帰省
僕の実家は大阪にある。
大阪といっても、新幹線の止まる新大阪から1時間半かかる片田舎だ。
僕は朝早くあきらと母に実家に帰ることを伝え、数着の着替えを適当にカバンに押し込み、そそくさと家を出た。
そして今、僕は地元のローカル電車に乗り込み、2人がけシートの窓側に座って動いて行く景色をぼーっと眺めている。
外からは夏らしい少し西に傾いた強い日差しが差し込み、これでもかと僕の右頬を照らしていた。
どこでもドアがあればいいのに。。
しばらくして電車のアナウンスから懐かしい駅名が聞こえてきた。
もう着いたのか…。
東京に出て以来一度も見ていない地元近くの景色を眺めながら、憂鬱になる自分の気持ちを奮い立たせるように頬を両手でリズムよく2回叩き席を立った。
駅は相変わらず小さいままであったが、新しくきれいなトイレが設置されており、駅前には大きなショッピングモールが立っていて、近代的な雰囲気を醸し出していた。その新設エリアを抜けて実家に続く商店街に入ってみれば、昔はなかったドラッグストアが何件か建ち並んでおり、店先に所狭しと商品をおいて価格競争に勤しんでいた。
僕がいない間に街も変わって行くんだな。。
なんとなく心を締め付けられる気持ちになりながら歩き続けていると、ふと懐かしい声が聞こえてきた。
「さとちゃん?...さとちゃんやん!久しぶりやな〜!!今年はこっち帰ってきたんやねー!おばさん喜ぶわー!」
見上げるとそこにはカゴいっぱいにスーパーの袋を詰め込んだ自転車を片手に手を振っている女性が立っていた。
「おーやすこ。久しぶりだな。」
「うわっ標準語とか喋って、すっかり東京の人になってもうて。でも相変わらず元気みたいでよかったわ!」
「おまえはすっかり大阪のおばちゃんだな。」
「失礼な!ピチピチの20代捕まえてようそんなこと言うわ!うちがおばちゃんやったらあんたはおっさんやで!」
「そうゆうところがなんだよな。」
「ん?なんか言った?あっそや!あんた今晩空いてる?ちょうど今晩、町内会の夏祭りがあるんよ!よかったら綿菓子作るの手伝いにきて!」
「えっ。僕、今帰ってきたとこなんだけど。。」
「ええやないの。特にそんな用事もないやろ?じゃあ17時に第三公園で待ってるから!やばっ!もうこんな時間や。ほなまたね!」
そう言ってそそくさと自転車に乗り去っていった。
なんで僕の周りはどいつもこいつも人の話を聞かないんだ。。
やすこは近所に住んでいる幼なじみだ。幼稚園から僕が東京の大学に行くまでずっと同じ学校に通っており、親とも仲良くまあ腐れ縁というやつだ。そして、密かに俺の初恋の人でもあった。
あいつは昔から行動力があり、クラスの中心的な存在で、昔から無気力な僕はあいつの背中ばかり追いかけていた。
あいつがピアノを始めれば僕も始め、あいつが水泳を始めれば僕も始める。自分で言うのもなんだが、なんでも卒なくこなせる僕はあいつのおかげで色々な趣味や特技を手に入れることができたのだと思う。
今の道だってそうだ。東京に行って離れてもまだあいつの背中ばかり追いかけているのかもしれない。。
昔のことを考えながら歩いているといつの間にか、懐かしい建物の前に立っていた。カバンから4年以上使ってないカギを取り出し僕はそっとドアを開けた。
「ただいまー。」
そう言って家に入ると、そこにはそそくさと外出する用意をしている母の姿があった。
「おかえり。遅かったね。今日町内会の夏祭りやから、うちは手伝いに行ってそこで晩御飯よばれようと思てるけど、あんたはどうするん?」
「僕もやすこに言われて手伝うことになった。」
「あら!やすこちゃんに会ったん?またべっぴんなってたやろ?」
「あーそうだなー。」
「なんやの、その感情のこもってない返事わ!まあええわ。ほな、母さん先行ってるから、あんたも用意したらおいでや!」
そう言って僕の横を通り抜け、入れ違いのように母は出かけていった。
ここ数年開かずの間になっているだあろう自分の部屋に行き、カバンを置いてベットへとダイブした。
はあ〜。ここは変わらず昔のままだなー。
昔と変わらない懐かしいものに囲まれながら天井を見つめ、今日初めてのつかの間の休息に酔いしれていた。
そしておもむろに左腕を自分の顔の前に持ってきて、目の前に移る文字盤を見つめた。
よし。第三公園に向かうか!