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第66話 雪解け。

ここまでお読み頂きありがとうございます。一先ず冬の章の終了です。

 空にぽっかり穴が空いた。

 黒いキャンバスをくり抜いたような丸くて大きな穴だ。


 その場所からは太陽の光が差し込んでいた。

 それはまるで薄闇の世界にそびえ立つ光の塔のようだった。


 その塔は少しずつ大きく広がっていき、やがて全てを包み込んだ。


 過酷な環境を耐え抜くために氷の表皮を纏っていた植物たちは、この時を待ちわびたとばかりににょきにょきと育ち始める。


 凍った大地が蓄えていた水分と自分たちの表皮から流れ出る水分とを際限なく吸い上げてどこまでも大きく成長していった。


 太い幹の先にわさわさと葉っぱを茂らせた巨大なブロッコリーのような木々がそこかしこにとそびえ立つ。


 それでも残った雪解け水はいくつものせせらぎを作りながらセミの谷の方へと流れていく。

 せせらぎの淵には、まるで恐竜の卵のような蕾が芽吹き、弾けるような音と共に一斉に花を咲かせている。


 セミの谷との間にあった巨大な霧のカーテンも消えている。

 早速向こう側からやってきた小鳥たちが楽しげにさえずり始めていた。

 

「すげェなァァ……」


「ああ……」


 旅人とカナブン丸は、その光景を山頂から呆然と眺めていた。


 しかし、旅人たちのいる山頂とて充分に大変な事になっていた。

 平坦な雪原だったその場所は地下の森林から溢れ出た草木によって埋め尽くされている。

 地下へと続く洞穴には雪解け水が流れ込み、深く青い泉になった。


「見るのですよ旅人さん! これは葉っぱさん食べ放題なのです!」

 

「大活躍だったね! 旅人君!」


 どこに隠れていたのか頭にユッケを載せたミノスケとカワセミが、旅人の元へとやって来る。


「みんな、無事で良かった……」


「──私とライデンが捨て身で作りだした隙をよくぞ活かした! 見事だったぞ旅人、それにカナブン丸よ!」

 

『ぐえっ!』


 ライデンに乗ったララヴィもやって来ると労いの言葉をかけてくる。


「──お前ら何もしてないだろうがァァ!」


 よせばいいのにカナブン丸がまた噛み付いて早速ララヴィと睨み合う。

 旅人はその様子に呆れながらもほっと胸を撫で下ろしていた。


 他の者たちも無事だったようで山頂には白いキツネやスズメたち、地下の森林を逃げ出した生き物たちが続々と集まってきていた。


「……」


 しかし、重症を負ったはずの金剛丸の姿が見当たらない。

 旅人は周囲をきょろきょろと見回してその姿を探した。 


「旅人さんは食いしん坊さんなのです」


 そんな旅人の様子を見て何をどう勘違いしたのかミノスケが声をかけてくる。

 

「いや……」


「……金剛丸ならどっか飛んでったぜェ。お前にいいとこ持ってかれちまったのが悔しかったのか、鍛え直しに行くってよォォ……」


 カナブン丸がどこか寂しそうに言う。

 大クヌギの木をしばらくカナブン丸に託すと言い残し、金剛丸は何処かに去って行ったのだそうだ。


「そうか……」


 旅人は深手を負った金剛丸の事が少し心配ではあったが、それでも彼なら大丈夫だろうと同時に思う。


 旅人の窮地を何度も救ってくれた一匹のカブトムシは、旅人がその生涯で出会った中でも特に強大な存在であった。

 後に永久の森を後にするその日まで、旅人と金剛丸が再び出会う事はなかったが、それでも旅人は、金剛丸が必ずどこかで元気に暮らしていると確信していた。


「これからはカナブン丸さんにお願いすれば樹液採り放題なのです」


「それはいいアイディアだね!」


「なんでそうなんだよォォ……」

 

 旅人は周囲の騒がしいやり取りに目を細めると空を見上げた。

 そこには久しぶりに目にする雲一つない青空が広がっている。

 

「そうか、春になっていたのか……」


 旅人たちがこの地にいる間に外の世界には春が訪れていたようだ。 

 

 透き通るような青い空には一羽の赤い鳥が舞っている。 

 その姿は次第に大きくなり、旅人たちの方へと近付いてきていた。


「……」


 その鳥が頭上までやって来ると、またヘンなのが来たなと旅人は顔をしかめる。

 真っ赤な翼の先は炎のように薄く透けて揺れている。

 そして、その背にはふわふわと宙に浮く半透明の羽衣を纏った美しい天女が乗っていた。


 ──ピィ~ッヒョロロ~ッ!


 赤い鳥がやや間の抜けた鳴き声で、「はい、注目~っ!」とばかりに鳴いた。

 

 その場に居合わせた者たちが皆一斉に目を閉じ、深く拝礼する。

 旅人とカナブン丸だけが呆けたようにその様子を眺めていた。


「旅人……それきカナブン丸。他の者たちも……皆、本当によく頑張ってくれました。礼を言います」


 心に染み入るようなとても暖かな声だった。


「旅人ォォ、なんであいつオイラの名前知ってんだァァ……?」


「さあ……」


 旅人はさすがにあいつ呼ばわりはないだろうと思いながらも首を傾げる。


「山神様なのですよ」


「マ、マジかよォォォ!?」


「……」


 ミノスケにそっと教えられた旅人はカナブン丸と全く同じ感想を抱いていた。

 そして、ならば赤い鳥の方は恐らく朱雀なのだろうなと考える。 


 ──ピィ~ッヒョロ~ッ!


 山神を乗せた朱雀は再び間の抜けた声で鳴くと荒野の方へと飛び去っていった。

 長い時を凍土で過ごしていたため、しばらくは永久の森全域を見て周りたいのだそうだ。


 山神を乗せた朱雀が荒野の上を飛んでいくと、その真下には新たな緑が芽吹いていく。

 荒野もじきに荒野とは呼べない場所になっていくのだろう。


 旅人は次第に遠のいていく朱雀と山神の姿をぼんやりと見送っていた。


「そうか、春か……」


 ぽつりと呟く旅人の顔を、ミノスケが不思議そうに覗き込む。


 草木と共に生きる者たちにとって春は新たな命の芽吹く、とても楽しい季節である。


 しかし、人間にとっては新たな出会いと、そして別れの季節でもある。


「……」


 新たな季節の始まりを前に、旅人はある決心を固めようとしていた。


 永久の森で過ごした奇妙で素敵な日々が旅人にもう一度、自身の人生と向き合う力を与えてくれていたのである。

 

 

 




いよいよ次章が最終章となります。

その前にちょっとタイトルをいじったり準備をしようと思います。

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