＃014「八月十九日金曜日」
――猫背だったり、肘を付いたり、脚を組んで座ったりすると、肥満や老化の原因になるのね。背筋が伸びてる人が若々しいのも納得だわ。
歯ブラシはケースに入れず、細菌や雑菌が少なくて生乾きにならない場所に保管しないといけないんだ。同棲カップルがするように、洗面所のコップに二つ並べてると駄目なのね。
フゥン。英米圏の人間にしたら、海苔もワカメも昆布もヒジキも、どれも海草で、緑茶も抹茶もグリーン・ティーなのね。
うわぁ。食事会でマルチ商法の商品を勧められたり、多額の講習費を請求されたり、副業勧誘に乗って騙されたり。ママ友コミュニティーは、罠が多いのね。
お金と貴金属の話が出てきたら、即座に付き合いを辞めること、か。人当たりが良ければ誰もが詐欺師という訳ではないけど、詐欺師は概して人当たりが良いものねぇ。
あ！ この新しい蛸焼き、美味しそう。フライパンは、卵焼き用でないと駄目なのかしら？
＊
「お疲れ、木村くん」
「お疲れさまです、松本主任。長期休暇を取ると、休み明けの職場で面倒なことが多いですね」
「上司にお礼を言って回らないといけないし、感謝の気持ちと共にお土産を渡さないと不評を買うし、メールや郵便物の処理にうんざりするし、そのことで周囲を苛立たせてしまうし」
「次に有給申請をするとき、自分勝手な振る舞いだと思われて嫌な顔をされますし、定時で帰宅すると反感を買いますよね」
「あの同調圧力は、どうにかならないものかと思うわ。――それじゃあ、今朝のトピックに移るわね。霊長類最強の女子が、銀メダルに終わったというトピックがあったわ」
「四連覇が叶わなかったのは残念ですけど、大健闘ですよね」
「三歳からレスリングを始めて、熱が出ても練習を休まず、最初に父から教わったタックルを形見に、数々の伝説を残した女傑も、そろそろ後進に道を譲ることになりそうね」
「相手がタックルを研究して対策を立ててくるので、タックルで倒したり、中国で絶望というあだ名を付けられたり、左腕を骨折した状態で大会に出場して優勝したりしたんですよね。あの警備会社のシー・エムは、分身以外はシー・ジー無しで撮影されたらしいですよ」
「そうらしいわね。公式戦勝率が九割以上で、大会で獲得した金メダルは二十枚。
世界大会九連勝に、五輪三連覇。対戦したくなくて階級を変えた選手がいたり、合同練習を申し出た外国人選手が、あまりのハードさに帰国してしまったり」
「武勇伝には事欠かない戦士ですね。そうだ。選手の強化費は国費だからといって、メダルを獲れなかった選手を責める発言がチラホラ聞こえるんですけど、どう思います？」
「税金を投入したからといって、その全面で必ず成果が得られなければならないという考えは危険だわ。金メダルを獲得出来なかった選手を強制労働させる某独裁国家や、メダルの獲得数が他国より少ないことでメディアが苛立つ某共産党大国のようになってしまいかねないもの」
「選手は、ロボットではなく生身の人間ですからね。材料費や設備投資と一緒にしてはいけません」
「人材育成は、植物を栽培するようにはいかないものね。お金にまつわる話で、都知事が、カジノを含む複合型観光施設の誘致に前向きだというトピックもあったわ」
「日本でカジノ解禁ですか。面白いですね。たしか、数年前に大阪でも同じ意見がありましたよね？」
「雇用の増加や外貨獲得への期待が高まる一方で、ギャンブル依存や治安の悪化を懸念する声も多いから、どうなるか分からないわ」
「でも、閉塞を打破する起爆剤になることは間違いないですよ。犯罪が増えるのはいただけませんけど、それについては対策方法はあるでしょうし」
