#009「八月十二日金曜日」
――すでに並んでる人数を、自分が並んでから一分間に新たに並んだ人数で割ると、待ち時間の目安がわかるんだ。なるべく並びたくはないけど、並ばないといけない場面では参考にしよう。
あ! グラノーラや野菜ばかり食べても、ストレッチをしても、それほど痩せる効果がないんだ。やっぱり、栄養バランスの良い食事と、適度な運動が大切なのか。妹の偏食を直さないとなぁ。
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「お疲れさまです、松本主任」
「お疲れ、木村くん。今日は金曜日なのにスーツなのね」
「昨日の取引先に、もう一度伺わないといけない事態になったものですから。主任はブラック・デニムで、スタイリッシュですね」
「まだデニムは早いと思ったんだけど、旦那が、今が旬だからって譲らなくてね」
「見立てに間違いは無いですね。似合ってます」
「ありがとう。それで、今朝のトピックは?」
「日本選手が中国人に人気だったり、北朝鮮の選手と韓国の選手がツー・ショット写真を撮ったりというトピックがありました。たとえ政治的には不安定な関係でも、五輪に国境は関係ないんですね」
「平和の祭典らしいトピックね。選手村では、盗難や性的暴行が横行してるみたいだけど、暗いトピックばかりでもなさそうね」
「良くも悪くも、人間は見たいものしか見えませんから」
「利いた風な口をきくわね」
「生意気でしたか?」
「うぅん。むしろ、分かったようなことを言うくらいが、ちょうど良いわ。他のトピックは?」
「スマート・フォンのゲームを被災地復興に活用しようというアイデアに、賛否両論の意見が寄せられています。観光客が増えるのは良いことだけど、マナーの悪い人間の後始末をするのは御免だというのが本音のようです」
「スマート・フォンの使いかたには、何かとマナー違反が目立つわね」
「歩きスマホ、ながらスマホ、盗撮。枚挙に暇がありませんね」
「スマート・フォンが普及する前からあったものもあるけど、諸々の問題がスマート・フォンに集約されたところがあるわね。まだトピックはあるかしら?」
「あとは、定時で帰らず残業をすることをよしとする日本の雇用慣行に、若者や外国人から批難が集中しているというトピックもありました。僕も定時で帰りたい派です」
「わたしも同意。残業する人間は、海外では能力不足と見られるものよ」
「家に帰っても居場所が無い上司が居なくならない限り、残業は無くならないんですかねぇ」
「悲しいけど、それが現実でしょうね」
「今朝のトピックはそれくらいですけど、もう一つ別件が」
「何?」
「合コンをやろうという話があるんですけど、主任も参加しませんか?」
「わたしは既婚者だって知ってるでしょう?」
「関係ないですよ。恋人探しではなくて、仲間作りの集まりですから。どうですか?」
「せっかくだけど、遠慮しておくわ」
「そうですか。残念だなぁ」
「今晩は、カウサっていうペルー風のポテト・サラダを作ってくれるらしいのよ」
「いいですね。美味しい手料理が待ってると思うと、モチベーションが違うでしょう?」
「そうね。食べ物の好みを分かってる人間が居るのは良いことね。でも、喧嘩した時には参ったわ」
「料理を作ってくれなくなったんですか?」
「その逆よ。毎朝毎晩、苦手なものばかり出されたの」
「あ! 主任にも食べ物の好き嫌いがあるんですね」
「この歳になって言うのもなんだけど、食べられない訳では無いけど、食べたくないものがあるの」
「ヘェ。好き嫌いがあっても、スレンダーでいられるんだなぁ」
「何事もバランスよ」




