#013「八月十八日木曜日」
――回送運転中の様子や、営業所内で計器類を撮影した動画を、インター・ネット上に投稿したバス運転手に、五日間の謹慎処分か。いくら営業時間外とはいえ、お客の安全を預かる人間がしてはいけないよなぁ。
あ! 天宮さん電話だ。
*
「お疲れさまです、松本主任」
「お疲れ、木村くん。昨日の話の続きだけど、あの漫画のおでんは、蒟蒻、がんもどき、鳴門巻きなのだそうよ」
「ちゃんと設定があるんですね。――早速、今朝のトピックに移りますね。釈迦に説法なトピックなんですけど、長文メールの大半は自己保身であり、返信に時間を掛けるほど、自分は軽視されているのでは無いか、という不信を相手に募らせてしまうので、手早く簡潔に返信するほうがいいそうです」
「長文メールは迷惑であるばかりか、送った相手の自分に対する心象が悪くなるものね。それに、何でもメールで済ませると、微妙なニュアンスが伝わらず、関係が悪化することもあるから、対面と電話とメールを使い分けないとね。こういうことは、上司より新卒のほうが慣れてるものだけど、それを認めない意地っ張りな上司が少なくないから困りものよね」
「上司より短時間で作業を終わらせると、手抜きをしたと思われますからねぇ」
「自分のほうが詳しくなければ負けだと思ってる節があるのよね。仕様の無い小さなプライドのせいで、仕事の効率化が進まないわ。電話一本で済むことに、時間を掛けて長文の返信を送るなんて、馬鹿馬鹿しい限りなのに」
「電話といえば、海外の緊急通報は、日本とは一味違うようです。エス・オー・エスの電話に、オペレーターが機転を利かせた話が取り上げられていました」
「どんな話?」
「ズボンが穿けない二歳児を手伝ったり、宿題の算数が解けない四歳児にアドバイスをしたり、身体が不自由な高齢者のゴミ出しを代行したり、度重なるピザの注文通報に違和感を感じ、家庭内暴力の真相を突き止めたり。職務の枠に囚われなかったことで、多くの事態を解決に導いたということでした」
「臨機応変、ということね。何が非常時で、どういうことが必要かは、立場によって変わるものね」
「非常時といえば、熊本の震災から四ヶ月が経ちましたね。最後の行方不明者が発見されたり、余震は減ってきていたりといったトピックもありましたが、暗いトピックも目立ちました。市は、復旧の目処が立ったとして、九月中旬には避難所が閉鎖されるのですが、九月下旬まで仮設住宅が建たない地域が残っていたり、一部損壊では仮設住宅に入居できないので、半壊の家に戻ったり、車中泊したりする避難者が多くいるそうです。そうした現状から、人口の流出も増えているそうです。それから、熊本城に今なお手付かずのままのところが数多く存在するように、インフラ復旧も道半ばのようです」
「住むところを失うと、何も出来ないのにね」
「居場所が無くなる不安は、底知れないものがあるでしょうね」
「被害を受けなかった地域で、そう遠くないどこかに、被災者を泊めてくれる家族や友人が居ればいいけど、そう都合の良い実家がある人間ばかりでは無いわよね」
「実家といえば、おばあちゃんの特徴に関するトピックもありましたよ。決まった日課がある。流行に対して独自解釈をする。物を捨てない。頂き物は真っ先に仏壇に供える。何かと食べ物を勧めてくる。子供や孫の小さいときの好みを、大人になっても覚えている。お漬物を欠かさない。帰りに手土産を持たせようとする。こういった性質があると書かれていまして、読みながら頷いてしまいました」
「長生きしてるだけあってか、時々不可解な言動をするのよねぇ」
「本気か冗談か分からないから、面白いですよね。そうそう。主任は、今年は海に行きましたか?」
「今年は忙しかったから、行けず仕舞いになりそう。もう、お盆を過ぎたからクラゲが居るでしょうし」
「クラゲは、六月中旬から十月中旬まで棲息していて、八月中旬は成体の発生がピークを迎えますからねぇ。刺されないように、全身を覆うウェット・スーツを着用するか、ワセリンを塗り、大潮や満潮時は避け、刺されたら速やかに陸に上がり、海水で洗い流し、見える触手は取り除くと良いそうですよ」
「そこまでするくらいなら、来年に期待するほうが良いわ」
「おや? アクティブな主任には珍しい判断ですね」
「木曜日だから、疲れが溜まってるのよ」
