スキル:アイテムボックス ※ただしポケットサイズ
タイトル考えてて最初有名な童謡の歌詞が浮かんだのですが、念のため没にしたチキンは私。
「おうい、そろそろ上がるべ!」
「はーい!」
今日も一日良く働いた。
体を伸ばすと凝った筋肉がミシミシ言うが、それもまた心地良い。
水平線が赫々と染まり、やがて夕闇が下りてくる。
この村の人々は、大体が日の出とともに起き、日の入りと共に床に就く。
夜中どころか明け方までゲームやネサフに勤しんでいた日々が懐かしくも遠い。
おかげですっかり健康的になってしまった。
俺は田中 樹璃明日、十六歳。
ちなみに昨今問題になっているキラキラネームとは違う。
母さんがアメリカ人なので、どちらでも違和感のない名前にしたんだそうだ。
……実際違和感ないかどうかは置いておくとして。
見た目に母方の遺伝子が全く反映されてないので勘違いされる事が多いけど、初対面でちゃんとハーフだって事は伝えてるから母さんへの風評被害は防げてる、と思う。
半年前、俺達は教室にいる時にクラスごと異世界召喚された。
ネット小説でよくある、勇者様我らをお助けください!ってやつだ。
正直、なんで俺たちが! フザケんなただの拉致じゃねえか!って怒りかけた。
けど、幸いと言っていい…んだろうな。
俺達を召喚したのは至極良い人達だったんだ。
世界の災厄と言われる魔王が復活しつつあり、それに伴って各地で異常気象やモンスターの大量発生や異常変異が見られるようになったらしい。
国の上層部や軍部も力を尽くしたそうだが状況はじりじりと追い込まれ、かくなる上は王家に伝わる勇者召喚の秘儀を執り行う事が決定された。
数百年前に行った時は、異界の壁を超える者に付与される強力なスキルを持った勇者達によって世界は救われたらしい。
その後勇者達は帰還こそできなかったものの、この世界でそれぞれの道を見つけて人生を全うしたという事だ。
ネット小説なんかでは、実は魔王復活なんて大嘘で、ただの政治闘争や民族紛争用の戦闘奴隷として使い潰すつもりだった、なんて黒い展開もあったから警戒してたんだが、こっちは全部本当だった。
そして王様はじめ大臣や貴族達も、自分達の世界の事情に異世界の人間を巻き込んでしまう事への罪悪感もちゃんと持っていた。
─────だけど、戦いとは全く無縁の未成年者が召喚されるなんて思ってもいなかったらしい。
王城にある秘儀の間で召喚陣から現れたのが、見るからに戦いとは無縁そうな仕立ての良さげな服を着た丸腰の少年少女だった事に大変驚いたそうだ。
しかしそう見えるのは能ある鷹はなんとやら、敵を油断させるために姿変えの魔法を使っているだけで全員成人だったりとか、実は異世界の必殺武術の一門だったりとか、腕の一振りで星をも墜とす強力な魔導士だったりはしないかな~という王様達の儚い期待は、代表として交渉と情報交換に当たった委員長によって完膚なきまでに砕け散った。
──────この後、俺たちの気持ちも落ち着いてから皆で先代勇者の記録とか遺品なんかを見せてもらったんだけど、どうも戦国後期から江戸くらいの武士だったようだ。
騎士団長に勇者の一人が伝えたと言われている剣技を見せてもらったけど、なんか示現流っぽい。
そのへんの時代の某戦闘種族の人がチートくっつけてやって来たんなら、そりゃモンスターとかバッサバッサ斬り捨てるわ。
そして鑑定の水晶版で調べた結果、俺達には強力な戦闘スキルや希少なスキル持ちが多くいた。
しかし、何十年も平和で豊かな国で高等教育を受けていた裕福な家(こっち基準では)の子供を、保護者はおろか本人の許諾さえなく攫って、危険な魔王との戦いに放り込むとか……非道にも程がある。
だが、それでも。
「最終的に勇者召喚を決めたのは儂だ。存分に罵ってくれて構わん。だがこの世界の危機を前に、力有るそなたらには戦いに赴いて貰う以外の道は無い。」
恨まれるのを承知で、国の為、民の為に非情な決断を下す王─────のつもりなんだろうけど、今にも死にそうな顔色がヤバい。つーか必死に堪えてるみたいだけど声震えまくってるし、なんかもう大の大人が泣きそうになってるんですけど?!
同席した騎士や神官ぽい人とかも真っ青な絶望顔してるし、あの場でクラスの誰か一人でも非難の声あげてたらホントに「此の詫びは何卒某の命で!」とか切腹しそうな勢いだった。
場の空気読んだ俺達グッジョブ!
