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第65話 闇に吼える。

『──黄金色の爆雷雨ラピッドファイア!』


 旅人はナウマンゾウの無防備な背中目がけてススキを振り下ろした。

 生命の輝きを放つススキの穂先から、その種子が光弾の雨となって降り注ぐ。


『──グヴォオオーッ!』


 金剛丸とカナブン丸に気をとられていたナウマンゾウが突然の攻撃に雄叫びをあげる。


 しかし、旅人でさえも耐え抜いたその技は、強靭な肉体を持つナウマンゾウに大きなダメージを与える事はできない。

 一瞬怯んだ様子を見せるナウマンゾウだが、すぐに気を取り直すと体を揺すって付着した種子を振り落とす。


「──しまった!」


 次の行動に移ろうとする旅人は、自身の手にするススキが枯れてしまっている事に気付く。


 ──今の旅人くんなら分かるはずだよ。ぼくたちにもきみが必要なんだ。


『共存共栄だな!』


 旅人は着流しの声に応じながらも視線はナウマンゾウから離さない。


『──我らは葉っぱを食し、そして使役する者です』


 旅人に紅葉の着流しを託した際、カイコが言った言葉である。

 旅人はその言葉に違和感を覚えていたが、今ならそれが間違いなのだとはっきりと分かる。


 草食動物たちは単に草木を脅かすだけの存在ではない。

 代わりに草木が生きるための土壌を肥やし、その種子を遠方へと運んでいく。

 そうして長い時間をかけて、共に森を育んでいくのである。


「……それで?」

 

 ──そして、今のきみにはそれを再現する草食能力(チート)がある。


 ミノスケから与えられた草木を食す能力。

 そこに秘められた可能性を、着流しは旅人に示唆していた。 

 

「……」


 旅人の脳裏にも、おぼろげながらそのイメージか浮かんだ。


『──グルヴォォォォォーン!』


 その時、ススキの種子を振り落としたナウマンゾウが再び雄叫びをあげ、標的を旅人へと定める。


 ──さあ、ぼくたちの力を見せてあげようよ。


『よしっ!』


 旅人は枯れたススキを天へと掲げた。


 見上げる空はただただ真っ暗で何の輝きも映してはいない。

 それはまるで、この生命輝く美しき大地にありながら憎悪だけを映したナウマンゾウの暗い瞳のようである。


 旅人は近付きつつある地響きに、どこか哀しさを感じていた。


『それでも……!』


 旅人は決意を固めると、真っ暗な夜空に向けて吠えるように叫んだ。


『目覚めろ草食能力チート! 究極奥義、永久の生命の連関(エコロジスタ)!」


 旅人のありったけの想いを込めた剛の声が凍土全域に響き渡る。 

 

 一瞬の静寂の後、旅人は眩い光の中にいた。


 手にしたススキが以前よりも大きく成長し、煌々と輝きながら闇夜を照らしていたのである。


『すごいぞミノスケ! 草木を甦らせる力! それこそが、この草食能力チートの極地なんだ!』

  

 ──ごめんね、ちょっと違うよ。

 

「え……?」


 着流しに水を差された旅人が、視線を落とせば周辺が妙に明るい。


 麓の凍土は光の絨毯でも敷いたように輝いている。

 山頂にある地下森林の草木たちも、眩い輝きを放ちながら雪原を突き破りにょきにょきと育っていた。

 

『──グヴォォォーン!』


 ナウマンゾウの足元では、旅人が蒔いたであろうススキの種子が爆発的に育っていた。

 足に絡みつくそのススキに、ナウマンゾウは身動きをとれずに足掻いている。


 そして、それら全ての草木から溢れ出る光の粒子がゆらゆらと旅人の元へと集まってきていた。

 