「外が眩しく感じたり、よく左肩を他人とぶつけたり、無性に塩気のあるものを食べたくなったり、休日に早く目覚めてしまったり、起きた時に、布団が乱れていたり、口の中が気持ち悪く感じたりするのは、疲れが溜まっているサインなのだそうです。身も心も燃え尽きてしまう前に、リラックスできる時間を確保してくださいね」
「気遣いありがとう。三十歳を過ぎると、無理が出来ないものね。モデルやシー・エム、バラエティー番組なんかで活躍する女子高校生を見てると、羨ましくなってしまうもの」
「僕の家にも女子高校生らしきトドがいますけど」
「ちょっと。トドは無いんじゃない?」
「無芸大食ですから、ピッタリですよ。可愛げがあれば、オットセイですけどね。この彼氏は脈が無いと思った時点で送らない癖に、逆に彼氏から連絡が来ないことでは、嫌われたと気付かなかったり、構えば五月蝿がる癖に、放置すると構って欲しがったりする面倒な奴です」
「それでも、最終的には面倒を見るんでしょう?」
「それは、そうですけど、見なくて済むに越したことはないですよ。そうだ。柔らかな雰囲気のフンニョ女子が、最近の十代に人気なんですけど、どう思います?」
「意見を言う以前に、どういう女の子が該当するのか教えてくれないと」
「あぁ、すみません。ふんわりと緩めに仕上げた髪型で、濃すぎない平行太眉をして、色白な肌をした子です。清楚なパステル・カラーのブラウスで、庇護欲を掻き立てたり、華奢に見える大きめパーカーに、ショート・パンツやミニ・スカートを合わせたりしています」
「男受けは良いでしょうけど、依存的な子ね。老婆心ながら、将来が心配になるわ」
「自立している主任とは真逆ですね」
「外見の若さや可愛らしさを武器にするのは良いけど、中身が空っぽのまま歳を重ねて後悔して欲しくないもの」
「外見といえば、老廃物が溜まって角質が厚くなってしまった肌は、カサカサして肌理が粗く、乾燥やくすみ、シミやシワの原因にもなるそうですけど、主任には無縁の話ですかねぇ」
「言いなさいよ。勿体つける必要ないわ」
「はい。乳液と蒸しタオルで余分な角質を落とすと、安全に皮膚のターン・オーバーを整えられるそうです。ただし、過度に角質を落とすと、肌荒れの原因になって逆効果なので、週に一、二回程度に抑えるのがポイントだそうです」
「参考にするわ。それにしても、今の木村くんは、何だか化粧品会社の回し者みたいだったわよ」
「そうすると、次のトピックはファッション業界の間者ということになりますね。流行のガウチョ・パンツに挑戦してみないか、キャサリン?」
「どこの通販番組の真似よ」
「良いから、続けてくださいよ」
「長さや素材、色や柄がたくさんあって、どれを穿けばいいか分からないのよ、フレッド」
「ありがとうございます。スレンダーで高身長な主任には、柔らかめの素材でギャザーが入った、ハッキリした色合いの柄物がオススメです」
「へぇ。……今日の帰りに買って、明日、穿いてくる流れになったわね」
「買うかどうかは、主任次第ですよ。でも僕は、ガウチョ姿を見たいですね」
「煽てても駄目よ。布地が多いと、それだけ汚れたり濡れたりしやすいし、おまけに走りにくいもの」
「機能性と機動性が重要なんですね。走るといえば、五輪でも、あの元女子マラソン選手の解説が話題になってますね」
「選手の趣味や交遊関係といった細かい個人データを織り交ぜた独特なスタイルが定評で、五輪でも実況アナウンサーとの攻防戦を繰り広げているわよね」
「マラソン競技自体の解説には、なってませんけどね。あの圧倒的情報量を収集するに当たっては、自腹で単独取材する、監督やコーチと一緒に食事をする、母親の電話番号を入手するという三つの原則というのがあるそうです」
「本筋と無関係の一口メモを披露するところは、昭和の歌謡ショーの歌手紹介を髣髴とさせるわね」
「前奏の長い曲が多い時代ですからね。そうそう。昭和のアイドルのレコード写真は、現在でも通用しそうなものが多いですよね。今のような画像加工ソフトやアプリケーションは無い時代なのに」
「その代わり、画素も粗かったと思うわ。それに、庶民派、清純派、セクシー路線、不良系と、多彩な顔ぶれが活動していたことに違いは無いけど、どこか日常とは掛け離れた高嶺の花扱いだったようだし」
「アイドルが増えた今では、比較的身近な存在になりましたからね」