あれから、クラスメイトの大半は戦う術を教わってそれぞれの戦いの場へ向かっていった。
戦闘向きスキルのない幾人かも、クラフターや商人として戦い以外の方法で徐々にこの世界に溶け込んでいく。
そして、唯一特出したスキルやステータスの無い俺は、のどかな田舎の村で平凡な一村人として日々の営みを続けている。
そう、俺の鑑定結果は─────
身体パラメーター:まあ普通
戦闘スキル:全く無し
攻撃魔法:全然無し
治癒魔法:皆目無し
特殊スキル:さっぱり無し
コモンスキル:言語理解(異世界)、※アイテムボックス(ポケットサイズ)
※個人的な亜空間収納魔法
─────だった。
「これだけの人数全員が高位スキル持ちだなんて、そんな都合のいい夢のような話は普通ありませんから! ね? 大丈夫、おかしくなんてないです! 普通ですよ!」
鑑定士の人が一生懸命フォローしてくれた。
「俺だって戦闘スキル無いぜ! それよかアイテムボックスとかマジゲームみたいじゃね? すげーよ!」
お前もアイテムボックス持ってるよな、木野国。
俺の正真正銘ポケットサイズしか物入れらんない様なのじゃなくて、五トントラック3台分くらい入るやつ。
あと『鑑定眼』とかいう物の価値や人物の目利きができるスキルもあって、実家も商店だったからこっちでも商人目指すって事で、王都でも老舗の商家に就職決まったって?
「ホラ!アレだべ! 田中っちヤサシーからよォ! なっ?」
どっちかというとDQN寄りだった沢田までオロオロしながら慣れないフォローしてくれて。
「これから始まる戦いの中で、みんな多かれ少なかれ平和な日本人のままじゃいられないと思う。でも……樹璃明日だけでもそのままで居てくれるなら、俺達はきっと『戻って』これると思うんだ。それに戦うとは決めたけど、見知らぬ異世界の人達の為よりも樹璃明日の平穏を守るんだって思う方が実感があるしね。だから─────勝手だけど、僕達の心の支えであっていてくれないか?」
俺が変わらないでいる事が皆の支えになるってか。
ハハ、相変わらず中身ごとイケメンだな委員長。
勿論、熱く見つめてくる目がなんかBでLな感じなのは俺の気のせいだよな?
……ところで、腐女子の太田。そのスケブどっから出した?
「うむ、ジュリアスよ。その、そなたさえ良ければ、儂の養子に…」
王様、お気使いは有難いんですが、すでに全員の後見人として丸々面倒見てもらってるだけで十分ですから。うん、後ろにいる宰相様も。
その後、俺は比較的モンスター被害が少なくて、王都から遠すぎず近すぎない王領の端っこの海辺の村で暮らすことになった。
過疎とまでは行かないが、若者が都会を目指すのはどこも変わらないらしく、若い男手は歓迎だったらしい。
異世界人である事、有用なスキルが無くて戦いに加わらない事なども伝えられたが
「うちとこの事情に巻き込んじまって、すまんかったなぁ。」
「坊主のおっ父おっ母にも申し訳ねえべ。」
「なんもねえ村だが悪い奴がいねえのだけが自慢だぁ。第二の故郷だと思って何でも頼ってくんろ。」
「大したスキル持ってない奴なんざぁいくらでもいるだ!気にすんなや!」
「ヨハンとこのジョンなんざ『快食快便』だぁな。」
と、温かく迎えてもらった。
でも『快食快便』て地味に良いスキルじゃない?
─────だけど、俺は……皆に隠している事がある。
鑑定の時、あの場にいた他の誰にも見えなかったようだけど、水晶板に映し出された俺のステータスには続きがあった。
他の白く輝いていた文字と違って、蛍光緑で表された『隠しスキル』
『以心伝心』言葉が無くてもあなた達の心は繋がります。
『一蓮托生』病める時も健やかな……もとい、生きるも死ぬも一緒だヨ。
『状態異常完全無効:精神』魅了の魔法とかも効きません。発狂もしないよ?
それに、俺のアイテムボックスは本当はポケットサイズじゃない。
多分高層ビルでも余裕で入るし、物だけでなく生物まで生きたまま問題なく収納できる。
ポケットサイズなのは『今空いてる容量』がって事で、召喚された時点、いや、多分スキルが付与された時点で、俺のアイテムボックスには既にみっちりと詰まっていた。
コズミックでホラーな感じの邪神様が。
どんなバクだこの野郎おおぉっ!!
