 ……あっ。貼り位置ずれた。


「……くふっ」


 ……これは一体何の罰ゲームだ。


 なんで上脱いでるつぐみがノーダメージで私ばかり羞恥の念に駆られているのか。

 やましいことしてないよね?なんかHな悪戯してるようじゃないか。してないよね?

 今までだってつぐみに変な悪戯した記憶ないんだけど……。


「…………」


「………………」


 もう観念するしかない。顔真っ赤になりながらでも作業に集中してさっさとしまいにしよう


「……」


「………………すけべ」


 つぐみが呆れ半分なジト目の眼差しで睨んでくる。


 しまった。終いにはつぐみも真っ赤になってしまった……。


 すいません。そのお尻のほくろ、ずっと気になってました。


「……………………」


「……ごめん」


 結局、いつもの倍以上かかってしまう羽目になるのであった。どうやらこの感受性はつぐみのほうが高いらしい。




 ちなみに。寝る前に私もさりげなく抱き着いて寝てもいいかと聞いてみたところ


「かーりーすけべだからやだ」


 …………。悲しい。

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