「彼女たちを女神扱いする熱狂的信者がいるという点は、今も変わって無さそうだけどね」
「女神といえば、夏期五輪のメダルには、必ずどこかにニケがデザインされているそうです」
「ギリシャ神話に登場する勝利の女神ね。かのスポーツ用品メーカーのロゴにも採用されているし、ルーブル美術館に有名な彫像があるわよね」
「気まぐれな女神ですよね。今度は誰に微笑むのやら」
「特に女性選手は、プレーに際して生理のコントロールが必要だし、コンディションの不調で、パフォーマンスが大きく異なることも多いらしいわ」
「コーチが男性の場合に、相談できずに抱え込んでしまうケースもあるそうですからね」
「それを乗り越えて勝利を手にした選手の喜びは、また格別でしょうね」
「この前、表彰台で告白した選手が居たとお伝えしましたけど、求婚ラッシュの続報が入ってましたよ。水泳選手だけでなく、馬術や三段跳びでもプロポーズした選手がいたほか、ラグビーや競歩では、同性結婚が成立したそうです」
「たしかブラジルでは、女性同士や男性同士でも結婚できるのよね?」
「そうです。――エホッ、オホッ」
「あら、大丈夫? 喋るのが辛かったら、切り上げて良いわよ」
「平気ですよ。ご心配なく。あと、アスリート化している映画女優に関するトピックもありました。アルペン・スキーヤーを演じたり、トランペッターを演じたりしているのですが」
「あぁ、あの女優ね。始球式の投球がワン・バンだったことで悔し泣きし、今度はノー・バンで届けたいとリベンジ宣言してたわね」
「そう、その彼女です。彼女は現役体育大学生で、肺活量は、平均女性の二倍から三倍に相当する五千シー・シー以上あるそうです」
「スポーツに恵まれた身体の持ち主なのね」
「アスリート気質でもある彼女は、今度は人力飛行機の滞空距離及び飛行時間を競う、あのコンテストに挑戦するそうです」
「そう。あの番組も息が長いわね」
「同じ放送局では、今月末の土日に、毎年恒例の長時間生放送番組がありますよ」
「今年のチャリティー・マラソンは、落語家だったわね。今年もパーソナリティーは、件の事務所のアイドルなのかしら?」
「そうです。今年は、あの四人組です」
「グループ名は、アルファベット四文字? そうだとしたら、数年前にも一度、出演してたと思うんだけど、当時は四人組じゃなかったような」
「ビンゴです。七年前にも務めたときは六人組でした。元は九人組でスタートしたグループだったんですけど、学業に専念するメンバーや、不祥事を起こすメンバーが抜けたんです」
「それからツー・トップの脱退して、苺の無いショート・ケーキだの、具の無いおでんだの、その他の愉快な仲間たちの集まりだのと、心無い言葉に晒されたわよね?」
「そうなんですけど、最近では各々、キャスター、バラエティー、作家と、多方面で活躍しているんですよ」
「手抜きをしないケーキは、スポンジだけでも美味しいし、出汁がなければ煮込めないものね。どん底から這い上がって来られたということは、才能が有ったってことの証拠でしょうし、今後の活躍に期待したいところだわ。今年は熊本で震災があったことだし、多くの募金が集まると良いわね」
「募金といえば、スティーブ・ジョブズが亡くなってから五年が経ちますけど、あの企業のシー・イー・オーが交代したことで、徐々に経営方針が変化しているようです。社会における自社の企業責任を重く受け止めて、積極的にチャリティーに参加するようになり、アイス・バケツ・チャレンジにも参加したそうです」
「ジョブズは天才には違いないだろうけど、人間性に難があったものね」
「この五年間で、横暴な独裁者が監視していた職場は、非干渉で自己責任の仕事環境に切り替わり、独自の商品やサービスで顧客を囲い込むのではなく、すでにブランドを確立している周辺機器を買収する方向へと戦略が転換され、新製品情報を小出しにするようになったことで発表時のサプライズは消え、端末の画面サイズを大きくしたり純正ケースを発売したりと、市場ニーズへ対応するようになり、無配を続けて研究開発に注力していた利益を、株主に還元すると表明したことで、株価は倍以上になった、とのことです」
「ウゥン。悪くは無いけど、よくある普通の企業になってしまったわね」
「普通でいるのが、一番難しいんですけどね」
「それも、そうかもしれないわね」




