表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/72

第69話 最後の夜。

読んで頂きありがとうございます。

 カナブン丸との戦いから数日が過ぎたある夜の事。

 洞の寝床では旅人が町を出た時に着ていた服に着替えていた。


 特別な意味があっての事ではない。

 微かに熱を放つ紅葉の着流しではいよいよ寝苦しくなったため、寝巻き代わりに引っ張り出してみたのである。


「そろそろ衣替えの季節だしな……」


 旅人は、意思を持った着流しに後ろめたさを感じて呟いた。

 その着流しは綺麗に畳まれ寝床の脇に置かれている。


 久しぶりに着る人間の世界の服は、化学繊維の嫌な匂いがして着心地も悪い。それに、何よりも体が重い。

 当然と言えば当然なのだが、葉っぱの着流しのように着用者に力を与えてはくれないからだ。


 それでも旅人は、その決して快適とは言えない肌触りにどこか懐かしさを覚えると、ごろりと寝床に横になった。


「……」


 旅人はユッケが洞を出て行って以来、夜更けに一人物思いに耽る事が多くなっていた。


 良き隣人たちに囲まれた賑やかな暮らしは素晴らしいものではあったのだが、旅人が本来送るべき人生とはあまりにかけ離れたものである。


 いつかもう一度やり直さなければならない日が来るだろう。その時は今度こそ、逃げ出す事なくひた向きに生きてみよう。

 旅人はヒカリゴケの薄明かりが照らす天井を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

「ん……?」


 その時、ふと旅人は何かの気配を感じた。 


 身を起こして洞の外に目を凝らせば、夜の森は不気味なほどに静まり返っている。

 最近では早起きの夏の虫たちが小さな演奏会を開き始めていたのだが、今夜はそれも聞こえない。


 旅人は捨ててくるのも躊躇われ、洞の壁へと立て掛けておいたツクシを手に取ると、外の様子を見に行く事にした。

 

 ──行くのかい?


 出がけに着流しの声が聞こえた気がしたが、旅人は振り返る事なく洞を後にする。



「……」


 旅人は外に出ると薄暗い森に目を凝らした。

 辺りはしんと静まり返り、妙に生温い夜風だけが吹いている。


「……旅人くん……」


 その静寂の中、か細い声が旅人の名を呼んだ。

 声のした方へと向かう旅人は、そこで予期していた再会を果たす。


「カラス、だよな……?」


 霊峰で別れて以来、行方知らずだったカラスの青白い顔が闇夜に浮かんでいる。

 しかし、その全容は以前と比べようもないほど変わり果てていた。


 人の姿をした上半身はそのままなのだが、その頭上にはもう一つ鳥の姿の頭部があり、そこから鋭いクチバシが伸びている。


 背中から下半身にかけても同様に大きな黒い鳥の姿をしていた。

 ちょうどその喉元辺りに、人の姿の上半身が埋め込まれたような形になっている。


 鳥の頭部では片方しかない赤い目玉が禍々しい輝きを放っていた。


「何が、あったんだ……?」


 旅人は戸惑いながらもカラスに問う。


「……山頂にあった、あの綺麗な鏡のせいだよ……あれがあれば、ボクも人間になれるんじゃないかなって……でも、割れちゃって……それで……」


 カラスが弱々しい声で答える。

 ナウマンゾウを封じていた古びた鏡を持ち去ったのはやはりカラスだったようだ。

 そして、その罰でも当たったのか、鏡は割れてしまい、カラスは不気味な鳥の姿になってしまったのだそうだ。

 

「……ボク……どうしたらいいのかな……?」


「……山神に、謝りに行こう」

 

 結果的にはナウマンゾウは滅び、山神たちも自由になれた。

 話せばきっと分かってくれるはずだと旅人は考える。

 それで以前の姿に戻れるかどうかは定かでないが他に方法も見当たらない。


 しかし、カラスはそれを拒絶する。


「──イヤだよ! どうしてボクが謝らないといけないんだよ! みんなしてボクを目の敵にしてさ! 悪いのはあの人たちの方じゃないか!」


 カラスは混乱しているのか、狂ったように地団駄を踏んだ。

 その巨体がドシンドシンと地面を踏みしめる度に大地が軋む。


「……」


 少しずつ周囲と打ち解けていたように見えたカラスだが、胸の内にはシコリを残していたようだ。


「──人間になれるって、そう思ったからボクはここまで来たんだよ! なのに、みんなしてボクをいじめてさ! 挙句の果てにこんな姿になって、居場所だってないよ! こんな森大嫌いだよ!」


 旅人は、一人喚き続けるカラスの姿を哀れに思い見つめていた。

 その姿が旅人には町にいた頃の、周囲に上手く溶け込む事のできなかった自身の姿とどこか重なって見えていた。

 

「みんな嫌いだよ! みんな、みんな大っ嫌いだよッ!」


 最後にカラスがそう叫んだ時、人の姿をした部分は鳥の喉元に完全に埋もれてしまい、後には大きな一羽の黒い鳥の姿だけが残っていた。


「カラス……」


 心配そうに声をかける旅人の姿を、黒い鳥となったカラスの赤い右目がじっと見つめる。


『……そうだ、いい事思いついたぞ。旅人くんを食べちゃおう。そうすればボクは人間になれるかもしれない』

 