 草木を食し、草木を活性化させる能力。


 それこそが旅人がミノスケから授かった草食能力チートの真の力であった。


「ちょっと、やりすぎじゃ……?」


 ──旅人くんの想いに、みんなが応えたいんだよ。


 ナウマンゾウに切り裂かれた着流しも今は元通りの姿に再生していた。

 その全身に流れる葉脈がメラメラと紅蓮の炎を噴き出している。


 ──さあ、行こう。


「ああ、そうだな……」


 旅人は片手で持つには大きく育ちすぎてしまったススキを撫でる。

 そしてもう一度、黄金色の爆雷雨ラピッドファイアを試みようかと思索するも、首を振って雪原に突き立てた。


 ──そうだね。それは旅人くんらしくない。


『よし、いくぞっ!』


 旅人は大地を蹴って駆け出した。 


『──グルヴォオオオーッ!』


 ナウマンゾウが巨大な牙と鼻とで反撃するが、旅人はいとも容易くそれをすり抜けると頭の上へと飛び乗った。


 無限の生命の輝きに包まれた今の旅人にはそれすら雑作もない事だった。


『──必殺、鹿ロデオ!』


 旅人がナウマンゾウの両耳を力いっぱい捻り上げる。

 旅人の第三の必殺技は、例えゾウに乗ったとしても鹿ロデオなのである。


『──グヴゥゥオォーン!』


 ナウマンゾウが雄叫びをあげて大きく仰け反る。

 しかし、旅人の足はナウマンゾウの頭上に根を張ったように微動だにしない。


 旅人はナウマンゾウの両耳を千切らんばかりの勢いで捻ると雪原の一角へと進路を向けさせた。

 旅人たちの歩んできた凍った大地とは反対側の、先の見通せない靄のかかった崖の方にである。


『──走れえっ!』


『グ、グヴォォォーッ!』


 旅人が強い意志を込めて命じると、ナウマンゾウはもがきながらも走り出す。

 そして、地響きを立てながら靄の中へと飛び込んでいった。


「──ッ!」

 

 ナウマンゾウの立てていた地響きのような足音が突如として消えた。

 靄のすぐ先は切り立った崖になっており、既にナウマンゾウの足下には大地が続いていなかったからである。 


『グヴォォォオーーーンン!』


 ナウマンゾウが一際大きな雄叫びをあげて落ちていく。

 旅人はその頭上から、どこか穏やかな気持ちで遠のいていく山頂を見上げた。


「……」


 多くのものに助けられながらであるにせよ、自分にしてはよくやったと、今はそう胸を張って言える気がしていたからだ。


 再び前方に視線を戻せば、遥かな遠方に懐かしいものが見える。

 旅人もかつて暮らしていた人間たちの住む町が、雲の切れ間に微かに見えたのである。


「向こうにも、戻れそうにないなあ……」


 恐らくは永久の森の結界の範囲外へと出たのだろう。

 ナウマンゾウは足の先から少しずつ朽ちていっている。


「土に還って、そして、新しい命を育むんだ。次に目覚める時にはきっと、お前も幸せになれるよ……」


 旅人が別れの言葉を告げると、ナウマンゾウはその暗い瞳をそっと閉じた。


 次の瞬間の事である。


「ぐっ……!」


 突如、背後から首を絞められるような感覚に襲われた旅人は足をばたつかせてもがいた。

 見れば旅人だけ宙に残し、ナウマンゾウが白骨化しながらどんどん遠ざかっていく。

 

「ナ、ナウマン……!」


「──ナウマンじゃねェェェ!」


 頭上から聞こえた声に顔を上げれば、カナブン丸の姿がある。

 片方の羽を失い、バランスがとれないながらも、旅人の着流しの後ろ襟を掴んでふらふらと飛んでいた。


「カ、カナブン丸……」


「お前、本当にイカれてやがんなァァ……」


 少しずつ白骨化していくナウマンゾウは最後にはバラバラの乾いた骨となり、遥か下へと消えていった。


 上空からその最後を見届けた旅人とカナブン丸は再び山頂へと戻っていく。


 高所の苦手な旅人だったが、その時ばかりは悲鳴をあげる気分にならなかったという。







次話で四章終了です! 明日中には更新予定なのです!

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