#008「八月十一日木曜日」
――夏野菜を食べたり、朝にラジオ体操をしたりするだけで、小顔効果が得られるのか。子供の夏休みの過ごしかたは、大人になってからも健康に役立つのね。
ヘェ。室内から見て右側に網戸を配置すると、虫が入ってこないんだ。旦那に伝えておこうっと。それから、食材をキッチン・ペーパーで包んで加熱すると、時短とカロリー・ダウンになるっていうこのレシピも、一緒に送っておこう。
あ! この雑誌も休刊されちゃうんだ。この三人のモデルには、学生時代に憧れたなぁ。
フゥン。オープニング映像でお尻を振るモデルのオーディションか。この深夜番組は、コアなファンが多いのよねぇ。
*
「お疲れ、木村くん」
「お疲れさまです、松本主任」
「どうしたの、木村くん。声がガラガラだけど?」
「妹と、妹の高校の同級生たちに、カラオケに連れて行かされましてね」
「熱唱したのね。烏龍茶や炭酸飲料を飲みながら歌ったんじゃなくて?」
「その通りですよ。ドリンク飲み放題だったので」
「お茶は喉の油分を奪うし、氷は喉を冷やすから、何か揚げ物でも食べないと」
「カラオケ店の食べ物は、割高ですから」
「喉を痛めたら元も子も無いわ。それから、今日は煙草を控えることね。わたしも吸わないから」
「主任は吸ってくださいよ。――今朝は、どんなトピックがありましたか?」
「まず、社会派のトピックが二つあるの。一つは米国の大統領選で、二大政党のどちらの候補も支持率が下がってるということ。もう一つは、老人ホームを使用していた女性が、介護職員に殴打されて骨折したということよ」
「大統領選は、毎度お騒がせですね。介護問題は、職員の待遇改善が先送りされてることで起きた皺寄せですよね?」
「人手が足りないなら、誰でも職員になれるようにしよう、海外から人手を借りて来ようという考えかたには、納得いかないわよねぇ」
「これでは、とてもクール・ジャパンだと言えませんね。あ! そうそう。クール・ジャパンと言えば、街中で浴衣を着てる人をよく見かけるようになりましたね」
「浴衣で街を出歩くのは良いことだし、着付けや着こなしが合っていれば良いんだけど、女性が洋服と同じように左前に着てると違和感があるし、足袋を履いてるとオバサン臭く感じるのよねぇ」
「一歩間違えると、温泉街や健康ランドと同じような感じになりますからねぇ。――話は変わりますけど、天皇陛下は、昭和天皇が崩御された時の自粛ムードが、また繰り返されることを懸念していらっしゃるようですね。そうは言っても、僕は平成生まれだから、どういう雰囲気だったのか知らないんですけど」
「昭和生まれとは言っても、わたしも当時は、まだ幼稚園児だったわよ。でも、何となく重苦しい空気だったのは覚えているわ。お祭やお祝いを控えないと不謹慎だとされて、周囲から冷たい眼でみられるような気配があったものよ」
「窮屈ですね。日本特有の、見えない圧力を感じますね」
「周囲を海に囲まれた島国で、温暖湿潤気候であることが、陰湿さを生んでいるのかもしれないわね」
「学校や会社も、一つの閉ざされた空間と言えますよね?」
「そうね。小説やドラマの定番ね。でも最近は職業物ばかりで、学園物のドラマが減っていると思わない?」
「若者のテレビ離れの影響か、衣装や舞台の用意が大変だからか、はたまたピー・ティー・エーや教育関係者各位からの苦情か」
「そのあたりの事情が相互に関係してそうね。教育ビデオだって、いかがなものかと思う作品は多いのにね」
「授業で観る映画も、当たり外れが大きいですよね。戦争の凄惨な映像にトラウマ、ラブ・シーンに気まずい沈黙、何とか五十分に収めようとした無理のあるダイジェスト」
「音楽の授業で観た映画は面白いかったけど、社会や道徳の授業で観た映画はつまらなかった記憶があるわ」
「わかります。僕も同じです。ファア」
「今日は、木村くんが寝不足なのね」
「この前は余計な助言をして、申し訳なかったです。どうも、仕事がうまく行ってないんですよ。無理な注文をされてばかりで、困ってるんです」
「悩む必要ないわ。自分の努力でどうにもならないことで、あれこれ気を揉まないことよ。そうやって余計なストレスを抱え込むより、具体的な数値目標を掲げて、直向きにその達成を目指すべきね」
「なるほど。主任の目標は何なんですか?」
「一つは、一日一冊の文庫本を読むこと。読んだ本がすべて仕事に役立つわけではないけど、知識のストックを増やすことは怠らないようにしてるの。もう一つは仕事とは直接関係ないけど、健康のために今の体重をキープすることよ。何キロかは教えないけど、増やしもしないし、減らしもしないようにしているの」
「なるべく本を読む、ダイエットする、というだけでは駄目なんですね?」
「それだけだと、曖昧だから続かないわ」
「継続は力なり、ですからねぇ」