第8話 大きな栗の木の洞で。
「この栗の大樹の洞なんてどうだい? 適度にヒカリゴケが群生していて夜目の効かない旅人君にも住みやすいと思うよ」
カワセミは良く分からない力で空を自由に飛ぶ事ができたしミノスケは器用に木を登る事ができた。
しかし人間である旅人にはそのいずれもできなかった。
カワセミの勧める物件はたいていが大きな木の洞なのだがそういった事情もあってあまり高い所にある物件は選択肢から外されていった。
いくつかの物件を廻るうちに森には夜の帳が降り始めていた。
カワセミが今回勧めてきた物件は幹の横幅が悠に20メートルを越えるであろう天高く伸びた巨大な栗の木だ。
旅人が背伸びして手を伸ばせば届く程の高さのところに直径1メートル程の洞窟のような洞が口を空けていた。
天を覆う大樹の葉と枝に遮られて星明かりは届かないが辺りには青白く発光するヒカリゴケという植物が群生していて薄明るい。
なぜか地面にはいくつかのクレーターができておりヒカリゴケの青白い発光と相まってどこか神秘的な雰囲気を感じさせる場所だった。
「大栗さんはミノスケも大好物なのです。旅人さんのお家の条件にぴったりなのです」
「……どんな条件だよ」
「この辺りは秋口になると巨大なイガ栗が隕石のように降り注いでね。それはそれは素敵な場所なんだよ」
「……」
「旅人さん心配しなくても大丈夫なのです。お家のすぐ前で大栗さん食べ放題だと食っちゃ寝生活になりがちですが、それはそれで良いものなのです」
「いや、そこじゃない……」
「まあ、まずは入ってみるといい。これほどの優良物件が手付かずなんてそうそうないよ」
旅人が恐々と空を見上げていると、さっさと洞の中に入ったカワセミが手を伸ばしミノスケと旅人とを順番に中へと引き入れる。
洞の中には8畳ほどの空間が広がっていた。
入り口からなだらかな下り斜面になっているためそこも含めるともう少し広いかも知れない。
高い天井にはヒカリゴケがまばらに生えており適度な光源となってくれている。
木の中だというのにじめじめした印象もなくそれなりに快適な空間だった。
入り口よりも内側の天上が高くなっているため旅人は大きなテントの中にでもいるような気分になった。
「どうかな? 寝るには問題ない広さだと思うけれど」
旅人は本当に今日からここに住むのだろうかと不思議な気分になりながらも試しに横になってみる。
床はさすがにごつごつしていたが寝れないほどではない。
イガ栗の隕石には多大な不安が残るが今更何かを恐れるでもないなと旅人は思う事にした。
「ん、意外といいかも」
旅人が寝ながらそう言うとミノスケとカワセミも旅人の隣に寝転んだ。
「ふむ、さすがに床が固いか……」
「藁を敷くと良いのです!」
ミノスケはそう言ってぱっと立ち上がると着ていた蓑からぶしぶしと藁を引き抜く。
旅人が呆気に取られて見ているとミノスケはそれをせっせと床に敷き始めた。
「え、ちょっ!」
「フッ、ならば私も森の宝珠と称えられし、この美しき翼を進呈しようではないか!」
カワセミはそう言うと、着ていたマントと羽飾りからコバルトブルーの羽毛を毟っては辺りに撒き散らす。
「ああ、なんと美しい! 見たまえ、ほら、この輝きを!」
「今です! 今なのです! 保温性、通気性に優れた藁の万能さを、今こそ見せ付ける時なのです!」
「なんだこれ……」
ぶしぶしと身に着けていた蓑から藁を引き抜いては床に敷き詰めるミノスケとその上にコバルトブルーの羽毛を撒き散らしていくカワセミ。
状況に理解が追いつかない旅人はただ呆然と見ているのだった。