『状態異常完全無効:精神』の発狂しないってSAN値のこと?!納得!!
『以心伝心』確かに必要だわ、言語以前の問題だもん!
どちら様かは判らないが─────クトゥルフ神話とか名前くらいは知ってるけど、特定できるほど詳しくはない。てかガチだと怖すぎなのでそれっぽい何かだと思いたい。─────向こうさんも大そう困惑してらっしゃるご様子。
どうも気づいたらこの状態で、何故か転移も出来ず、外に出ようにも中からはポケット大にしか開かないもんで触手数本が限界らしい。
ただ引き込む分には大きさは関係ないらしく、先日山で遭遇したレッドヘルムベアーも触手で拘束して引きずり込んで端から丸ごとお召し上がりだった。
邪神様的には『一蓮托生』スキルで括られている俺以外はもれなく食用可らしいが、クラスメイトは勿論王様達や村の人とかペロリされてしまうと発狂はしなくても精神的に大変ツライので勘弁してくださいとお願いしたところOKしてくださった。多分。
ああ、あと他所様の家畜とかも。何気に結構な財産だからバレたら大変。賠償とか。
そんなこんなで、俺は皆を偽りながら何食わぬ顔で村での生活を送っている。
─────一応、正直に誰かに相談する事も考えたんだ。
でも
【たとえばその1】
聖女とか、光の勇者(委員長の称号)とか強力な戦闘スキル持ちの誰かに邪神様をどうにかしてもらう。
───聖女とかいなかったし、委員長達の戦うとこ訓練とは言え見た事あるけど、どう考えても無理。
『以心伝心』と『一連托生』スキルのせいか分るんだよ。邪神様との次元が違うって言うか「あれ?出る作品ちがくね?」っていうレベルの絶望的と言うのも生ぬるい力の差が!
てか、一目見ただけで【状態異常:発狂】間違いなし。
【たとえばその2】
いっそ邪神様とのタッグを生かして俺も戦場に!
───俺自身はなんの力もないから下手すっと流れ弾一発頭にもらうだけで死ぬ。あと邪神様がそこまで都合よく人間に協力してくれるかどうか未知数な上、うっかり味方にその姿見られたら集団【状態異常:発狂】確定。
【たとえばその3】
いっそ自害して自分ごとこの世界から邪神様の脅威を葬る。
───死にたくないから無理。てか流石に邪神様に阻止されるわ。
そもそも『一蓮托生』が俺基盤なのか邪神様基盤なのかが不明。
俺が基盤で俺が死んだら邪神様もっていうならまだしも、邪神様が基盤だったら俺ごときがなにやっても死ねそうにない。
更に、現状もし俺自身が結果的に封印の役割を果たしているのだったりしたら、最悪この世界に邪神様を放牧する事になってしまう。
んん? そういや、この場合俺の寿命ってどうなるんだ?……まさか邪神様と一緒にコズミックな単位でとか……
──────これはアレだ、今考えてもわかるもんじゃないし、六十年くらいしたら考えよう。
そんな訳で、俺は色々なものから目をそらしつつ、平和な晴耕雨読の生活を続けている。
幸い、邪神様もこんな事態は初めての事なのと、俺を通して見る色んな事が新鮮で退屈しないと満更でもないようだ。
「うめえ!マジ味噌汁じゃん!」
「味噌汁そんなに好きって訳じゃなかったんだけど、ソウルフードってこういう事なんだな……」
「すごーい! 田中君お料理上手ー!」
時折戦いの合間をぬってクラスメイト達が訪ねてきてくれる。
「まあ、なんちゃって味噌汁だけどな。」
正確にはソウィペーストのスープってとこか。
ソウィの実っていうのは海の側でよく栽培される大豆によく似た食用の植物だ。面白い性質があって、土や空気中の塩分を吸収して実に蓄える。その実を粉にひいて調味料として使われているんだけど、小麦粉と水を混ぜて一晩寝かすと味噌そっくりのペーストができる。
この村周辺のマイナー郷土料理にディップとして使われてたんで、速攻なんちゃって味噌汁を作ってみた。村の人たちにも好評で、新たな郷土料理として確立しつつあったりする。
「あー……なんかスゲーほっとするわー。」
前にはなかった向こう傷が増えた沢田がへにゃりと笑う。
『駿足の戦士』なんてあだ名がついたんだってな。南の平原に異常発生したヘルウィンドウルフの群れに、普通なら討伐が間に合わずに壊滅するところだった平原沿いの村へ『天かける駿足』スキルで駆けつけて、増援が来るまで一人で食い止めたって?