 薄気味悪い剛の声で、カラスがそう言った。


「そんな訳ないだろ……」


 哀れむような旅人の言葉を受けて、カラスは更に続けた。


『それなら、山神様や他のみんなも食べちゃおう! そうだよ、そうだ! そうすればボクはきっと人間になれるんだ!』


『──天突く剣テンツクソード!』


『うっ! 眩しい……』


 旅人の手にしたツクシから、その怒りを表すように光が粒子が溢れ出る。


『カラス、言っていい事と悪い事があるぞ……』


 旅人はカラスを睨み付けながらゆっくりと近付いていく。


『──うるさい、うるさいッ! きみなんか大っ嫌いだ!』


 逆上したカラスは旅人目がけて巨大なクチバシを振り下ろす。

 しかし、旅人はそれをカラスの左側に周り込むようにして容易に避けると、輝くツクシを打ちつける。


 カラスは片目が潰れているため、左側は完全な死角となっていた。


『──痛ッ! ズルイぞ! 卑怯だよ! みんなしてそうやってボクを馬鹿にして!』


『その図体で何言ってる!』


 喚くカラスを旅人が容赦なく打ちのめす。

 着流しを着ていない以上手加減は出来なかったし、そうすべきだと旅人は思っていた。


 カラスはすぐに地上では叶わないと悟ると上空へ逃げようとするが、旅人がそれを許さない。

 翼を狙って輝くツクシで叩き落とす。


 あまりに一方的なその戦いは旅人にとっても辛いものだったが、それでもカラスが抵抗を止めるまで攻撃の手を休める事はなかった。



「……」


 いつしかカラスは地面に縮こまり、『もうしません、もうしません』と泣いていた。

 真っ赤に怪しく輝いていた瞳が今は力なく涙を零している。


「それで、どうするんだ……?」


 旅人は震えるカラスをなだめるように優しく撫でる。

 山神に謝りに行くのであれば、当然一緒に行くつもりだった。


『ごめんなさい……ボクは、外の世界に帰ります……』


「……そうか……」


 旅人は残念ではあったが、その方が良いのかもしれないとも考える。

 カラスや、そして旅人自身、ここの住人たちとどこか異なる部分を感じていた。


 それは草食動物うんぬんではなく、道の途中でこの地に迷い込んで来たものと、そうでないものの、或いはそういった違いなのかもしれない。


「いいきっかけかも知れないな……」


『えっ……?』


 旅人はおもむろにカラスの背中へと飛び乗る。


 旅人にとっても良い機会だった。

 ナウマンゾウを倒した事で多少なりともこの森で受けた恩に報いる事ができたはずだ。


 後はこの地で養った強さを胸に自身のいるべき場所へと帰る。

 カラスと共にこの森を去る事も、或いは恩返しの一つになるのかも知れない。


 名残は尽きなかったが、永久の森で過ごした日々が決して無駄ではなかったと示すためにも、旅人にはもう一度自身の人生を歩き出す必要があった。

  

「途中まで乗せていっておくれ……」


 旅人がそう言ってカラスの背中を優しく撫でた時、背後でガサッと草むらが揺れた。


 旅人は胸が締め付けられる思いだったが、振り返る事なくカラスに命じる。


『飛べッ!』


『──ひいッ!』


 旅人を乗せたカラスが小さな悲鳴をあげて飛び立った。

 ぐんぐんと速度をあげながら、上空を覆う木々の下を闇夜を切り裂き飛んでいく。


 進路は真っ直ぐに大河の方を目指していた。


「いいぞ、そのまま真っ直ぐだ!」


『う、うん……』


 後方から「旅人さん!」と呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ってはいけないと思いながらも、旅人の視線はそちらを向いてしまう。


 地面を猛スピードで追いかけてくる小さな人影が見えた。


「──旅人さん! どこ行くですか!? ちょっと、待ってほしいのですよ!」


 闇に目を凝らすまでもなく、旅人にはそれが誰だか分かってしまっていた。

 旅人がこの森で最も長い時を共に過ごした一番大切な友人だ。

 

「ミノスケ……」


「お出かけでしたらミノスケも連れて行ってほしいのです! 置いてけぼりさんはイヤなのですよっ!」


 地面を飛び跳ね、必死に追いかけてくるミノスケは藁の帽子が吹き飛んでしまい、黒い髪を振り乱しながら走っていた。


「カラス、急いでくれ……」


『で、でも……』


『──急ぐんだ!』

 

 旅人は断腸の想いで再びカラスに命じる。

 カラスがまた悲鳴を漏らして速度をあげると、ミノスケとの距離を広げていった。そしてやがて大河へと出る。


「──ま、待って! 待って下さい旅人さん! ハァハァ、冗談は、よし子さんなのですよ、ハハッ……!」


 それでも必死に着いてきていたミノスケだが、大河にぽちゃんと落ちると、それ以上追ってはこれなかった。


「ひぐぅ……っ! 旅人ざぁん……っ! 待っで、待っでぐだざいぃぃ……旅人ざぁぁーん……」


「ぐっ……ごめんなミノスケ……今まで、本当にありがどう……」


 いつもニコニコと微笑んでいたミノスケの泣き声に、旅人もついには堪えきれずに涙を零す。


 カラスが顔を覗き込できたが、旅人は袖で顔を拭いながらも首振り、先に進むよう促した。

 そして涙に滲む視界でもう一度振り返った時には既にミノスケの姿は見えなくなってしまっていた。


 月明かりが照らす永久の森には、悠然とそびえ立つ塔のような木々がいくつも見える。


「本当に、ありがとう……」


 振り返れば様々な思い出が鮮明に蘇ってくる。

 ミノスケにカワセミ、ユッケやカナブン丸。他にもたくさんの素敵な出会いと思い出が旅人の胸に去来する。


 遥か天上ではいつか見た星空が静かに瞬いていた。


 やがて大河の向こう岸が微かに見え始めた時、カラスと旅人はいつの間にか白い靄に包まれていた。

 


 そうして旅人は、奇妙で暖かな、不思議な旅を終えたのである。

 






まだ終わりじゃないのです! もうちょっとだけ続くのですよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