「そうね。治安に関しては、五輪の米国競泳選手が出した強盗被害が、どうやら狂言である可能性が高いとして出国禁止になったことで、物議を醸しているというトピックがあったわ」
「嘘の被害届けを出したんですか。事実だとしたら許せませんね」
「金メダリストのモラルが問われるわね。メダルといえば、日本人選手が男女ともメダルを獲得したことで、卓球漫画に注目が集まってるわ」
「スポーツを題材にした青春物は、少年漫画の定番ですよね」
「少年漫画といえば、よく、網棚に置き忘れられている、あの週刊漫画雑誌から実写化が相次いでいるけど、実写映画には、原作ファンから賛否両論の声が集まってるわね」
「どうしても、イメージが崩れますからね。原作を忠実に再現しようとすると、シー・ジーだらけでつまらなくなりますし、原作から離れると、裏切られた思いがしますからね。でも、それだけ原作の細かいところまで読み込まれてるってことになる訳ですから、原作者にしてみたら複雑な思いでしょうね」
「まぁ、お金を払って映画館まで足を運ぶだけ、ありがたいものよ。今どきは、何でも無料で済ませようとする人間が多いもの」
「書籍にしろ、音楽にしろ、映像にしろ、無料が当たり前という感覚では、良い作品が生まれないのは分かってますけど、定価が割高に感じてしまうんですよね」
「あらあら。消費者は作り手に対する敬意として、定価を払わないと駄目よ。無料で提供し続ける経営努力の皺寄せは、必ず消費者に回ってくるんだから」
「すみません」
「それから、ありもしない無料特典を餌に、クレジット・カードの番号を登録させる詐欺が流行してるから、安易にアンケートに回答して、個人情報を抜かれてしまわないようにね」
「はい。気をつけます」
「映画に関してだけど、五十代なのに若々しいハリウッド・スターを紹介したトピックもあったわ。ほら」
「どれどれ。ほぉ」
「良い感じの歳の取りかただと思って」
「面長で彫りが深いと、歳を重ねても老けにくいのかもしれませんね。それとも、遺伝形質ですかねぇ」
「要因は分からないわ。遺伝といえば、芸能人には偉人を先祖に持つ人が多いというトピックもあったわ」
「ご先祖様から、偉業を成して名を残す遺伝子が受け継がれたのかもしれませんね」
「そんな遺伝子があるかしら？ 女性芸能人の綺麗すぎるツー・ショットに、おやすみ前や寝起き直後のスッピン写真を披露する芸能人のトピックもあったんだけど、綺麗な人は土台から違うと思ったわ」
「写真映りが良いだけかもしれませんよ？ 旦那さんに撮ってもらったらどうですか？」
「もう、素顔を晒せる歳では無いわ。写真といえば、コスメは、背景やアングルを変えたり、イラストを添えたり、包装や小物と一緒に写したりするとエス・エヌ・エス映えするというトピックと、チークやリップやネイルで、発色がよくて落ちにくいシロップ・コスメが話題になってるというトピックがあったわ」
「ん？ 妹に伝えれば良いんですか？」
「妹さんにも伝えて欲しいけど」
「待ってください、主任」
「ブライダル会社のテンプレート化した式にうんざりして、吊り橋の上や、恐竜博物館や、富士山上空の飛行機の中で結婚式をした新婚夫婦や、ゾンビ映画風にしたり、あえての古式ゆかしい祝言を挙げたりと、一風変わった結婚式についてのトピックも」
「気が早いですよ、主任」
「木村くんは、天宮さんをどうしたいのよ？ 今日こそ、気持ちをハッキリ聞かせてもらうんだから」
「出会ってから、まだ一週間と経っていないのに、そんな。ちょっと、何するん、です、か」
「こんなことなら、レスリングを習っておけば良かったわ」
「あ！ 返してくださいよ」
「木村くんから言う気が無いなら、天宮さんに訊いてみるまでよ」
「分かりました。言いますから、それだけは、やめてください」