「そりゃ良かった。おかわりいるか?」
「いるいるー♪」
勇者の一人なんだから、可愛い女の子がわんさか寄ってきて差し入れしてくれるだろうけどな。今んとこ故郷の味を知ってて再現できる奴はいないだろ? いつか嫁さん連れてきたらレシピ教えてやるから、それまでは俺の手料理で間に合わせといてくれ。
「そういえば私すっかりお料理とかしなくなっちゃったからなぁ。女子力ヤバイかも~。」
「『麗しき癒しの女神』が何言ってんだよ。」
「う"ぇっ?!うそ!!ヤダその仇名こんなとこまで伝わってんの?!」
保科さんはこないだハイ・エビルドラゴンのブレスを避け損ねて右半身炭化した隣の国の将軍に『グレイテストヒール』重ね掛けしてぶっ倒れたって聞いたぞ? 無理すんなよ。
でも、そのおかげでなんとか戦線持ちなおして討伐成功したんだってな。
失敗してたら隣国の王都壊滅しかねなかったって行商の兄ちゃんが言ってたぞ。
何でも妹婿の叔父さんの親友が住んでるらしくて、せめてものお礼にって秘蔵のクイーンビーの蜂蜜おいてったから帰りに持ってけよ。
疲労回復と美容にめちゃくちゃ効くって言ってたぜ。
「本当に、ここへ来るとほっとするよ。皆良くしてくれるけど、やっぱりどこか気を張っちゃってるんだな……」
そりゃ当たり前だぜ委員長。『光の勇者』としてこの世界の人たちの期待を一身に背負って、クラスの皆を気にかけて纏めて……気を張らずに居られる訳ないだろ?
だから、あの時の言葉通り、俺が幾ばくかでも支えになるんならいつでも良いから来てくれよ。
今度は今試作中のカレーもどき作ってやるからさ。
……でもスキンシップはもうちょっと控えめにしてくれると助かるかな。
さっきから尻をめっちゃ撫でられてるんだけど。
オイ沢田、目ぇ逸らすな。
保科さ……そ、そのスケブはっ……?!
食後のハーブ茶(自家製)を入れてる時に、委員長に切り出された。
「その、念のためなんだけど、ここ最近何か変わった事はなかったかい?」
「いや、別に……なんかあったのか?」
内心ぎくりとしたのは押し隠せていただろうか。
まさか、隠しスキルや邪神様の事がバレたとは思えないが……
良く言えば素朴な湯呑を両手で持って保科さんも心配げに言う。
「あのね、ここのところ魔王の右腕って呼ばれてる謀将ヒーディエの消息が掴めないの。もともと暗躍や謀略を好むから、居場所がわからない時も多い魔族なんだけど……それでも妙なくらい姿が見えなくなってて。」
「んで、最後のショーソクがこの近くちゃあ近くかもって分かってから、委員長が田中っちのことスんゲー心配してさー、スっ飛んできたってワケよ。」
「ちょ、沢田! そ、その、常駐騎士の報告でも変わりはないって言われたし、来てみて異常無いってすぐわかったんだけど、慌てちゃって……恥ずかしいな。」
「いや、心配してくれたんだろ? ありがとな。」
王様からの連絡兼護衛騎士が交代で村に常駐してるけど、それでも万が一を考えて来てくれたんだろ?有難いとしか言えないって。
だから照れ隠し?で俺の尻揉むのやめてくれないかなーって思ったり。
「まーダイジョブそうでオレも安心したけどよォ。なんか虹色のウロコで黒い鬣のリザードマン見たら気いつけてな。」
「万一見かけたら、太田さんが魔法具ギルドの人達と作ってくれた『即席バリア』のスイッチを押してね? 使い捨てだけど王城への通報機能もついてるから。」
「村の人達の分も預かってきたから心配しないで使ってくれよ?」
魔法具って確か結構高かったと思うんだけど。しかも新型だろ? 村中全員分って王様達また無理してないだろうな? もしもの時は有難く使わせてもらうけど。今度また果実酒作って送ろうかな。前回の梅酒好評だったみたいだし。
翌朝、委員長達は王城へ戻り、そしてまた次の戦いの場へと向かって行った。
それを少しの寂しさと俺の貞操的安心と共に見送ったんだが……
──────少し前、邪神様がボリボリ召し上がってたナニカの鱗も虹色だったような気がするけど偶然だよな、うん。
その後、触手に張りついてた黒い毛つまんで捨てたとかも多分気のせいだから!
この後、この世界がどうなるかは(邪)神のみぞ知る───?