#015「夏の終わり」
「お疲れさまです、松本主任」
「お疲れ、木村くん。久し振りね」
「ここのところ立て込んでいたので、擦れ違ってばかりでしたね」
「本当ね。唐突だけど、鉛筆で下書きしてペンで清書するのって、日本らしいと思わない?」
「今朝のトピックですか?」
「違うの。ふと、思っただけ。鉛筆やシャープ・ペンシルが一般的な日本と違って、欧米だと早い段階でペン書きを習うでしょう? 何度もやり直して、最後に綺麗に出来た完成品だけを残す日本と、やり直しが効かない状態で、初めから綺麗に出来るように心掛ける欧米という違いが、国民性にも少なからず影響を与えてると思って」
「なるほど。興味深い差異ですね」
「ところで、天宮さんと一つ屋根の下で暮らすことになったそうね」
「そこは、いきなり切り込むんですね」
「ひと夏の恋に終わらなかったみたいだけど、どこまで進んだのよ?」
「手頃な物件が見付かったので、引っ越すことになりました。これで少しでも妹が自立するようになれば、助かるんですけどねぇ」
「智子ちゃんが変わるとは、到底思えないけど。家具や家電は買ったのかしら?」
「今週末に、シャトル・バスで量販店に行くことになってます。それにしても、一人暮らし用の家具や家電は無駄が多いですね」
「小型化するために、無理してるところがあるわね。同棲生活を始めるまでが一番盛り上がる時期だから、存分に浮かれなさい」
「旦那さんとも、浮かれたものでしたか?」
「思い返すと、顔から火が出るけど、目線を合わせる度に、意味も無く明美さん、和彦くんと呼び合ったり、新たな発見を報告し合ったりしたものよ」
「微笑ましいですね」
「ただいま、陽子さん。おかえり、大輔くん」
「物真似ですか? 似てませんけど」
「妄想よ。でも、いいこと? 先輩として忠告するから、覚えておきなさいね。空調設定と家事分担と財布事情は、事前に話し合うこと。それから、相手は血の繋がりの無い他人だから、察しの悪さは当たり前だと思うこと」
「家族とは違いますからね。空調、家事、財布には気を付けます」
「今はピンと来ないかもしれないけど、三ヶ月くらい経ったら、きっと意味が分かるようになるから」
「貴重な意見をありがとうございます。まっ、やり直しが効かなくならないように注意しますよ」
「人間関係は、書き直せないものね」




