第9話 暖かい場所。
長い一日の終わりです。
「完成なのです!」
「ああ、実に素晴らしいね」
旅人の新居となった栗の巨木の洞の中には藁が敷き詰められ、その上には目がチカチカするようなコバルトブルーの羽毛が敷かれていた。
しかし旅人は床の出来具合よりもミノスケとカワセミの姿を呆然と見ていた。
二人は満足げな表情をしていたがその姿は酷い有り様だ。
ミノスケが着ていた蓑はボロボロに剥げてしまっていたし、靴もそして目深に被っていた笠の部分も完全になくなってしまっていた。
眉毛の辺りで真っ直ぐに切り揃えられた黒髪が今は露わになっている。
カワセミの優雅なマントもボロボロだった。
今では決して豊かとは言えない胸元やしなやかな肢体がさらけ出されている。
「……二人とも……服が」
二人の行動は完全に旅人の理解を超えていた。
「そのうち生えてくるのです」
ミノスケがあっけらかんとそう言うとカワセミも同意した。
「フッ、それにこれからの季節は少々薄着になった方が過ごしやすいしね」
「そう、なんだ……」
この土地なら服が生えてくるとかそんな訳の分からない事もあり得るのかと思う旅人だったが、自分達の服をボロボロに毟ってまで部屋作りをしてくれた二人に申し訳なさと、そして感謝の念がこみ上げてくる。
思えばこれまで人に良くしてもらった経験など旅人には数える程しかなった。
「……ありがとう」
旅人はそれしか言葉が出てこない自分を情けなく思いながら、こみ上げてくる熱いものを必死に押さえていた。
「お礼なんてそんな、お水臭いのです!」
「そうだよ旅人君。我々神族に連なる者は困っている人たちを導くのが元来の勤めだからね。それよりほら、さっそく横になってみてくれないかい?」
「そうです! 寝るのです!」
旅人は言われるままに藁と羽毛の敷かれた床に横になった。
ミノスケとカワセミがじっとその顔を覗き込んでくる。
「……いや、近いから」
残念そうに顔を離す二人をよそに旅人は目を閉じた。
そこはとても暖かく柔らかな場所だった。
間近で見るコバルトブルーの羽毛には目がチカチカしたがその事さえも今の旅人には心地よく感じられた。
「暖かい……」
「良かったのです!」
「ああ、本当に良かった。今夜はこのまま休むといいよ」
ミノスケとカワセミがほっとした表情を見せる横で旅人は促されるまま深い眠りへと落ちていった。
その日は旅人にとって本当に不思議な一日だった。
久しく感じていなかった充足感と暖かな床の感触に包まれた旅人が完全に意識を手放すまでそう時間はかからなかった。
ミノスケが帰りがけに「おなかが空いたらこれを食べるです」と枕元にオレンジ色したぶよぶよの塊を置いていった事を除けばその日は旅人にとって人生でもっとも安らかな夜だったかも知れない。